第百四十六話・背後で蠢くモノ
side:久遠一馬
「みんな張り切ってるねぇ」
「武功を立ててこそ武士、というのが世の習いでございますからな」
尾張は戦一色になった。織田家では兵糧米の確保をするべく米を買ってるし、家臣のみんなは武具を調達するべく動いている。
ただウチはあんまりやることがない。武具は清洲戦の時の物があるし、今回はそこまで人を集める必要もない。
衛生兵は前回評判が良かったので、今回も編成するけど。
「申し上げます。大湊・桑名などの一部の商人が、服部家に兵糧や武具を融通するようにございます」
「へぇ。やるね。戦が長引けばいいってことかな?」
「いずれも尾張とは疎遠な者たちばかりでございます。商いの機会を奪われて面白うないのでしょう」
状況は織田が圧倒的に優位だ。しかし燻る不満も僅かに露見したらしい。
馬鹿だね。伊勢の大きな町には忍び衆を配置してるし、同じ商人なんだから物の動きくらいすぐにバレるのに。
ただ伊勢には潜在的にも顕在的にも反織田、いや反久遠の勢力がある。
元々伊勢湾での商業の主導権を握っていたのは伊勢なんだよね。伊勢の商人は未来でも有名なように。
それを事実上ウチが横取りしちゃったからね。願証寺は物を優先的に売ることで懐柔したし、商人も友好的な人には品物を卸すことで懐柔した。
とはいえ尾張が栄えて豊かになる分、恩恵に与れずに割りを食う者は出るわけで。商人もウチとの取り引きで成功してる者も入れば、そのまた逆もいる。
伊勢の大きな町は自治をしてる所が多く、その分だけ勝手をする人が多いのかもしれないね。
「殿。わざわざ兵糧をくれてやる必要はありませぬ。大殿にお知らせして現場を押さえるべきでございます」
暇なんでエル達と資清さんに望月さん。それと太田さんたちなんか集めて一緒に市江島の地図を見ながら、戦の情勢分析をしてたら忍び衆から面白い知らせが。
「うーん。でもウチの船、沿岸だと役に立たないからなぁ」
「佐治殿に知らせて、動いてもらうしかありませんね」
「そうだね。誰か船で佐治殿に使いをお願い。ああ、ついでに玉薬は必要なだけ譲るからって伝えて」
「はっ!」
さて。戦国時代らしくなってきたな。
上手く立ち回れば戦費を伊勢から回収できるかも。
「そうか。伊勢の商人が動いたか。抜け目のない連中だな」
「どちらが勝っても自分たちは儲ける。まあ普通の商人の考え方ですね」
距離の関係から先に佐治さんには知らせを出したけど、那古野城で信長さんに報告して一緒に清洲城で信秀さんにも報告する。
二人とも悪い笑みを浮かべてるな。考えること一緒だね。
「今までならば多少文句をつけられても、銭で解決してきたのであろう。天下の伊勢商人だ。武家も軽々しく敵に回せぬ」
「この機会に立場をはっきりさせておく必要があろう」
「せっかく願証寺が、服部殿を切って収めようとしたのに、伊勢の商人たちは戦の費用を払いたいようですね」
織田家もウチも戦をする銭はあるけど、それは戦ではなく尾張の開発に使いたい。
「一馬。そなたに任せる。好きに致せ」
「分かりました」
さてと。伊勢商人からはどれだけ絞れるかな。
信秀さんと信長さんにオレの三人だけでの悪巧み。
歴史に名高い伊勢商人のお手並み拝見といきますかね。
side:佐治為景
「そうか。伊勢の商人が服部に兵糧をな」
「はっ。当家の船は沿岸に不向きなため、佐治様のご助力をお願いしたく参上致しました」
「すぐに行こう。準備はできておる。海の戦で我らが後れを取るわけにはいかぬからな」
久遠殿から使者が来た。太田殿という守護様の元家臣だとか。久遠殿の家臣らしく頭の切れそうな男だ。
「伊勢の商人も一枚岩ではないからな。とはいえ今の織田に敵対的な行動をすれば高くつくと思わぬのか。それとも白を切るつもりか」
「久遠様に疎まれて、商いの機会を奪われた者もおりますからな」
「新参者と舐めた態度で突っかかった愚か者であろう? 久遠殿でなくとも商いはせぬわ。自分たちには逆らえぬと高を括ったうつけの末路だな」
実はワシのところにも、伊勢の商人の一部が服部友貞に兵糧を売るとの知らせが届いておった。清洲の殿には知らせの使者を出したが、久遠殿の方が早かったらしいな。
情報源は伊勢の水軍の一つだ。織田が動くと読んで恩を売ろうとしておるのであろう。伊勢の水軍とは親しくもないが敵対しておるわけでもない。
連中は当家が南蛮式の船を手にして修練しておるのを知っておるのかもしれぬ。あまり目立たぬようにしておるが、船など隠しきれるものでもないからな。
今回動いた商人達は久遠殿が尾張に来た頃に、威圧して力で久遠殿を従えようとした者たちだ。
元々伊勢湾の交易は伊勢の商人が強いからな。自分たちに挨拶も無しに勝手なことをするなと脅そうとした者らしい。
尤も同時に最初から友好的に久遠殿と接して、商いを始めた者もおる。
結果として久遠殿は威圧には屈せず無視して、一年も経たず伊勢湾の支配者となったからな。
織田が服部との戦に手間取れば、伊勢湾の主導権を取り戻せるとでも思ったか? 久遠殿と友好的な者も見てみぬふりをしたのであろう。
「鉄砲の玉と玉薬をお持ち致しました。存分にお使いくだされ」
「かたじけない。若君と久遠殿には良しなに伝えてくだされ」
相変わらず気前がいいな。
だが今回は一向宗と伊勢の商人がいる。戦の費用を請求する相手には事欠かぬからな。久遠殿も気が楽であろう。
服部友貞は籠城か? 兵糧を融通する者はおっても援軍はおるまい。それどころか一向宗の出方次第では寝首をかかれるぞ。
いかがする気だ?
「止まれ! この船はいずこに行くのだ?」
「銭は払う。通してくれ」
「まさか服部家に運ぶ荷ではあるまいな? それは織田に敵対するという行為になるぞ!」
「貴様らこそ何様のつもりだ! この船は大湊の船ぞ。貴様らごときに止められる筋合いはないわ!」
情報通り、深夜に荷を運ぶ怪しげな船を見つけた。
やはり服部家に兵糧を運ぶ気か。
「やれ!」
殿からの許可もある。鉄砲と焙烙玉の威力試してくれるわ。
関船から一斉に放たれた鉄砲に敵船は怯んだ。その隙に回り込んだ小早が焙烙玉を敵船に投げ込む。
うむ。商船には少し威力がありすぎるようだ。危うく船を沈めてしまうところであったわ。
「よし。捕らえた船を津島に運べ」
さて、面白くなってきたな。














