16 勇気しか持てなかった者
マードック達をべノムが誘惑する作戦に出た……
王国正門前。
私達はマードックと対峙している。
そこにはリアも居ます。
「リア、さあ一緒に帰ろう。国には皆が待っているよ。お父さんもお母さんも、兄妹達だって心配しているよ」
リアの親がどんな人だったのか見てみたい気がしますね。
「貴方とは終わったって言ったわよね? 私の親も駆け落ちだったから応援してくれるわよ。いつも言ってたもの、恋は全速力で突っ走れって!」
なるほど、全力で走った結果があれなのですか。
「考え直してくれ。魔族に関わって良い事なんて何もないはずだ!」
私達のことを知りもしないのに、酷い言われようです。
また逃がして悪意を広められたらどうなるか。
いっそこの場で……いや短絡的に考えては駄目ですね。
貴族ならば兵を挙げて復讐に来るかもしれません。
「この人達は、言われている程酷い人達じゃないわよ。私の事は諦めて、きっと直ぐに良い人が見つかるから」
べノムの事ですね。
もう用意は出来たのでしょうか?
一応隣に居るもう一人の方の情報もリアから聞いています。
名をグレイズと言い、マードックの剣の師匠だそうです。
病気の娘の為に賞金を狙っているんだとか。
お金を渡せば納得するんじゃないですかね?
二度と来ないことを条件に、金塊でも渡してしまいましょうか。
当然私の自費じゃないですよ。
「ちょ、お前……!」
あ、フレーレさんに背中を押されて、べノムが出てきました。
頑張って打ち合わせ通り誘惑するんですよ。
「え、あのな……あのえ~と、す、好きです~」
元の声のままってのが笑えますね。
ですが何だか駄目そうですよ?
そんなんで落ちる人はいませんって。
もうちょっとこう、伏し目がちにしたりとか色々技があるでしょう。
「え? 俺に言ってるんですか?」
「ああうん、そうだよ。だ、駄目ですかね?」
「そもそも貴方は誰なんですか? 何でいきなり俺の事を好きだと言うんです?」
「私はえ~と、アンリって言います。貴方の活躍は、この王国の地でも昔から聞き及んでいましたよ。陰ながらずっと見守っていましたんです」
プフッ
ま、まずい、笑いを堪えるのが苦痛です。
体が震えて、吹き出しそう。
「ほら、きっと私と別れるのは運命だったのよ! 早速運命の人が現れたじゃないの!」
「え、これ運命だったのか?」
リアがフォローしているけど、大丈夫でしょうか?
「そうよ、私と別れたから本物の運命が貴方達を導いたのよ!」
「まあ確かに、可愛いし好みだけど……何か声がおかしくないかな?」
「ちょっとべノム、ほら、泣きなさいよ」
リアが小声でべノムに催促している。
「う、うえーん、あーん、酷いわー。気にしているのにぃ」
どう見ても茶番にしか見えないんですが。
なんか向うの人には効いたみたいですよ?
女の泣き顔を見てオロオロしています。
「あ、いや、あの、ごめん。そうだよね、声ぐらいで断ったりしないから」
「じゃあ付き合ってあげるんですね! ……ほら抱き着きなさい!」
「マードック様~、す、好きー」
べノムがマードックに抱きつきました。
もうダメです、お腹が痛くて立って居られません。
ブフゥ―ッ
しまった、我慢できずに吹き出してしまいました。
「こんなにも私達が苦しむなんて、二人の愛が私達の闇を浄化していくわー! とてもいい気分がするの。もう悪い事なんて出来ないわねー!」
フレーレさんフォローありがとうございます。
でも何でミュージカル風なんです?
「ほらー、グラビトンも演技しなさいよー」
「俺もか? ……ああ、苦しい。愛が痛い」
フレーレさんがグラビトンさんまで巻き込みましたよ。
因みに棒読みですけどね。
とにかく今の内に伝令を出しますか。
この状況を沈める伝令を。
私は近くの兵士に伝令を伝え、その伝令が町中に伝わった頃。
リアさんが私の合図で行動を起こした。
「マードック、今よ! 彼女を連れて王国に入るのよ! 貴方達の愛の光で、魔族の心を癒すのよ!」
「あ、ああ、行きましょうか、アンリさん」
「ああ、はい、いきましょうね」
マードックとべノムが、正門を抜けて王国に入って行く。
リアもそれについて行った様だ。
町には演技しろともう伝令を出してある。
と言う事で、残ったもう一人ですが、この人の雰囲気は今までの流れを一変させました。
「この茶番はなんだ? お前達は戦う気がないのか?」
「そうねー、戦う気はないわ。リアから聞いたけど、貴方お金が要るんですってね? どうかしら、私達がお金を用立てるわよ。その代わり王国には来ないで欲しいのだけれど」
「金を出してくれるのか? 何故だ、お前達に得は無いだろう」
「得なら有るのよ、私達は戦争なんて望んでいないの。ただ無駄に殺す殺人鬼じゃないのよ」
戦わないで良いなら、それに越したことは無いです。
私達も兵士です。
必要ならば人も殺します。
盗賊なんて容赦はしません。
でも、ただ殺して喜んでいる人間にはなりたくありません。
「その金は誰かから奪った金じゃないだろうな?」
「貴方が信じるか分からないけれどー、そんな事はしていないわよ」
グレイズは剣をおろさない。
マードックとは違い、この人は戦士なのでしょう。
簡単に信用する者は、騙されて殺される世界の住人なのでしょう。
「じゃあ最後の説得をするわ」
フレーレさんがその場で服を全て脱ぎ捨てて、今は本当に何も着ていません。
「何を……」
「この体を見なさい。貴方達が魔族だと言っているこの体を。私達は帝国と戦う為に、自分の体を魔物と合成したの。腕や脚も人のものとは変わってしまったわ。でも私達の心は何も変わってはいない、今もただの人間のままなのよ。それでも貴方達は私達を魔物として斬り殺すの?」
「俺は……お前達を信用する。 ……だがそれと仕事は別の話だ。服を着るまで待ってやる、そして俺と勝負するがいい!」
「そう、分かったわ」
グレイズとの勝負が始まった。
フレーレさんから止められて私は手を出せない。
負けるとは思えないけれど、相手は見ただけで分かる手練れです。
油断は厳禁ですよ!
「「…………」」
二人共動かない。
いえ、ほんの少しずつ間合いを近づかせています。
もう相手の距離に入り、相手の剣が届く距離。
たぶんこの勝負は一瞬で終わるでしょう。
フレーレさんがグレイスの間合いに入り、グレイズの剣が煌いた。
まだフレーレさんは反応しない。
しかしグレイズの剣が当たる瞬間、フレーレさんの右脚が跳ね上がる。
凄まじい速度で剣を刃を両断し、グレイズの腕と体が切り裂かれた。
人同士の戦いだったなら剣の方が速かったのでしょう。
しかし魔物の力を持った私達には、そんな常識は意味がないのです。
「本気には本気で、それで死ぬならそれまでのことよ」
フレーレさんが倒れた男の元に、袋に入った何かを投げ捨てた。
「もし生きていたなら、それを持って行きなさい。そして二度とこの場には来ないことね」
男は喋らない。
生きているかどうかも分からない。
でもきっと生きているのでしょう、フレーレさんが分からない筈がないですから。
ここには勇者が置いて行った剣が落ちています。
折れた剣の代わりはあるし、きっと彼は帰る事が出来るでしょう。
私達は男を見ることなく、その場を後にしました。
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王国に入るとそこは……いや、何でしょうかこれは?
べノムとリアとマードックが、道の真ん中で愛を叫んで、道行く人達がそれを見ると苦しみだしています。
あんなにシリアスだったのに、中に入るとこれですか?
伝達を出したのは私達ですけど、雰囲気がぶち壊しじゃないんですかね?
何となくガッカリですよ。
あの三人はどうやら王城に向かう様です。
私達も付いて行きましょう。
それにしてもマードックさんは、よくこんなワザとらしい芝居を信じる気になったものですね。
それともメギド様の首でも狙っているんでしょうか?
でも私達が見せたかったものは、もう彼の目の前にあります。
それはこの国そのものです。
体の変わった者と、そうでない者が仲良く暮らし、皆が元気に暮らしているこの国を見て貰いたかったのです。
もしそれでも彼が戦うと言うのなら、二度とこの国に来たくないように、徹底的に追い詰めましょう。
真っ直ぐ城に向かい、開けられた門から城に入って行きます。
誰も邪魔はせず、もうすぐ謁見の間につくきました。
先にある大きな扉を開けると、そこにはメギド様が玉座にパンツ一枚で座っていました。
その周りには、無邪気に子供達が遊んでいます。
でも……大事な時に、なんでそんな恰好なんですかメギド様!
私が怒った顔をメギド様に向ける。
それを見て何となく察してくれました。
「ああ、さっき風呂に入ってな、お前達がもう来ると言うんで急いでそのまま来たんだ。まあ気にしないでくれ」
服ぐらい着る時間はあったでしょうに。
それ、わざとなんですね?
「お前が魔王か? 貴様の所為で大勢の人が死んだ。そして世界に溢れた魔物達はお前が放ったんだろう。今も多くの人が苦しんでいる。大人しく罪を償うがいい!」
彼はまだ剣を抜いてはいない。
まだ話し合いの余地はありそうだ。
「大勢が死んだか……確かにそうだ。帝国との戦争により、この国の者も大勢死んだ。マリア―ドの夜襲に掛かり、更に大勢の人間がこの世を去った。お前達だけが苦しんだと思わない事だ」
帝国との戦いでは私も兵士として参加していました。
あの戦いでは仲の良かった友達も死んでいます。
必死で戦い、生き残る為に、この体を選んだんです。
本当は全員殺してやりたかった。
でもメギド様は国民には手を出すなと、それを止めてくれました。
あれが無ければ、きっと私達は本物の化け物になっていたんでしょうね。
「魔物のことは謝る。だが俺達も必死だったのだ。生き残るために使えもしないキメラを野に放った。しかし俺達もここまで繁殖力があるとは思わなかった。本当にすまん」
キメラ、今でも何班もの兵士が退治しに動いている。
それで許されるとは思わないですが、私達が居なくなったところでキメラは増え続けるでしょう。
「そして罪を償うと言うが、もう罪を償うべき者は死んでいる。キメラは先代の王が放ったのだ。俺はただ先代から王を引き継いだだけだ。それともその血を継ぐ者だから許せないとでも言うのか?」
キメラを放ったのは先代のレメンス様だ。
マードックさんは何も言わない。
いや、言えないのでしょうか。
もしもこの国自体を恨み、全てを壊すつもりならば、私が一振りで斬り捨てます。
「迷っているのか? お前は城下を見てどう思った。馬鹿馬鹿しい芝居に付き合って、倒れたふりを
した奴等、あれが邪悪だとでも思ったのか?」
彼はただ立ち尽くしている。
自分達がしてきた事を何もかも否定されたのです。
彼は私達が、悪の首魁だとでも思っていたのですね。
ラグナードの王に踊らされ賞金につられたのか、それともただ勇者に憧れていたのでしょうか。
「そんな芝居に付き合っていた奴等の中には、こんな体になった者ばかりではなかったはずだぞ。そいつ等もまとめて皆殺しにでもするつもりなのか?」
こんな中でも子供達は陽気に走り回っている。
その一人、ルーキフェートがマードックさんに近づいていきました。
子供の危機なのでしょうが、メギド様は止めません。
「ねぇ、お兄ちゃんも遊ぼうよ。落ち込んでないでこっちで遊ぼう。ねっ、行こうよ」
勇者と呼ばれた彼は、もう戦う気持ちは一つも残っていなかった。
ベリー・エル(王国、兵士) フルール・フレーレ(王国、兵士)
カールソン(帝国新聞、平社員) グレモリア(王国に戦いを挑んだ勇者の一人)
べノム・ザッパー(王国、探索班) メギド(王国、国王)
グレイズ(リアの元仲間、勇者の一人) マードック(リアの元仲間、勇者の一人)
次回→ 王道を行く者達予定






