第百五十二話・崩壊する服部党
side:望月太郎左衛門
市江島は混乱しておるな。服部党自慢の水軍が壊滅と聞けば流石に服部友貞に勝ちはないと理解したようだ。
領民は寺や森に逃げ出しておるわ。市江島には一向宗の寺があるが、こちらも海での大敗で友貞に協力的だったところも変わりつつある。
元々願証寺の指示もなく服部友貞が独断で一向宗と織田の戦にしようとしておったのだ。どこまで協力したかは怪しいが。
「おい、太郎左衛門。追われておる連中がおるぞ」
「誰だ? 味方か?」
「いや、武士と女子供だ。追っ手は服部党の兵だな」
我らの任務は市江島の領内にある一向宗の寺の監視だ。殿より頂いた遠眼鏡で寺を監視しておると、不自然な争いを発見した。
服部党の六人ほどの兵に十数人の者たちが追われておる。戦の前に……、まさか服部友貞を見限った者か?
「よし、助けるぞ」
「いいのか? 命令違反になるぞ?」
「私利私欲ではないのだ。責任はオレが取る」
上手くいけば荷ノ上城の様子も分かるかもしれぬ。それに追われておる者を助けるためならば重い罰は受けまい。
殿は素破の自害すら嘆いておられたからな。
「捕らえろ! いや、殺せ! 裏切り者が!!」
「黙れ! 服部家を無謀な戦に駆り立てた一向宗など付き合っておられるか!」
やはり服部友貞を見限った者か。
「よし。やるぞ」
追われておる者の中にも戦える者はおる。鉄砲で援護してやれば形勢は変わるはずだ。
こちらは三名しかおらぬが、この距離なら外さん。
鉄砲を放つと独特の爆発音がする。これが鉄砲の弱点だな。しかし一撃目で二人に命中した。
誰だ外したのは? 帰ったら訓練のやり直しだな。
「なっ!? なんだ、今の音は!?」
「おい! 大丈夫か!? 何があった!? 何なのだ!!」
こちらの位置はまだ把握しておらぬ様子。早合で鉄砲に玉を込めつつ敵の様子を探る。
どうやら連中は鉄砲を見たことがないらしい。慌てる姿が滑稽だ。
よし二撃目を撃つぞ!
「ヒィ!!」
「祟りだ! 逃げろ!!」
二撃目も三人で二人に命中したが、致命傷なのは四人中二人だけか。それでも敵は見知らぬ鉄砲を祟りだと勘違いしたらしく逃げ出した。
「よし、引き上げるぞ」
「接触しなくていいのか?」
「あの様子なら大丈夫だろう」
追われておった者たちも追っ手同様に怯えておったが、追っ手が逃げると彼らもまた動き出した。
行く先は織田軍の先陣がおる方角だ。素直に降るのか隠れておるのか知らぬが、我らは姿を見せぬ方がいいだろう。
上手くいけば物見が見付けるはずだ。
さて任務に戻るとするか。
side:織田信安
「申し上げます! 周囲に敵の姿は見当たりません!」
「油断するな。敵は昨晩も奇襲をしたのだ」
「はっ!」
ここが市江島か。輪中だとは聞いておったが思っておった以上に良うない土地だ。水害にも悩まされておると聞く。
服部党を追い出しても誰も欲しくないであろう。まあ、だからこそ伊勢守家が先陣を承ることができたのだが。
周囲に放った物見の報告では、敵はおらぬらしいが何かの策か?
「近隣の村か人はいかがだ?」
「はっ! 村にはおりませぬ。逃げたのか隠れておるのか」
「探せ。一揆を起こされてはたまらん」
服部党には最早織田に逆らう兵力はないと思うが、一向宗がくせ者だな。勝ち戦に浮かれて一揆にやられては末代までの恥だ。
「申し上げます! 服部党の者が投降して参りました」
「なんと。伊勢守殿いかがしますか?」
「会おう」
あまりに敵がおらぬことに不自然さを感じておるところに、まさか敵が投降してくるとは。
ワシはあくまでも諸将を束ねる立場だが、反対する者もおらぬようなので会うことにするか。
「……では願証寺の僧は逃げ出したのだな?」
「はっ。水軍が壊滅しては服部家は終わりでございます。あの忌々しい破戒坊主めが殿を焚き付けねば……」
投降してきた者はそれなりの身分のようだ。
荷ノ上城に兵糧が無く領内から強引に集めておることや、すでに一揆を起こすほどの力が服部友貞に無いことも語った。
苦々しい表情で一向宗の僧を罵る様子に嘘はないとは思うが、素直に信じるのは危ういか。
「某の首にて一族郎党は助けていただきたい」
「その方の言葉に嘘がないならば、命までは取らん。その方はこのまま本陣の殿に同じことを申し述べよ」
「はっ」
判断は義兄上に任すとして、状況がここまで変われば、新たな指示を仰がねばならん。問題はあの男の話が本当かだな。
「服部党は、本当に籠城以外に手がないようですな」
先陣が上陸し終わる頃には、物見と久遠家家臣の望月という者からの知らせが届いた。久遠殿が素破を大量に召し抱えたとの噂は真であったらしい。
偽者のおそれはないはずだ。伊勢守家でも数が少ない高価な鉄砲を持ち、久遠殿の旗印の書かれた絹の布を持っておったからな。疑いようもないわ。
「敵が来ない以上は本隊を待つべきでしょうな」
先陣を任された者たちは、その報告の内容に皆が残念そうにしておる。
最初から籠城されたのでは、先陣だけで攻めるわけにはいかぬからな。
領内も荒らすなと命じられておる。実際には荒らすほどの物が周囲の村にはないとも物見の報告にあったが。
服部友貞めが全て城に持っていったらしい。
まさかこの季節に刈田をするわけにもいくまい。したところで何も採れぬのだからな。
ああ、逃げ出した領民は発見したが一揆は市江島の一向宗の寺が抑えたらしい。
ただ食べ物がなく困っておると、こちらにたかってくる始末だ。
義兄上には知らせを出したがいかがするのやら。
望月太郎佐衛門
真田十勇士の望月六郎の父親らしき人。
詳しい情報がないので甲賀望月家の一族にしました。
フィクションです(笑)














