第百五十六話・尾張統一
side:久遠一馬
市江島の代官は当面は森可成さんになった。ちょうどよく武功を上げたし、若いから経験を積ませたいと政秀さんが推挙したらしい。城主じゃないのは荷ノ上城が土豪の屋敷レベルで城と呼べるものではないからだろう。
水軍は佐治さんに指揮権を一本化する。信秀さんからはウチで運用するかと内々に話はもらったんだけどね。ウチも忙しいし運用する効率も悪いから水軍は佐治さんに任せたい。
旧服部家の家臣は織田に降伏した人も居たけど、信秀さんの直臣に取り立てる代わりに俸禄を与えて領地は召し上げてる。
一般的な武家だと降伏した人を使う方が手っ取り早いので大概は残すが、旧服部家のやり方とか変えたいし土地と武士も少しずつ切り離していかないと。
「湊はもう少し広ければいいのですが」
「そうですね。漁業もさせたいんで広げるつもりです」
今日は可成さんと佐治さんと一緒に市江島を回り、問題点を洗い出している。
領民の現状は悪くない。どうやら領民も最低限の食料は事前に隠していたらしく、荷ノ上城の兵糧を分けたら秋まではなんとか飢えない程度にやっていけるらしい。
服部友貞が年貢として集めた分もばら蒔いたからね。
「どうぞ。食べ頃ですよ」
昼食は地元の人が差し入れてくれた海産物だ。
魚にアサリとハマグリもあったから、アサリは魚と一緒に味噌汁にハマグリはそのまま焼いた。
「エル殿。かたじけない」
「やはりこの醤油という物は海産物に合いますな」
ハマグリと言えば桑名が有名だけど、産地は実は富田だなんて話を聞いたことがある。ただ当然ながら近い市江島でも採れるみたいだ。
佐治さんは焼きハマグリを食べて思わず笑みを浮かべた。
佃煮を作ってもらうために醤油を売ってるんだけど、自分たちでも料理に使ってるみたいなんだよね。佐治水軍では醤油が人気らしい。水軍衆だから海産物は自分で採れるしね。
そういえば佃煮は塩煮や醤油煮とか、佐治さんの城がある大野城の大野煮とかいろいろ言われていて、津島や熱田でボチボチ売れているらしい。
史実で佃煮を作ったみなさん、ごめんなさい。
まあそれはともかくとして、ふっくら焼き上がったハマグリは絶品だね。
うま味のエキスと割醤油の味は格別だ。でもハマグリって旬は夏じゃないよね?
産卵期の禁漁とか、小さいのを採らないこととか教えないとな。この時代は、漁業に限らず山の木とかもそうだけど根こそぎだからなぁ。
「ここの問題は一向衆なんですよね。穏便に影響力を排除していかないと」
「そのようなことが出来ますので?」
「有るか無いか分からない極楽浄土より現世に希望を持てれば、そうそう死に急ぐ真似などしませんよ」
刺身も美味しいな。
ただ代官になる可成さんには、いろいろ教えとかないと駄目なんだよね。
一向衆と協力することが必要な土地だけど、気を許してもいけない土地だ。政秀さんが可成さんを推挙したのも、若い可成さんの方がオレたちと上手くやれると考えたからだろうし。
「当分無いとは思いますが、もし一向衆が蜂起したら佐治水軍にて津島に退いてください。殿と若様の許可は得てますので」
「しかし、それではここを奪われまするぞ」
「いいんですよ。こんな小さな輪中なんか奪われても。水軍衆さえ健在なら輪中ごと包囲できますから。それに、汚名をそそぐ機会はあります。無駄に犠牲を出さないことが最良ですから」
それと可成さんの場合は、最初から逃げろと言っておかないと。
市江島なんぞで失っていい人じゃない。
まあ一向一揆を察知できないことはないと思うし、制海権さえあれば荷ノ上城でも十分だろうけどさ。
史実みたいに籠城で可成さんを失うわけにはいかない。
side:滝川資清
「さすがは望月一族。見事な判断でしたな。殿も高く評価されておられる」
戦も終わり戦後処理に忙しい。忍び衆への評価と褒美も当然せねばならぬからな。
今回は戦ということで褒美もいつもより多い。
それと任務には無かったが、服部家の離反した者を救った望月太郎左衛門には別途褒美が追加された。
「はっ、ありがとうございます」
「皆の者も太郎左衛門を見習え。無理に手柄を狙うは論外だが、殿のお心を汲み、できる範囲でならば構わぬ」
忍び衆の中には勝手な行動は処分されると、必要以上に臆する者が居る。
確かに野盗紛いの行動は困るが、殿が大事にされておられる信義に外れぬ行動ならば問題はない。生きて情報を持ち帰ることを第一に余裕があれば、手柄を狙うのは構わんのだ。
皆の者もじきに慣れるとは思うが。
今回の戦も大殿は刈田や乱取りを禁止され、雑兵には代わりの褒美にと多少の銭を配られた。飯も通常は三日は自分で用意するところを、織田家が初日から用意したこともあり評判は上々だ。
尤も忍び衆の褒美は雑兵とは桁が違う、武将並みの褒美があったがな。
結果として短期の戦にもかかわらず織田家も久遠家もかなり銭を使ったはずだ。しかし兵糧は服部友貞から奪ったものがあるし、銭は大湊からも矢銭を得ておる。
短期の戦の割に銭の出入りが激しいが、これが殿やお方様たちが考えておられる新しい戦だ。
国人衆の負担を減らし雑兵にいたるまで飯と褒美を出すことで、敵地での軍の規律を厳格に統制する。
すべては敵地を奪った後を考えてのことだろう。
効果は清洲で明らかだ。城を奪い領地を手に入れても通常ならば税を得て戦力化するには何年もかかる。織田とて三河を戦力化できたのは最近のことだろう。
殿のやり方ならば一年もかからず、領地を戦力化できるはずだ。
足りない銭は商いで稼ぎ賄う。そんなことは他家ではできぬであろうな。
問題はこれが他国での戦に通用するかだな。今までは同じ尾張の戦だっただけに通用したが……。
side:今川義元
「また一日で落ちたか」
「はっ。されど城と言うても所詮は土豪の城。たいした防備はありますまい。当然の結果かと。それよりも気になるのは、水軍を壊滅させたことでしょう」
織田はとうとう尾張を統一してしまったな。
服部とやらのうつけはいかようでも良いが、噂の南蛮船と佐治水軍の実力が厄介よのう。
伊勢湾の支配は当面は織田で揺るがぬな。
「伊勢方面は早々に和睦で矛を収めた様子。それと、織田と美濃の斎藤が和睦に動いてるかもしれませぬ」
「雪斎、真か!?」
「確証はありませぬが、美濃ではそのような噂があるとか。美濃の守護が昨年亡くなりましたが、恐らくは斎藤利政に暗殺されたようです。織田が抱える土岐頼芸を守護にすることで和睦するのも可能ですので」
織田が三河に本格的に攻め寄せてくるということか? いかがする?
「武田は信濃で一進一退。北条は織田と取り引きが増えておろう。斎藤は和睦。これでは今川が孤立するのではないか?」
「北条には中立でいてもらうようにすべきでしょう。斎藤は和睦するとはいえ蝮のこと。織田も心から信を置けますまい。更に三河ですが、松平で試すべきかもしれませぬ」
クッ。昨年から後手に回るばかりよのう。
じゃがこちらは大きな失策はしておらぬわ。織田が早いのじゃ。戦も領地を広げるのも、広げた領地を安定させるのもな。
「松平か……」
「それとも織田と和睦を考えまするか? 西三河か三河全土を渡せばあるいは……」
和睦か。確かにそろそろ考える時なのかもしれぬの。
じゃが織田と斯波とは因縁もあるわ。下手に和睦などすれば家中が騒がしゅうなるのは明らかよのう。
役にたたぬくせに織田を三河から追い出す援軍ばかり求める松平には、愛想が尽きているのも確かよのう。
松平を織田にぶつけるのは構わんが。
ともかくいつ織田が来てもいいように、備えはせねばならぬな。














