第百八十七話・伊勢といえば……
side:久遠一馬
長い旅も残り僅かとなったこの日、角屋さんの屋敷を借りてオレたちは世話になった角屋さんや会合衆の皆さんを夕食に招待することにした。
無論ただのお礼だけではない。将来に向けた布石でもある。
食材は伊勢エビを主に使う。時期的に野菜もあるしね。食材には困らない。
伊勢エビは時期的に旬ではないけどね。
「やはり丸屋殿には護衛をつける必要がありますな」
「たわけ者の考えることは同じか」
料理はエルたちに任せて休んでいると、少し姿が見えなかった慶次が現れて丸屋さんのことを口にした。どうもあまり状況が良くないらしい。
エルが丸屋さんのことを気にして、大湊に居る忍び衆や慶次に調べるように頼んでいたんだよね。どうやら信長さんも危ういのではと考えてたみたいだけど。
「そのための夕食の招待でもあるんだけど、足りないかな?」
「足りませんな。死人に口なし。丸屋殿一人亡くなったところで、織田と大湊の関係が破綻するとは普通は考えますまい」
オレとしては会合衆との食事会で釘を刺せば、大丈夫かなと思っていたんだけど。甘いようだ。
本当。武家だけじゃないんだよね。農民から坊主に商人に至るまで武力もしくは暴力で解決するのが普通にある。
「お呼びでしょうか」
「料理の方は大丈夫か?」
「はい」
「ならこちらの話に加われ。丸屋の扱いについて決めねばならん」
単純に護衛を付けるのでも構わないが、信長さんは思うところがあったのかエルを呼んだ。
今回はシンディも来てるし料理は大丈夫だろう。ケティもセレスもいるし。ジュリアは普段はやらないが、それほど難しい料理でないならアンドロイドのみんなは普通にできるしね。
「護衛は会合衆に出してもらうべきでしょう。無論こちらからも人は出しますが」
「会合衆にか?」
「ここは会合衆の縄張りです。私たちで勝手に護衛を置いて争いをするより会合衆にやらせるべきです。無論、見張りと最低限の護衛は置きますが」
うわぁ。エルったら会合衆を巻き込む気だ。
「自分たちの縄張りの始末は自分たちでつけろということか」
「はい。その程度の利は与えているのです。駄目ならばこちらで守るか引き抜けばいいだけのこと。会合衆からすると大湊内の争いに武家を介入させたくはないでしょうから、引き受けると思います」
エルも強気に押すとこは押すからな。ただ道理と言えば道理か。こちらが介入しない代わりに何とかしろと言うのは筋が通ると言えば通る。
丸屋さんには当面は大湊での代理店のような仕事をしてほしい。それに人柄とかしばらく見極めが必要だけど、問題がなければ将来的には蟹江港のウチの商いを任せてもいいかもしれない。
無論アンドロイドの誰かを置くと思うけど、商人も育てないと駄目だしね。将来的に織田領が広がれば任せられる人は必要不可欠になるのは明らかなんだよね。
「一筋縄でいかない町だからね。そのくらいでいいのかも」
大湊も一枚岩ではないし、様々な思惑や勢力の入り交じる町という印象だ。現時点であまり深入りしない方が得策だろうね。
side:大湊の会合衆
「まさか織田様から食事の誘いがあるとはな」
「お互いに上手くやりたいのは、同じということでしょうな」
角屋に滞在中の織田様から夕食の誘いが来た。普通はこちらがもてなすものだが、織田様はあまり派手なもてなしは不要だとおっしゃったので簡素にしたのだが。
いかにも調子が狂うな。武力や官位で商人の上に立とうとする武家らしくないからか。こちらの手の内を見透かされておるようで困る。
「丸屋も来るのか?」
「さあ、そこは知らぬ。だが丸屋とはこれからは協力せねばならん」
ここ数日は丸屋が織田様の荷を任された件と、船大工の善三が久遠家に召し抱えられる話で持ちきりだった。
特に丸屋の件は我らも驚いたが駄目だとも言えぬ。実直過ぎて商いは上手くないが、困窮する者を助けるなど人柄はいい男だ。
織田様は領民を大切にしておると聞くし、丸屋のような男が気に入られたのだろう。
ただ、問題は丸屋が織田様と商いをするような規模の商人でないということだ。まあそこは我らが助けるしかあるまい。
少し融通が利かぬ男だが、別に利益を度外視しておるわけでもないしな。織田様の機嫌を損ねるよりは上手く協力していくべきであろう。
「そういえば隠居すると言っておった船大工の善三が尾張に行くとか」
「ああ。久遠様に召し抱えられるらしい。さすがに止められん」
善三の件も正直言えば困るのだが、隠居して行くと言うなら止められん。久遠様からは尾張でも南蛮船を修理できる船大工を育てたいからと頼まれたしな。
あからさまな対価というわけではないが、今川に売らないことを条件に硝石の商いの量を増やすことも同時に言われたからな。余計に嫌とは言えん。
硝石は値が上がる一方だ。しかも日ノ本では取れぬので明から仕入れるしかない。織田様が鉄砲を大量に使い始めてからというもの、各地の大名も注目しておるからな。
まあ船大工は他にもおる。それに上手くいけば南蛮船の技術を将来手に入れられるかもしれんのだ。
今は織田様、久遠様との関係を深めるしかあるまい。
side:久遠一馬
日が暮れる頃になると会合衆やウチと取り引きのある商人が角屋さんの屋敷に集まってきた。
大湊に訪れた武家が商家を招くことが珍しいのか、少し戸惑う者も見えるけど。
「こうして見ると食卓がないのが残念だな。膳も悪くないが食卓の方がいい」
台所にて料理が盛り付けられた膳を見た信長さんはテーブルがないのを残念がった。
一つの膳の中に盛り付けた美しさもあるが、信長さんは派手好きなのでテーブルに華やかに並ぶ料理を好む傾向がある。
ウチでは大皿に盛った料理をみんなで食べることもあるからね。
最初の頃はもちろん信長さんには膳できちんと出していたけど、オレたちが普段は大皿の料理を取って食べたりしてるのを見て気に入ったらしい。
「よう来てくれた。今宵は心ゆくまで飲んで食べて楽しまれよ」
信長さんの発案で、お膳は信長さんやオレに勝三郎さんたちで運ぶことにした。会合衆の面々は信長さんが自らお膳を運んで部屋に入ると驚き目を見開いたね。
まあ織田は現状では北畠なんかと比べると家の格は下がる。元々織田一族は守護代家であるので信長さんもそのクラスの見られ方をしてると思う。
とはいえ権威と武力を誇示したがる武家にしては、信長さんはやはり異端児なんだろうね。
「これは……」
「先日頂いた伊勢エビが大変美味しかったので、ウチで料理しました。口に合えばいいのですが」
メニューは伊勢エビの味噌汁と鬼殻焼きに、伊勢エビの刺身と伊勢エビの天ぷらなど。天ぷら以外はありふれた物とも言えるが、調味料が違うので一味違うはずだ。
野菜はあるが、基本的に伊勢エビ尽くしにした。
伊勢エビを食べなれている大湊の商人にどう評価されるかな?














