5.
それが分かったのはある日の厚生委員の招集でのこと。
特別な連絡はないのか、先生はいつもと同じプリントを音読しはじめる。
流しはきれいに使いましょうとか、ゴミすての曜日は火曜日と金曜日だからまちがえないようにとか。
一年生のわたしでももう覚えてるよ……ってことをツラツラとお経のように読んでいく。
連絡がないならわざわざお昼の時間に集まらなくても……って思うけど、各委員会の決まりなのだから仕方のないことなのだろう。同じ委員の男子はわたしのとなりでスヤスヤと寝始める。
後ろの、先生へ声が届きづらいところに座る先輩たちは内緒話を始める。結構小さな声で、定年間近らしい先生には聞こえていないだろう。でもまだまだ若いわたしの耳にはしっかりと話の内容が届く。
「ねぇ佐伯先輩ってかっこよくない?」
「たしかにカッコイイけど、あんたこの前まで円城先輩カッコイイって言ってなかった?」
「そうだけどさ、円城先輩には彼女できちゃったじゃん。あのちっちゃくて可愛い子。円城先輩彼女できてからあまあまだし、あんなに幸せムード満開にしてるんじゃ勝てないって」
「それで佐伯先輩?」
「うん。前々から円城先輩とはまた別のかっこよさがあるって思ってたんだよね~。それにこれは部活の先輩から聞いたんだけど、佐伯先輩ってめっちゃ頭いいらしくて、今、国公立の大学の推薦受けないかっていろんな先生からすすめられてるらしいよ」
「マジで!? すごくない?」
「カッコイイ上に頭がいいとか最強じゃん。で、先輩三年生だし夏休み入る前に告白しちゃおうかな~なんて……」
「今回は積極的だね」
「だって円城先輩のこと一年近くねらってたのにウカウカとしてたら彼女出来ちゃったじゃん? まぁ先輩の場合、よくいなかったねって感じだけど。でもそれって佐伯先輩も同じじゃん? 誰かに取られてたイヤじゃん」
「取られる、ってあんた、これといった接点なくない?」
「ない! けど恋ってそういうものじゃないじゃん」
「まぁね」
別にぬすみ聞きしようとしたわけじゃない。
ただ先生の話はヒマで、話していたのがこの先輩たちだけだったってだけ。途中で円城先輩と佐伯先輩の名前が聞こえて、お耳が少しばかり大きくなってしまったけど。
佐伯先輩ってモテるんだ。
円城先輩がモテるのは知っていた。だって入学してすぐのわたしたちでさえ、学園一の人気者として名前と顔を覚えていたくらいだから。
でも、そうだよね。先輩、優しいしカッコイイし。
頭がいいっていうのは初耳だったけど、その話を聞いてしっくりときた。
だから水曜日、来なくなったんだって。
今は先生たちによび出されているだけだけど、彼女とか出来たら本格的に来なくなっちゃうのかな?
そう思うと、また胸のあたりがチクリといたむ。
「では今度の委員会は二週間後となりますので、忘れずに」
委員会は終わり、となりの席の男子を起こす。勝手に聞いて勝手にもやもやしているわたしの顔は不思議だったのか、起きたばかりのクラスメイトは首をかしげる。
「神崎、どした? 腹でもいたいんか?」
「別に。なんでもない」
「そうか? なんもないならいいけど、ムリすんなよ」
そう言い残してさっさと帰る男子の背中を見ながら、アコが待っていてくれていることを思いだす。
「わたしも急いで帰んなきゃ」
声に出して気持ちを切り替えたつもりだった。けれどアコといっしょにご飯を食べている最中もやっぱりそのもやもやはなくならない。
「みっちゃん、なんかイヤなことあった?」
「ないけど、なんで?」
「なんかう~んって顔してる」
どうやらそのもやもやはアコにも伝わってしまうらしい。
そんなに話さない同じ委員会の男子にまで伝わってるくらいだから、アコに伝わらないわけないか。
「う~んって顔?」
「う~んって顔」
それにしてもう~んって顔ってなんだろう?
顔をくしゃってするアコ可愛いけど、きっとわたしがしたら可愛くない。一度サンドイッチを置いて、両手をほっぺたに当ててムニムニと動かす。あんまり凝り固まっているって感じはしない。けどもやもやがどこかに行くこともない。
「元気のないみっちゃんには特別にだし巻きたまごを進呈します!」
「え、アコの好物じゃん」
「うん。でもみっちゃん元気ないから。だからこれ食べて元気出して。それで言えるようになったら相談してくれると嬉しい」
「わたし、アコに言えないようなことないよ? でも自分でもよく分からないから。だから分かったら相談のってもらうかも」
「うん!」
アコはそういってくれたけど、わたしのもやもやは翌日になっても消えることはなかった。
「あれ? 今日は二人ともいないんですか?」
「佐伯はいつもので、河南は妹たちが風邪引いちゃったらしくて看病で休み」
「河南先輩って妹さんいたんですね」
「うん。小学校3年生のチョコレート好きのふたごがいるよ」
「だから河南先輩がくれるのってチョコレートが多かったんですね」
「本人もチョコレート好きだから」
「なるほど~」
佐伯先輩が来なくなってからも河南先輩がいた。
だからあんまり気にならなかったけど、わたし邪魔じゃない?
アコも円城先輩も気にせずに楽しんでいるように見えるけど、確実に邪魔だよね?
週に一度のランチタイム。やっぱりひとり者は参加すべきじゃないのかな?
アコの話によると二学期から三年生の登校回数はぐんと減るらしい。そうすれば自ずとアコたちの通学路デートも回数が減っていくわけで……。
今日はまぁ不可抗力として、今度からは遠慮した方がいいのかな? なんて考え始めてしまう。だって帰りの階段で話す姿も楽しそうなんだもん。
その時は佐伯先輩と河南先輩を誘って校庭でランチもいいかもしれない。
きっと楽しいだろう。けれどそんなのはきっと想像の中だけで終わってしまうことだろう。委員会の先輩みたいに、夏休み前に佐伯先輩に告白しようって考える人は多いだろうから。
その中の子を気に入って、彼女にしたら一緒にご飯なんて出来なくなる。そしたら河南先輩と二人……。河南先輩のことは好きだけど、でも一緒にいたいって思うのは、いなくてさみしいって思うのは佐伯先輩の方なのだ。
あ、そっか。
わたし、佐伯先輩に恋してるんだ。
なんで今まで気づかなかったんだろう。恋愛何度もしてきたはずなのに、まるで初めて恋したみたい。
いつもみたいにアタックする? でも断られたらどうしよう? アコは絶対気にしちゃうだろう。それに円城先輩だって気まずいはずだ。
なら卒業式まで待つ?
でもそんなことをしたらほかの人が彼女になっちゃう。
たとえば委員会の先輩とか。
いい人かもしれないけれど、でも自分以外と誰かが隣にいるのはなんかイヤだ。それがアコだったら、多分わたしは身を引く。
だってアコだもん。
アコはわたしの中で特別枠だから。
でもそれ以外はイヤなのだ。なんて勝手な思いなんだろう。
でも恋なんて初めから両思いにでもならない限りは勝手なものだ。
アコに先に謝っておいて、今度佐伯先輩が屋上に来たら時間をもらって告白しよう。
好きですってストレートに伝えて。玉砕したら、その時は二学期から水曜日はぼっち飯を決め込もう。クラスの子の誰かの輪に入れてもらうのもいいけど、それじゃあアコが心配するし。
いっそのこと厚生委員じゃなくて飼育栽培委員にでもなれば良かったかも。
あれだったら曜日変えてもらうだけで解決だし。でもそんなこと思ったところで、今度の委員会決めは二年生になってから。少なくともわたしは3月まで厚生委員のままなのだ。
だったら早速アコに話さなくちゃと決意する。といっても帰りは先輩といっしょだから、相談は明日のお昼になるんだけど。でもこういうのって顔を見て話したいから我慢我慢……。それでもアコに相談出来ると思うだけで一気に気持ちは軽くなる。アコならきっといつもみたいに応援してくれる。
――そう思っていたのだが、アコが時期はずれのインフルエンザにかかった。




