1話 吸血少女と門番さん
今話から1章です
1話 吸血少女と門番さん
意識を取り戻した私は森の中にいました。
……はい。森の中です。
ですが、これはゼウス様が転送に失敗してしまったとかの理由ではなく、ゼウス様との相談で街に近い森に転送して頂いたからなのです。
街中に転送してしまうと、何も無い空間からいきなり人が現れてしまう事になりますからね。
大変目立ってしまいますし、最悪の場合はそのまま警察機関のお世話になってしまいますので……。
ええ、本当に最悪です。
ちなみに、現在の時刻は朝の六時頃です。
これもゼウス様と相談して決まった事でして、初日から行動するのであれば、朝からの方が時間があって良いだろうという事です。
まぁ、この世界に時計は無いので、大凡の時間帯でのお話になりますが……。
皆さんは待ち合わせなどはどうされているのでしょうかね?
私は自分の体が動く事、身体に違和感が無い事を確認すると、ゼウス様が持たせて下さった手鏡で自分の容姿を確認しようと、持ち物を物色します。
転生して真っ先にする事がそれで良いのか?と思われるでしょうが……まぁ気になるじゃないですか。
これから先、ずっとこの顔と付き合っていくわけですし、自分の容姿がどうなっているのかを正確に把握しておく必要はあると思うのですよ。
言ってしまえば、このアイリッシュで生きていく為に必要不可欠なプロセスの一つという訳です。
……すみません、好奇心に負けただけです。
そうして手鏡を——と、服のポケットなどを漁ってみましたが、手鏡が見つかる事はありませんでした。
私は思わず首を傾げます。
……あれ?ゼウス様は持たせて下さると仰っていたと思うのですが……もしかして忘れてしまったのでしょうか?
それとも私が気が付いていないだけなのですかね?
それどころか、他の荷物すら見当たらないのですが……。
——と、もう一度服を弄ろうとしたところで、ようやく私はスキルの存在を思い出します。
完全に頭から失念していました。
「あ……そうでした、この世界にはスキルがあるんでしたね。確か、物を収納するスキルが有るとゼウス様が仰っていましたから……その中でしょうか?」
私はポツリと一人呟きながら、手元に意識を集中させて【アイテムボックス】という名前のスキルを使ってみます。
すると、どこから現れたのか手の中に鏡が収まっていました。
「なるほど……スキルを使うという感覚はこういうものなんですね」
私は地球では体験し得なかったスキルを使用する、という感覚に目を瞬かせて首を捻ります。
それにしても、何の違和感もなくスキルを使用できましたね。
これが器や生核に含まれた経験という情報を読み取って適応した結果ですか……。
今まで使った事も無ければ、知識も無かった筈の事を当然のように使うという感覚は何だか不思議ですね。転生者の方はみんなこういう感覚を味わっているのでしょうか?
……まぁ、この感覚を得る為に、一からスキルを使う練習をするよりは絶対良いとは思いますけどね。
余りにも感覚的過ぎて、口頭で説明されてもさっぱり理解出来なかったと自信を持って言えますよ。
例えば……そうですね。
この【アイテムボックス】のスキルを例にするなら、ガバッと空間を広げてシュバッと物を取り出すーーという説明になるでしょうか?
……私が説明しておいて何ですが、意味が分かりませんね。
ですが他に説明のしようが——ん?
……一つ思いついたのですが、私が地球にいた頃の……前世の知識を元に、このスキルを説明していくとどうなるのでしょうか?と言いますか、そもそも出来るものなのですかね……?
意外と面白そうですね……少し考えてみますか。
そうですね……まず——
実体の有る物を別空間に保存している事から、物質の空間移動が行われている事は明白ですし、質量保存の法則やエネルギー保存の法則に近い法則が働く事が分かっています。言うなれば、形状保存の法則とでも言いましょうかね?
(例えば温かい水を収納して、後から取り出しても水は温かいままで水量も減らない、などスキルの知識から)
そして、その法則が全ての物体に対して働く正しい物と仮定しますと、物体の移動先は何処なのか……今の情報から考えるに虚数空間でしょうか?
存在していた物が手元から無くなり、けれど異空間には存在している。という、正数と負数の等式が成り立ち、且つ同じ空間という同一ベクトル上から外れた位置に物体が移動する事を考えると、それが妥当な推察でしょう。
しかし問題は……どうして人間が虚数空間にアクセス出来るのか?という事ですね。
スキルを持っていない人はアクセス出来ない事から、スキルをアクセスの媒介としている事は分かります。ですが、その動力となるエネルギーは何なのでしょう?
パッと思いついたのは『魔力』と呼ばれる魔法の源にもなる体内エネルギーですが、これは違うと考えられます。
といいますのも、スキルと同じく地球には存在していなかったもの繋がりで想像した訳ですが、先程スキルを使用した際には体内の魔力を消費した気配は無かったのです。
……何故それが分かるのかと言われますと、感覚的な事なので言語化が難しいですが、確実にこの身体に転生して生体情報が更新された事が理由でしょう。
なので魔力は除外します。
そうしますと……メジャーなエネルギーと言えば電気ですか?ですが、人間が帯びている電気など微々たるものでエネルギーとするには余りにも弱過ぎますよね……。
それをスキルで増大させている?
いえ、そもそも人間の——
——あ、すみません。完全に話が逸れてしまいました。
考え事をすると熱中し過ぎてしまう悪癖は自覚はしているのですが、なかなか治りませんね。
……まぁ、自覚しているだけで治そうとはしていない、とも言いますが。
ちなみに、スキル【アイテムボックス】の効果と言いますか効力は、異空間に生物以外の物を相互転送し、管理する事です。
管理出来る物の総量は、体積は関係無く質量で全て計算されており、スキルレベルと呼ばれるそのスキルの熟練の度合いを指し示す指標によって増量していきます。
私はそのスキルレベルは最大の10なので、かなりの量を保管出来る事になりますね。
イメージ的にはホラエモンの超次元ポケットでしょうか?
何でも入って、何でも出てくるアレですね。
私は気持ちを切り替える為にも、スキルの考察を打ち切る為にも、一度頬をペチペチと叩きました。
そうして、取り出した手鏡を覗き込んだ私はとても驚きます。
何故なら、鏡の中にはとんでもない美少女がいたからです。
……自分で自分の容姿を美少女などと形容するのは些か……いえ、かなり恥ずかしいですが、本当にそれ以外に形容のしようが無いのです。
まず肌ですが、とても綺麗です。
程よく白くて瑞々しく、お化粧をしている訳でも無いのに頬っぺたはほんのりと紅潮しています。
どんなお手入れをしたらこんな肌になるのか不思議で仕方がありませんね。
当然、シミなども皆無です。
そして、顔の作りはどちらかといえば日本人に近いのでしょうか?
顔の彫りが深いという事では無いですが、鼻筋はすっと通っていて歪みがなく、桜色をした小さな唇はプリッとしていて血色の良さを窺わせます。
前世の血の通っていないような血色の悪さが嘘のようですよ。
加えて、私を覗き込む眼は宝石のルビーを連想させるほど深い赤色に染まっており、白い肌をより強調させて輝いて見えますね。
宝石を埋め込んだのではないか?と一瞬だけ変な考えが過ぎるほど、深く綺麗な色をしています。
チャーミングポイントは笑うとチラリと覗く八重歯ですかね?
私の種族がヴァンパイアという事もあって、実は血を吸う時の牙なのですが、ぱっと見では全く分かりませんね。
実は前世では八重歯に少し憧れていたので嬉しいです。
……何だかチマッとしている見た目が可愛くありませんか?八重歯って。
そして本命と言いますか、何よりも目を引くのは背中まで伸びるプラチナの髪でしょう。
光を受けると、キラキラと輝くその銀髪は暗闇の中でもその存在を強く証明する事は明白です。……髪のお手入れを考えると少し大変そうですけどね。
あとよく見ると、髪の間から覗く耳は少し尖っているようです。これも小さくて可愛らしいですね。
しかし、ここまでくると前世と変わらないであろう身長(155〜160cm)と、バストサイズ(トップ84、アンダー72……くらいだった筈です)すらも、女の子らしさを演出する為の最適な調整なのでは?と変に勘ぐってしまいますね。
…………いえ、胸はもう少し大きくても良いと思いますが。
すみません、欲望が滲み出てしまいました。
ともあれ、この容姿が整い過ぎているという事に変わりはありません。
……何と言えばいいのでしょうかね?
顔の造りは可愛いと言うよりは、美麗の路線なのでしょう。成長すればさぞ美人さんになるのだろうな……と想像も出来ます。
ですが、それだけではない何かがこの顔には宿っているのです。
幼さ特有の愛嬌の有る顔と言いますか……可愛いと美麗が同居していると言いますか……17、18歳という少女とも女性とも言える特殊な年齢だからこそ調和された愛美の揃った顔、でしょうか……?
……自分で言っていて意味が分からなくなってきました。
ザックリと言えば、整った容姿をしているという事です。
……転生前に転生先の身体がヴァンパイアだからと、変な容姿になる可能性を疑ってしまい、大変申し訳ありませんでした。
私は鏡の中の彼女に完全に見惚れていました。
……いえ、鏡の中の彼女は私なんですけどね?
余りにも素敵な容姿をしているので、他人を見ている気分になってしまいましたよ。
ただ……流石に、この容姿で注目を浴びる事の無い、のんびりとした生活は出来ないでしょうね。街を歩けば確実に目立つと思われます。
かと言いまして、街には近付かない——世捨て人のような生活はお断りです。
そもそも、サバイバル経験が皆無な私がそれをしたところで、生きていられるとは到底考えられませんしね。
なので街へ向かうしかあり得ないのですが……まぁ、大丈夫でしょう。
遅かれ早かれ私が目立った存在になってしまうであろう事はゼウス様から忠告されていましたし、その対策も考えて下さいましたからね。
後は……なるようになってしまえ、という事で頑張りますか。
あぁ……ちなみにと言いますか、当然と言いますか、服はきちんと着ていますよ?
それも、前世の最後に着ていた入院着ではなく、普通の洋服をです。決して全裸などでもありません。
上衣は小さなフリルのついた白い長袖のブラウスに、鮮やかな赤いタイリボンを金縁で彩った真紅の宝石?か何かの石で胸元をピン留めされています。石は恐らく私の眼に合わせた色なのでしょう。
そして下衣は黒を基調にした膝丈のフレアスカートを、細い革製のベルトで締めています。ベルトはリボンピンと同じく、周りを金縁に彩った暗めの赤色ですね。
靴はふくらはぎまでを覆う革製のスカートに合わせた黒色のロングブーツでヒールは無く、歩きやすさや踏ん張りの利きを重視した実用的な一品ですが、靴の入り口?袖口?の辺りに三日月のレリーフが意匠されていてこれも可愛いらしいです。
靴下は所謂ニーソックスでこれも黒色です。
最後に、それらの上から私の目立つ銀髪を隠すようなフードの付いた、リボンピンやベルトよりももっと濃い色の、黒色と見間違うほど暗い赤色のローブ?外套?をすっぽりと覆っています。
これにも胸元のボタンが三日月になっていたり、裾のところに三日月の刺繍が薄らと施されていたりと、細かな意匠が見え隠れしていますね。
私は前世ではそういう機会に余り恵まれなかったので、服に関する知識というものがかなり乏しいのですが、そんな私でも分かります。
これはとてもオシャレな格好をしていますし、非常にお高い服を着ている……と。
特に、細かい意匠が凝らされて作られているにも関わらず、ごちゃごちゃと見難い装いには決してならないように可愛く見せる芸術性?は、オシャレポイントとお値段の両方がぱっと見で分かるほどお高いでしょうね。
シンプルなデザインの物をワンポイントやツーポイントなどの装飾で可愛く見せている辺りが実に私好みです。
…………こういうデザインなら、余程の事が無ければ似合わないという事もありませんので。
それと下着類もしっかりとつけています。
流石に外で服をはだけさせる訳にはいかないので、デザインなどは確認出来ていませんが、付けもている感触としては日本で付けていた物と変わり無い……いえ、寧ろ良いくらいです。
これは服などもそうですが、素材からして色々と地球では考えられない、存在しない物を使用しているのではないでしょうかね?寧ろ、ゼウス様が用意して下さった事を考えますと、アイリッシュ産ですらない可能性すらありますし……。
まぁ、当然と言えば、当然なのでしょうか。神様が相手ですし。
ここ1、2年程は入院着しか着ていなかった身としましては、高価過ぎて服を着ているだけで少し緊張してきました。
ですが何よりも恐ろしいと言いますか凄い事は、そんな服や下着、装飾品が【アイテムボックス】のスキル内に300着ずつくらい入っている事です。
それも、ローブ以外は全てデザインや色が異なった物が、同じような質で……ですよ?
私は思わず唖然と口から言葉が溢れてしまいました。
「…………これは色々とサービスが過ぎるのでは無いでしょうか?」
更には、服以外にも1ヶ月分はありそうな食料にお水、剣や弓などの武器、果てには何故こんなにも沢山の?と疑問を感じてしまうまでの額のお金まで入っていましたからね。
非常に助かりますし、有難く全て活用させて頂きますが、幾ら何でも持たせ過ぎなのでは?と思わずにはいられません。
寧ろ、この手荷物……と呼んでも良いのか分からないこの大量の物資を盾に、私を脅したりしようとされた方がまだ納得が出来ます。
……まぁ、ゼウス様ともあろうお方が私なんて小さな存在に過ぎない一人の人間を脅す必要性なんて思い付きもしませんが。
ちなみに、この【アイテムボックス】の中身の情報は全部取り出して確認したという事ではありません。
虚数空間と思われる場所に何が、どういう状態で、いくつ保管されているのか、それらが全て感覚的に分かるのです。
理由が分からずとも非常に便利が良いですよね。何せ、手ぶらに見えてあれ程の荷物を一人で持ち運ぶ事が出来る訳ですし……。
魔法的な発展を遂げたアイリッシュの物流が、このスキルや『リングボックス』と呼ばれる【アイテムボックス】と同じ効果を魔法によって付与させた道具によって支えられているのも納得です。
「……持ち物の確認も済みましたし、そろそろ行きますか。まだ朝とはいえ、ここにずっと居ると日が暮れてしまいますしね」
私は一人呟くと、手鏡を【アイテムボックス】の中へ収納してから、地図とコンパスを取り出して森の中を歩き始めました。目的地はこの森の近くにある『アヴァンテル』と呼ばれる街でして、元々私が召喚される予定だった『メレフナホン王国』にある大きな街の一つですね。
そしてその道中、私は【索敵】スキルや【超感覚】を使って、辺りに魔物と呼ばれる外敵がいない事を念入りに確認していきます。
この【索敵】は言葉の通り、辺りを脳内レーダー探知機のように探知してくれるスキルです。こういった一人で森の中などを移動する際には必須と言っても良いスキルでしょう。
何せ、ここアイリッシュは魔物と呼ばれる外敵が闊歩する世界ですからね。
人気の少ない場所で油断していては、直ぐに二度目の死亡を経験してしまう事になる……と、ゼウス様に口を酸っぱくして忠告されましたので……。
まぁ、元日本人ですし、危機管理意識がアイリッシュに元々住んでいる方々と比べて格段に低い事は自覚しています。警戒し過ぎるくらいで丁度良いくらいでしょう。
そして、もう一つのスキル【超感覚】も読んで字の如く、というスキルですね。それ以外に説明のしようがありませんし……。
と言いますのも、その効果はザックリと第六感が研ぎ澄まされる、というものなのです。
例えば、何となくここは危険だ、何となく安全だ、何となく左が良い……などでしょうかね?
一切の根拠と過程を持たずに答えへと導いてしまう為に、私の理解が全く及ばない謎のスキルという訳です。……便利ではあるんですがね。
それと重要な事なので、ここでスキルについても少し掘り下げた確認をしましょうか。
これらスキルにはスキルレベルと呼ばれる数値がありまして、この数値が1〜10の間で変動していきます。
単純に数字が大きくなるにつれて、そのスキルに関して熟練しているという指標ですね。
その大雑把な熟練の例は——
スキル無し……素人、センス無し
1……初級者
2……初級者卒業、中級者入門
3……中級者
4……中級者卒業、上級者入門
5……上級者
6……努力で得られる限界
7……才人と呼ばれる人の限界
8〜9……人外、化物、英雄など、人の枠を超えた何か
10……神話にしか存在しない
——と、大体こんな感じです。
一般的には4〜5レベルほど有れば、その手の一任者として職に就けるそうです。所謂、一流と呼ばれる人たちですね。
具体例を挙げるならば【料理】スキルが4〜5レベル程で、並居る他店舗を押し除けて自分のお店を開く事が出来る腕前、と言えば分かり易いでしょうか?
……まぁ、開店資金などの準備は別としてですが。
ちなみに、私が……と言いますか、ゼウス様に取得して頂いたスキルのレベルは全て10だったりします。何でしたら、今からでも新しくレベル10でスキルを取得する事も出来ます。
はい。全て、10だったりするのです。
何でしょうかね?実は、私の事が神話に綴られているのですかね……?
……やめて下さいよ。女の子のプライバシーを何だと思っているのですか。私だって女の子の端くれなのですよ?
…………すみません。恐ろしくどうでも良い事を言いました、忘れて下さい。
そうして?私が自身の能力や手持ちのスキルの効力を確認しながら歩いていると、いつの間にか森を抜けて街が見えてきました。
考え事をしていた所為か、意外と時間がかかった気はしませんね。
あぁ……それと考え事ついでと言いますか、これも重要な事なのですが、この世界では基本的に街の中に入る為に、身分証が必要になります。
この世界では魔王軍との戦争がずっと続いていますので、スパイなどが紛れ込まないようにする為の対策の一つという事ですね。
それに加えて、この世界の政治形態は王政——所謂、絶対君主制の世襲政治である為に、地球の先進国と比べて法整備が遅れている事も理由に上がるでしょう。
細かい説明は……確実にお話が脱線して元に戻らなくなるので止めておきましょうか。私も政治に詳しい訳ではありませんしね。
ともあれ、そういった訳で身分証になる物が必要なのですが、私はこの世界に今転生したばかりですし、当然そんな物は持っていません。
それでは、私は街に入る事は諦めるしか無いのか?と言えばそうでは無く、実はそういう場合でも街に入れるように、通常の通行検問とは別に新規特別検問と呼ばれる検問所があるのです。
その検問所で盗賊……犯罪者ではないことを確認して、その場で一般仮身分証を発行すれば街に入れる訳ですね。
まぁ、これは追い剥ぎなどに遭った方や、身分証を必要としないような田舎で暮らす人たちが街へ出稼ぎに来た時に利用する非常手段に近い方法ですので、それ相応の理由付けが必要になるのですが……その辺りはゼウス様とお話しして違和感の無いバックストーリーを作ったので問題無い筈です。
……寧ろ、問題が起こってしまった場合はアドリブで対応をしなければならなくなってしまうので、何も起きない事を願うばかりです。
残念な事に、私に女優の才能は皆無ですので……。
それと、当然と言いますか、この一般仮身分証の発行にはお金が必要になります。
ただ、元が追い剥ぎなどに遭った方などの救済措置なので金額は極少額ですし、支払い自体を一ヶ月まで待ってくれたりもするので、本当に形式上お金を取っているという感じですね。
……まぁ、『追い剥ぎ』が存在している事の方が、日本で暮していた私からするとインパクトが強いのですが……法整備が遅れている弊害ですね。
そんなこんなと考え事ばかりをしている内に、かなり街に近付いて来たようです。
街へ入る為に、検問待ちの列を作っている商人の方たちが視界に入ってきました。
私はローブに付いているフードを目深に被って銀髪がしっかりと隠れている事を、手鏡をもう一度取り出して確認しながら列に近付いていきます。
まぁ、この銀髪や容姿は目を惹いてしまいますからね。
街へ入る前に無用な騒ぎは起こしたくありませんし、用心をするに越した事は無いでしょう。
ちなみに、商人さん達こそ列を作って検問を待っていますが、他の冒険者と呼ばれる方々が通る検問所に列はありません。
これは別に人が居ないからという訳ではなく、単に商人さん達と冒険者さん達とでは検問にかかる時間が全く違うからですね。
冒険者さん達が身分証をパッと見せるだけで良いのに対して、商人さん達は商品の確認も必要ですから、消化率に差が出るのは当然でしょう。
……一応言っておきますが、私が並ぶ特別検問所も列はありませんよ?何せ並ぶ用事のある方が私以外に居ませんので……。
逆にこの特別検問所が長蛇の列を作っていても怖いだけなのですがね。
それはつまり、追い剥ぎに遭われた方たちが沢山居たり、村を出て出稼ぎに来なければ生活出来ない小さな村が沢山ある、という事ですし……。
幾ら、魔王軍と戦争中とは言え、そこまで国民が飢えてしまっては治世のしようが無いでしょう。……本当に怖いお話です。
そうして、私は列を作る商人さん達を横目に見ながら、特別検問所の前までやって来ました。
……こうして近くから見てみますと、イメージ的には教科書に載っているような昔の駅の改札口が近いのでしょうかね?
あれに街を守る為の外壁をぐるっと立てて、馬車などが通れるくらいまで出入り口を大きくしたものが、幾つか横並びになっている感じです。
駅員さんの代わりに門番?さん達が検問しているような様子、と言えば伝わり易いでしょうか?
あ……ただ、やはり暇過ぎるのか、特別検問所に門番として立っている方は欠伸してますね。
他の検問をしている同僚の方に物凄く睨まれています。
私がすぐ側まで近付いた事で、門番さんもようやく私に気が付いたのでしょう。
欠伸をしていた姿を見られて若干気不味いのか、苦笑いを浮かべて私に声を掛けてきます。
「あー、すまん。みっともないところを見せてしまったな」
「いえいえ。ここの検問所を利用する人は少ないでしょうし、気持ちは分からなくもありませんよ。……尤も、これ以上は同僚の方が許してはくれないと思いますが」
「はっはっは!だろうな!……あー、よし、俺も仕事をするか」
門番さんはそう言って笑うと、一度咳払いをしてから表情を改めて私に問い掛けます。
「ここはユーラシア王国の街、アヴァンテルだ。有名な言い方だと『冒険者の街』なんて言われ方をしているな。それで……ここの門所は特別検問所と言って、一般的な身分証に準ずる物を持っていない、或いは紛失、強奪された者が受付する門所だ。一応聞いておくが、並び間違いではないよな?」
「ええ、並び間違いではありませんよ」
「ではまず名前と、この街に来た目的、何処から来たか教えてもらえるか」
……まるで職務質問を受けているような問い掛けですね。
まぁ、今の私は黒にしか見えないローブ着て、フードまで目深に被っている訳ですし、私は不審者ですよ。と、公言しながら歩いているようなものです。
日本に住んでいた時であれば、即座に通報されていた事でしょう。
……この問い掛けも当然ですね。
私は一度頷いてから、予定通りにゼウス様と決めたバックストーリーを淡々と話していきます。
「分かりました。まず名前ですが、私はトレーネと申します。この街へ来た目的は冒険者として活動する為ですね。何処から来たのかは……すみません。正確には分かりません」
「ん……?分からない?どういう事だ?」
「それが、私には魔法を教えて下さった師匠がいるのですが、その方にある日突然『ふむ、そろそろ市井に出て普通の生活を経験するべきじゃろ。よし、ワシの手を離れて、冒険者にでもなって世界を見る旅をしてこい。卒業じゃ』と、この街の近くにある森に強制的に転移させられたのですよ」
「そ、それは災難だったな……」
「いえ。それは師匠が相手ですし、よくある事でしたので問題は無いのですが……そんな調子で転移を繰り返すような方なので、正直なところ何処から何処へ転移しているのかさっぱり分からないのですよ。聞いても、教えてはくれませんでしたしね」
「な、なるほどな……?」
「幸い、餞別?としてお金は持たせて下さいましたし、私の【アイテムボックス】の中にも多少のお金やら何やら入ってますので、生きていけない事はないと思うのですが……」
「そ、そうか……」
「ただ、手持ちのお金は有限ですし、お金を稼ぐ方法が必要ですから、手っ取り早く冒険者になろうかと思った訳です。師匠にもなるように言われていましたし、私も魔法が使えますから」
「お、おう……」
「あぁ、あと私がこんな格好をしているのは女だからですね。色々な意味で、ある程度の自衛は予めしておくべきだろう、という判断です。……私が女である事は声で分かっていましたよね?」
「あ、あぁ……そうだな……」
「……えっと、以上です」
「………………」
最初こそ堂々とお話を聞いていた門番さんでしたが、私の話が進むにつれて徐々に口数が少なくなってしまい、最後には黙ってしまいました。
……なんでしょう?何故、急に門番さんは黙ってしまったのでしょうかね?
ゼウス様はこの世界の常識であれば、割りと良くある違和感の無い話だと仰っていましたが……まさか、門番さんにお話が嘘ではないかと、疑われてしまっているのでしょうか?
一応、ゼウス様を師匠なる人物に置き換えたようにお話しをしているので、強ち全てが嘘だとは言い切れないように、誤魔化している筈なのですが……。
……いえ、嘘だとは疑われているにしては門番さんの視線が妙に優しいと言いますか、生暖かい気がしますね。
これは……同情でしょうか?…………あ、妙にしっくりときてしまいましたね。この態度は恐らくそうなのでしょう。
私の作り話よりも悲惨な目に遭われた方は多いと思うのですが……。
まぁ、私の服装良さからは想像していなかった話に思わず……という事なのでしょうかね?
そんな風に私が内心で首を傾げていると、門番さんは居心地が悪そうに口を開きました。
「あー、お前さんの経緯は分かった。浮浪者と言うには身なりが良過ぎるから何か事情があるとは思っていたが……色々苦労しているようだな。だが、それはそれだ。俺も仕事なんでな、犯罪歴の有無を調査させて貰うぞ。こっちの小屋に専用の魔道具があるから付いてきてくれ」
「分かりました」
私は先導してくれる門番さんの後に付いて、街壁の中へと入っていきました。
改稿する度に文字数が増えていく現象は一体何なのでしょうか……
読み易さ重視に改稿している筈なんですけどねぇ……
変更点1※異世界の国の名前
今更ですが適当すぎんか?と思ったので……
ユーラシア王国→メレフナホン王国
変更点2※異世界の街の名前
同じく適当すぎんか?案件です……
エイジア→アヴァンテル




