プロローグ? 雪女と日常の足音
プロローグラストです
プロローグ? 雪女と日常の足音
「……よし!」
私は鏡の前で服装をチェックして問題が無い事を確認すると、最後にパンッと両手で頬を叩いて気合をいれる。
そうして今日一日の準備が整ったところで、二階の自室から一階のリビングへと足を運んだ。
あ、どうも初めまして。
私の名前は琴吹 雪音。少し変わったところはあるけれど普通の女子高生です。
……え?どうせお前も普通(笑)何だろって?
いやいや、私は本当に普通の女子高生だよ。親友の涙ちゃんは自称を頭に付けても酷過ぎる詐欺みたいな何かだけど、私は至って普通。
寧ろ、アレコレやり過ぎた結果、自分が開発したAIの協力もあって世界連合国間協定を結ばせた親友と比較して、何をしたら普通じゃ無くなるのか教えて欲しいくらいだし……。
私の大事な親友さん?世界が抱える問題を幾つも解決に導く答えを出しておいて、普通の女子高生は名乗れないのよ?
私がリビングに入ると妹……琴吹 雫は既に起きていたようで、私を見て首を傾げた。
「おはよう雪姉ぇ。……あれ?雪姉ぇ今日も涙さんの所に行くの?」
「おはよう雫。雫も来る?」
「ん〜今日は涼子さんと稽古の約束があるからパスかなー」
「そう、分かったわ。なら、道場の方はよろしくね」
「ん、分かった。じゃあ、早くご飯食べちゃおうか」
「そうね」
今の時間は朝だけど、涙ちゃんに会いに行くつもりなので少しだけいつもよりお洒落をしている。そんな私を見て雫は行き先を察したらしい。
……間違って無いんだけど、彼氏っていう単語が出てこないあたりが少し悔しい気もする。
まぁ、彼氏が欲しいと思った事も無いんだけどね……。
そこ!枯れた女とか言わない!
私と雫は席に座ると、揃って合掌をしてから朝食に手をつけ始めた。
今日の朝食の当番は雫。
メニューは味噌汁に卵焼きと……昨日の残り物の肉じゃがね。
残り物と味噌汁と後一品っていういつもの感じの朝食だけど、一日置いた肉じゃがって美味しいのよねぇ。……若干、味が濃くなり過ぎるけど。
味噌汁を啜って一息吐くと、ふと仏壇が目に留まる。
そう言えば、両親がいなくなってからもう四年が経ったのかぁ……。
この当番制にもすっかり慣れる訳だ……。
あーでも、最初のうちは困った事だらけだったなぁ……。色んな人に助けられたっけ……勿論、涙ちゃんにも——って、そうだ、天気予報見ないと。
私はテーブルの上に置いてあるリモコンでテレビを付ける。
すると、丁度天気予報が始まったところらしく、それを見ながら雫が作ってくれた卵焼きを口に運んだ。
——ん!今日のは甘くない出汁巻だ。
雫は甘い方が好きなのになんで……あ、肉じゃががあるからか。甘いおかずが被るとしつこいものねぇ……て言うか、雨降るのね。
「今日は雨かー。せっかく涙ちゃんに会いに行くのに……ついてないわねぇ」
「雪姉ぇは雨女って言うより雪女なのにねー」
「雪が降るのは冬の間だけなんだから関係ないでしょ。て言うか、雪女って妖怪じゃないの」
「あははは!」
「はぁ……全く、この子は……」
テレビの天気予報を見ながら陽気に笑う雫に、思わず溜め息を溢す。
全くこの妹は適当な事ばかり言って……。
と言うか、雫は今年高校受験じゃなかったかしら?
もう6月も終わるのに、勉強してる姿を一切見た事が無いんだけど……それで大丈夫なの?
このご時世だし、姉としては最低限高校は卒業しておいて欲しいと思うんだけど……いや、雫の頭の良さなら心配要らない筈……。
……いや、でも……やっぱり釘を刺しておいた方が良いのかしらね?
あ、一応と言うか、私も高校三年で一応受験生だったりするけど、大学へは行かないので特に勉強などはしていない——と言うよりも、家庭の事情(ぶっちゃけ道場の事)で大学に行く余裕はないと思う。
今は私たちの叔母であり、私の二番弟子でもある涼子さんや、私たちのおばあちゃんが、私たちが居ない間は門下生たちの面倒を見てくれてるけど、任せっぱなしには出来ないからね。
特に、おばあちゃんなんてもう還暦だって過ぎてるんだし。
まぁ、見た目から何まで全くそんな気配は感じさせないんだけども……親子に間違われるくらいだからね。
……アレこそ一種の妖怪か何かじゃない?
「呑気に笑ってるけど……雫、勉強は大丈夫なの?あんまり言いたく無いけど今年受験でしょ?ちゃんとやってるの?そろそろ夏が来るわよ?」
「ん〜?うん。だいじょぶ、だいじょぶ。中学の勉強内容なんて基本丸暗記みたいなものだし、三日程あれば十分だと思いますよ?って涙さんも言ってたよ」
「いや、涙ちゃんの意見を勉強の参考にするのだけはしちゃいけないと思うんだけど……」
「あははは!私もそう思う……って言うか、参考のしようが無い!」
「なら——」
「まぁまぁ、そう心配しないでよ。涙さんみたいに……ってのは裸で逆立ちしても無理だけど、雪姉ぇと同じ高校に行く分には成績的にも、模擬試験とかの点数的にも問題無いからさ。……こないだの模擬試験の結果は雪姉ぇにも見せたでしょ?」
「それはまぁ……確かに……」
ニヤリと悪戯に笑う雫に、私は曖昧に頷くしかなかった。
ぶっちゃけ、雫は私なんかよりも遥かに頭の出来が良い。それこそ、試験前には私が、雫に勉強を教えてもらうくらい。
何で中学生の雫が高校の履修内容をぱっと見で理解出来るのやら……。
それに、先日見せて貰った模擬試験の結果もズバ抜けて良かった……って言うか、カンニングとか疑われるんじゃないかってくらい良過ぎた。
うん。
頭の出来の良さって面では心配する必要は無い事くらい、私だってちゃんと分かってる。
分かってるんだけど……でも、やっぱり心配になるのよねぇ……。この子って、ちょっと間抜けたところがあるし……。
これが子を持つ親の気持ちって事なのかしらね?
雫は子供じゃなくて、妹なんだけれど……。
何とか言葉を探す私に、雫はパンッと手を叩いてにっこりと笑いかける。
「ま、私の事はいいから涙さんとゆっくりして来なよ。涙さんの事だから、また『時間が余り過ぎて困っているんですよ……何か面白い事は無いですかね?』とか言って、世界の謎を解明してるかもしれないし」
「……それも否定出来ないわね」
この場には居ない、暇潰しに世界の問題を片付けたりする親友を想像して、私は思わず顔が引きつった。
涙ちゃんなら本当にやるからなぁ……。
というか、今の涙ちゃんのモノマネが微妙に似ててちょっと笑えるわね。首を傾げるタイミングとか絶妙だったし。
「食器、片しちゃおうか?」
「あ…………そうね」
どうやら話をしながら食べていた所為で、いつの間にか朝食を食べ終えていたみたい。
……もうちょっと味わって食べたかった。
そうして、私たちは空になった皿を流しに持って行き、揃って洗い物を始めた。
暫くはお互い無言で洗い物をしていたんだけど、ふと思い出したように雫が口を開く。
「そう言えば、雪姉ぇは涙さんに会いに行くって言ってたけど、この時間だとまだ面会出来ないんじゃない?」
「そうね。だから、病院に行く前に少しフラフラしてから行くつもりなのよ」
「だったら少しだけ——本当に少しで良いから、道場に顔を出してくれない?私が一人であれこれ言うよりは、側に雪姉ぇが居てくれた方が道場の空気もピシッと締まるだろうし……」
「……?雫、何をそんなに不安がってるのよ?雫の指導が嫌だ、なんて言う門下生は本堂には居ないでしょ?ていうか、雫は門下生たちからかなり好かれてると思うんだけど……?」
「あ、うん。嫌われては無いと私も思うけど……でもそうじゃなくて……何て言うか、これは私の気持ち的な問題なんだよねぇ……」
そう言って雫は微妙な苦笑いを露わにする。
……どうやら本当に不安に感じているみたいね。
雫が師範代になったのが中三になる春休みだったから……本格的に指南長なって3〜4ヶ月前になるのね。
うーん……。
それだけ時間があれば良い加減に慣れてきそうなものなんだけど……やっぱり、自分に自信が無い事の現れなのかしら?
突然と言うか、今更だけど、私たちの家は剣術の道場を開いている。
さっきから道場が〜とか、雫が指南役になって〜とか話してたのは、うちが代々流派を継承してきた剣術一家だからで、私も雫も歴代の例に漏れる事なく流派を継いだ者だからだ。
……とは言っても、それが他の人たちと違って特別な事だなんてのは無い。
こういう家が道場とか習い事教室みたいなのをやってると、その子供も小さい頃からその道を教えられるってのはよくある話だしね。
ただ、私は物心ついた頃からの教えを嫌だと思った事は一度も無いし、寧ろ嬉々として自分からこの道に入ったんだって胸を張れるくらい、自分の剣が好きだ。
だから、これもよく有るような『家の教えが嫌になってグレて〜』みたいなのも無い。
まぁ、それは私の資質が良かったと言うのもあるとは思うけど……。
『雪音は歴代一の使い手ね!』とは亡くなった母の言葉だ。
……こうして思い返してみると、若干どころじゃ無いくらい親バカが入ってるセリフだよね。
まぁそれは良いとして……母の言葉通りじゃないけど、私は剣の才にはかなり恵まれてるし、それを正しく理解してる。
ただ……その所為か、雫はどうしても私と自分を比べちゃって、自分の事を卑下にしてしまう癖がある。
そんな事、気にする必要が無いくらい雫の剣の才は本物なのにね……。
と言うか、歴代を顧みても雫ほどの才を持った剣士はそうそう居ない。
それは僅か14歳にして師範代に就任した事実が全てを物語ってるし、私だけじゃなくて、涼子さんもおばあちゃんも、他の親戚一同も、天国の両親だってみんな理解してる筈————なんだけどねぇ……。
本当にこの子は……。
気持ちは分からなくもないけど、早く開き直っちゃえば良いのにいつまでもウジウジと……。
一端の剣士なんだからもっと刹那に生きて——って、話が逸れた。
そう言った訳で、私たちは自然と……というか、必然的に本堂に於いて指南役を務めている。
まぁ、私は両親が亡くなった後の中学二年からは、当主をやらないといけなくなって、平の門下生たちを相手にした指南は殆どやってないから、私たちって纏めても良いのかは分からないけど……。
だから逆にというか、雫は師範代になるまでは涼子さんと一緒に教頭として、師範代になってからは雫を中心にして指南をしているから、ぶっちゃけ私よりも指導は上手だったりする。
それこそ、雫が何を不安に思う必要があるのかさっぱり分からないくらい。
まぁ、雫も責任のある立場になっちゃったからプレッシャーとか感じて……って事なんだろうけどね。
後は比較する悪癖かぁ……。
ちなみに、うちの流派は女流だけどそれなり以上に有名だったりする。
歴史が長いっていうのもそうだけど、単純に強い人が多く在籍してるからってのが一番の理由だと私は思う。
おばあちゃんが当主をやってた時は道場破りとか凄い多かったらしいし……。
あ、あと、これはどうでも良いような、財源的な意味で重要なような事なんだけど、女子高生とか女子中学生の間でうちの流派が大人気らしい。
なんでも、若い女性たちの間で『護身術、武術ブーム』が流行っているようで、女流流派で有名なうちが標的——もとい、習い先には最適だって言われてるとの事……。
本堂では基本的に住み込みの門下生しか面倒を見てないから、うちの中では見た事が無いけど、支部の方は凄い集まりようで『護身武術教室』を新設したって運営部の親戚が言ってた。
何?今は武術嗜んでる系女子がモテるの?……引くわー。
私は溜め息を隠す事もしないで大きく吐いて、雫を見やる。
「はぁ…………本当、仕方のない子ね」
「ありがとう!雪姉ぇ!」
「でも本当に少ししか居ないし、私は何も口を挟まないわよ?」
「大丈夫、最初だけ居てくれれば良いから……」
「……それ、私が居る意味あるのかしら?」
「ある!」
はぁ……全くこの子は……。
思いっきり溜息を吐いたのに何でそんなに嬉しそうなのよ……。
自分のしてきた事に自信を持って、才能の蓋を外したらもっと凄い剣士に————まぁ、良いか。
そう急がなくてもいつかは雫も気付くでしょうし、気長に待ちましょうか。
……まぁ、私は私で雫の限界を引き伸ばすべく、あれこれ画策するけども。
「じゃあ、雪姉ぇ行こっか!」
「ん、そうね」
私たちは洗い終わった食器を片付けると、家の隣にある道場へと足を運ぶ。
道場へ寄った後をどうするか考えながら、ニコニコと笑みを浮かべる雫の後を追う。
道場を出た後は……そうね、駅前のお店で苺のショートケーキを買って行こうかな?あのお店のケーキは涙ちゃんも好物だったしね。
まぁ、涙ちゃんは苺のショートケーキならなんでも美味しいって言って食べるから、店の違いとか気にしてなさそうだけど……味音痴って訳じゃないのよねぇ。
多分甘い物だったら何でも良いんじゃないかしら?
……本人に言ったら凄い否定しそうね。
あ、そもそも今日はどんな話をしようかしら?丁度良い話題は——
私はこれから来る楽しみを前にしてつい、テレビを消すのを忘れてしまった。
ーー誰もいなくなったリビングーー
『——それでは次のニュー……はい、はい。失礼いたしました。緊急速報です』
『かねてより持病により病院で療養中であった月峰涙さんですが、本日未明にお亡くなりになったと、だった今情報が入ってまいりました』
『僅か17年という生でしたが、月峰さんが世界に与えた影響は計り知れず、その死はとても悔やまれるものです。謹んでお悔やみ申し上げます』
『また、月峰さんご本人の希望により、葬儀は親族と親しい間柄の方のみで行われるそうです』
『今回の出来事によって、各国に大きな動きが生まれる模様だと思われます。では次の——』
あれ?
これって、妹の方が総合的にはハイスペックなんじゃ……




