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18話 吸血少女と青空ならぬ森の中魔法教室

前回ラストで余りにも強すぎるヒロイン力を発揮してしまったトレーネさんの(キャラ的な意味で)行く先は如何に…

 18話 吸血少女と青空ならぬ森の中魔法教室



「〜〜〜っ!う、ぅぇッッッッッッッッ…………!!!」


『あ………………』



 名状し難い大惨事が起こってしまって尚、私を襲う不快感と嫌悪感は収まりを見せる事はありません。寧ろ、気持ちの悪い汗は滲み、天地を錯覚しそうな程に眩暈は強くなり、意識を保つ事で精一杯になるほどにまで悪くなる一方でした。

 その理由は明白でして、この大惨事を引き起こした元凶……ゴブリンの死体付近から漂う腐った・・・ような・・・血の匂い・・・・がそのままになっているからです。



「う、ぅぅッッッッッッッッ…………!!!」



 そんな意識まで朦朧としてくる中、私は気合いで一つの魔法を使用します。

 その魔法は【古代系魔法】の中級魔法【祝福の衣プネウマ】と言いまして、対象者に薄い被膜のようなものを張って様々な環境に完全耐性を一時的に与える魔法です。


 例えば、水中の中であっても呼吸が出来るようになったり。

 例えば、灼熱や極寒の地であっても平温と変わらぬ気温に感じたり。

 例えば、毒ガス漂う危険地帯であっても健康被害は無かったり。

 例えば、とんでもない悪臭であっても臭く感じなくなったり。


 ……などですね。

 今のこの状況にピッタリと言いますか、これ以上ない最適な魔法と言えるでしょう。



 ちなみに、この【古代系魔法】の使用者はかなり少ないそうでして、その大部分が謎に包まれている魔法種の一つだそうです。

 なんでも、名前の通り《忘却されし古き魔法》なんて呼称されたりもするとか。

 消費魔力は非常に大きいですが、かなり強力な魔法ばかりなので勿体ない気もするのですがねぇ……まぁ、だからこそ忘れ去られたとも言えるのでしょうが。




「——かはっ!はぁ……っはぁ……」



 【祝福の衣プネウマ】を使用した事で悍ましいまでの悪臭から解放されて、私はギリギリのところで少しだけ落ち着きを取り戻す事が出来ました。

 乙女の尊厳的には完全にアウトですが、人間の尊厳的にはギリギリでセーフなラインでしょう。


 私は息も絶え絶えに口元を拭い、【アイテムボックス】内から水の入った水筒を取り出して口の中をすすぎます。

 胃酸特有の苦酸っぱい感じが無くなって、ようやく一息吐く事が出来ました。



「はぁ……はぁ……ふぅ…………酷い目に遭いました」


「あ〜〜〜うん……えっと、お疲れ様?」


「そうですね……本当に疲れましたよ…………」


「お、お疲れ様ですっ……」


「——あ、私は何も見てないからさ!そういう事にしとこ!ねっ!!」


「私もっ!見てないですっ!!!」


「あ、ありがとうございます……?」



 お二人の絶妙な優しさとフォローに苦笑いを我慢出来なかった私が、立ち上がりながら【光系魔法】の【リーベ】を使用して汚れを落としていると、シエラさんは先程の私の失態の理由が気になったようです。

 少し表情を引き締めてから、ゴブリンの死体を指差して口を開きます。



「ん〜とは言え……トレーネちゃん、ちょっと真面目な話なんだけど、具体的にはこういうグロが駄目な感じ?それとも殺生そのものが無理な感じ?」


「え……?あぁ、いえ、アレはゴブリンの血液の匂いが諸悪の根源ですので、それらは関係ありませんね。まぁ、流石に臓物飛び散る凄惨な現場でも平気かと言われますと分かりませんが……現状、一般的な冒険者程度の耐性はあるように感じましたね」


「そりゃまぁそれなら——って、ん?ちょっと待って」


「はい?」


「アレって血の匂いが原因なの?トレーネちゃん吸血種ヴァンパイアなのに???」


「私も思いました……」



 お二人共不思議に感じたらしく揃って首を傾げていたので、私は頷いて肯定します。



「そうですね……まぁ大雑把にお話ししますと、一言に血液と言ってもそれぞれ好み・・がある、と言えば分かりやすいでしょうか?」


「あ〜〜〜、ゴブリンの血の匂いは嫌いな匂いだった……って事?」


「——と言いますか、まさかこれ程までに拒絶反応が出る苦手な血液があるとは思わないじゃないですか。……いえ、人間ですので好き嫌いがあって当然なのは理解できますし当然とも思いますが、流石に限度というものがあるのではないかとも思う訳ですよ。まぁ、どれだけゴブリンの血液が嫌いなのかを細かく説明しますとただの愚痴になりますし、何より今もこれからも【祝福の衣プネウマ】を使用し続けるので金輪際あのような地獄を味わう事はありませんから省いてしまいますが、私とは絶対に相容れないものだとだけ覚えていただけると助かります」


「そ、そうなんですか……」


「え〜〜〜っと……う、うん、そうだね?」



 そんな風に語る私の目が死んでいたからか、単に私が早口に捲し立てる事が珍しかったからか、お二人共が若干気圧されたように頷きました。



 本当に、そんなに甘いお話ではないと言いますか、ぬるい言葉では済まないと言いますか……何と言えば良いのでしょう?

 生理的に完全に拒絶して、天地が返ろうとも、餓死寸前だったとしても、私のヴァンパイアとしての本能がゴブリンの血液だけは口にする事は当然、その匂いすらも存在が許せない汚物のような何かだと、警鐘を掻き鳴らしているのです。

 例えるなら、生ゴミと牛乳を混ぜて三日三晩放置し続けた腐った汚物……でしょうか?蛆虫うじむしが湧いて出そうな危険物ですね。


 …………そんなものの匂いを嗅いだのですから、私の反応も人としては正常なものであったと思いたいものです。




 それと少しお話が変わりますが、ゴブリンを倒した事による罪悪感だったり、その身体が真っ二つになって中身がこんにちはしていた事に対しては、本当に全くと言っても良いほど何も感じませんでした。

 正直、前世では荒事とは無縁の生活をしていましたし、殺生に関しては特に忌避感が強いだろうと思っていたので、いざその場に直面して何も感じなかった事に私自身が驚いたほどです。


 ……まぁとは言いましても、いつ死んでしまうのか分からない状態での生活が長かったですし、生物の生死に対してかなり達観していると言いますか、ドライな考えだとも自分でも思いますから、逆に納得と言えば納得なのでしょうか?

 我ながら随分と淡白なものです。




 ともあれ、私の失態の原因が『冒険者として活動するには致命的なものでは無かった』という事に、シエラさんは一定の納得が出来たようです。


 実際問題、荒事の多い仕事である冒険者で殺生が無理だったり、グロテスクなものが極端に苦手だと、仕事にならない可能性がありますしね。

 シエラさんが真面目なお話だと口にする事も納得でしょう。


 ようやく一息吐く余裕が出来て、シエラさんは思い出したように手を叩いて口を開きます。



「あっ!そういえば、トレーネちゃんに聞こうと思った事があったんだった」


「……?何でしょう?」


「いやさ、さっきトレーネちゃんが使ってた魔法って【ウィンドカッター】なんだよね?【風系魔法】の?何で赤かった・・・・のかなって……???」


「あ、私も気になりました。普通は色とか無い・・・・・透明・・ですよね?」


「あぁ……その事ですか。お話ししても良いのですが、魔法の根本的なお話なので長くなりますし……そうですね、歩きながらお話ししましょうか」



 私は首を傾げるお二人をよそ目に、ゴブリンの死体を【土系魔法】の【アースホール】という落とし穴のような魔法を応用して埋葬しました。

 そして【索敵】スキルで反応のあった方へ歩き出します。



 ちなみに、素材として回収しない魔物の死体は必ず埋葬するようにと、魔物と戦闘を行うお仕事の場合は徹底して教えられる事だったりします。

 理由はいくつかありますが、一番の理由はそのまま放置していると、倒した魔物がアンデッドとして再び人を襲う事があるからですね。


 何でもその大昔、ある国で魔物の大量発生が起こってしまい何とか討伐して生き残ったものの、その魔物を多く放置していたが為にアンデッド化してしまって結局滅んでしまった事があったとか……。

 疫病の原因にもなりそうですし、普通に不衛生ですよね。



 それと、埋葬した魔物の死体は、なんと一日と経たずに自然に——魔素へと還ります。

 一体、どんな超常現象なのか?と疑問に思いますが、このアイリッシュという異世界ではそれが世界の原則として働いているのです。


 イメージとしましては、地球上の海水などの水が蒸発して雲となり、雨として地上に降って川からまた海へ還る……というような循環を科学的ではなく、魔法的に解釈し直すと近いのでしょうかね。

 まぁ、元々が魔素から突然生まれた意味不明な生物な訳ですし、渋々と納得するしかありませんよね。

 実際、どういう原理なのかについては解明されていませんし……。




 私は【索敵】スキルできちんと警戒をしながら歩き、それでいて先ほどのお二人の質問にも答えます。



「えぇっと、どうして私が放った【ウィンドカッター】が赤い色・・・をしていたか?——でしたね。……お二人は魔法と魔力、スキルレベルの関係について、どこまで考察した事がありますか?」


「魔法と魔力とスキルレベル?う〜ん……あんま考えた事ってないかなぁ……。強いて言えば、魔法を使う時に多めに魔力を込めると魔法が強くなるとか、スキルレベルが上がるとなんか急に新しい魔法の使い方が分かるようになるとか……それくらい?」


「私もそれくらいです……」


「なるほど……それでは最初からお話をした方が良さそうですね」



 私は小さく咳払いをしてから、改めて魔法について説明を始めます——







 まず前提としまして、この世界に於ける魔力とは『個人特有のエネルギーの一種』であり、魔法とは『魔力をエネルギーとした現象の一種』であると定義されます。

 当然、定義通り魔法は魔力をエネルギーとしている為、エネルギーが……魔力が不足している場合は現象が発生しないという形で不発になります。

 そして、魔法によって引き起こされる現象は、その現象の根底さえ体を成していれば魔法たり得るのです。少し、難しい言い方になりましたね。


 例えるなら、魔法とは『答えだけが決まっている数式』なのです。

 【炎系魔法】の【ファイアボール】であれば現象の根底は『燃焼する炎の塊』ですし、先ほど私が使用した【ウィンドカッター】ならば『鎌鼬かまいたち』になります。


 『 =2となるように等式を完成させなさい』


 これを魔法の発動に置き換えますと、最終的な現象の根底さえ体を成していれば魔法たり得るのですから、この右辺の『2』という最終的な答えが魔法となります。

 そして左辺……何度も言いますが、魔法は最終的な根底さえ体を成せば魔法たり得ます。

 それをこの等式に言葉を置き換えますと『左辺にどんな式を代入しても良いので等式を完成させる』になる訳です。


 それはつまり『1+1』という簡素な式でも


『(Σ(n=0~∞)(-1)^n*((-π^(2n))/(2n)!)+((-1)^n)/2^n)+e^(iπ)(但しiは虚数単位としn!は階乗関数とする)』


 という非常に頭の悪い式でも良い事になります。


 そうです。

 魔法云々うんぬんに言葉を戻せば、どのような発動プロセスや付加要素を踏まえていても、結果さえ最低限合致してしまえば、それは魔法になるのです。

 例えば、発動までの過程で炎の形が炎の球形ファイアボールから炎の立方体ファイアキューブになっていても良いですし、発動までの過程で透明の鎌鼬が赤い色になっていても良いのです。

 何故なら、それらの魔法の根本的な現象——燃焼する炎の塊や鎌鼬である事は守られているからです。


 私が魔法を使用する際の説明として『何とか魔法のスキルレベルが幾つになったら〜』と言いますが、あれは各スキルレベル時に、その魔法を魔法たらしめる為の《必要最低限のプロセス》が詠唱・・という形で頭に降って湧いてくるというものに過ぎません。

 元来、魔法というものに特定の発動方法なんてものは存在し得ず、もっと自由で応用の効くものなのです。


 実際、シエラさんもオトハさんも『魔力を多めに込めると魔法が強くなる』と口にしていたくらいに、誰でも無意識にそれくらいの事は可能ですからね。

 しかし逆に言いますと、意識的に発動プロセスを変えなければ、凝り固まった型の魔法しか使用出来ません。


 要は、詠唱・・によって再現される魔法の発動プロセスを全て自力で再現する前提で、自由自在に発動プロセスを変更出来るという事です。

 私はそれらを全て頭の中で処理をしていますが、人によっては『魔法陣』と呼ばれる簡易回路のようなものを作って、自由度は少し制限がかかるもののプロセスをある程度省いてしまう方もいるとか。


 お二人が疑問に感じたように、全てを頭の中で処理をする人は少数派のようですが、実はこの『魔法陣』が刻印された武具を利用される方はかなり多かったりします。

 ……まぁ、それも冒険者で言うところの中級者以上の方達に限って、我々のような駆け出しには手の届かない技術力(お値段)なんですけどね。



 それと、先ほどからお話ししている詠唱とは『魔法が発動する最低限のプロセス』の事です。

 具体的には『魔力の出力調整を除いた魔法の発動に必要な最低限のプロセスを発声言語として自動化』させたものとなります。


 何故、魔力の出力調整は自由に出来るかと言いますと、同じプロセスを経たとしても魔力というエネルギーが個々人に依存した同じ……とも、別の……とも言えるエネルギーだからですね。

 厳密には魔力という呼称は同じでも、魔力を別のものに変換する効率の高さが違う……という事です。

 分かり易いのは、ステータスに表示されている『魔力適正』ですね。これが魔力の変換効率の高さを示しています。


 そして、どうして言葉を発する事で、本来は自身の感覚によって調整しなければならない魔法の発動プロセスを行使する事が出来るのか?という点について。

 これには諸説ありますが、有力な説としましては——


『そもそも詠唱言語に一定の魔法的要素が含まれており、発声言語に魔力が無意識下に込められている事で、その魔法的要素が作用しているのではないか?』


 というお話が一番に挙がってきますね。

 どういう事かザックリと言いますと、所謂『言霊』がイメージに近いでしょうか。


 当然と言えばそうですが、このような詠唱が突然頭の中に降って来るということもあって、この世界では『詠唱を行う事で魔法が使える』という事が常識になっています。

 その常識という世界規模での共通認識の元に、魔力というエネルギーを与えられる事で、仕事の辻褄合わせに言葉が力を持つ『言霊』のような結果となって上記のような一説に結び付く訳ですね。



 ちなみに、私も持っている【詠唱破棄】というスキルは言葉の通りに、詠唱をしなくとも魔法を行使出来るというものですが、厳密には《詠唱鍵言クレリエール》という詠唱を締め括る最後の発声言語に詠唱の全てが集約されているようなものだったりします。

 具体例を挙げますと、【炎系魔法】の【ファイアボール】の詠唱は『猛炎よ我が敵を燃やせファイアボール』なのですが、この最後の『ファイアボール』という《詠唱鍵言クレリエール》に、途中までの『猛炎よ我が敵を燃やせ』という詠唱が詰め込まれている……というイメージになります。


 その為、私が【ウィンドカッター】を使用したように自由に魔法を調整は出来ませんし、『魔法陣』を組んだような簡単なアレンジも出来ません。

 決まった形の魔法しか行使出来ない訳です。


 まぁそもそものお話、この【詠唱破棄】というスキルは魔法行使の速さ・・を追求するものであって、魔法行使の幅を広げるスキルではありませんからね。

 語感から勘違いされ易いですが性質が真逆なのですよ。







 ——とまぁ、長々としたお話をしながら歩いていると、オトハさんが興味津々といった様子で目を輝かせる一方で、シエラさんは若干白目を剥きながら呆れたように息を吐いていました。



「——と、これが魔法の基礎の『き』に該当する部分でしょうかね。それと、各魔法種に於けるスキルレベルについてですが、前述の通りレベルが上がる事で分かる事は詠唱に過ぎませんので、自力でスキルレベル以上の魔法を再現してしまえば、スキルレベルに関係無く魔法を使用する事は理論上は可能です。……ですがまぁ、レベルを上げる事とどちらが容易たやすく、難いかなどは言葉にする必要もありませんし、それが出来たとて本当にスキルレベルが適正なのか?という疑問は残りますからね。魔法に限ったお話ではありませんが、鶏卵にわとりたまご問題が近い例えで————???シエラさん?どうされました?」


「いや……世間話のつもりで聞いた事が、急に大学の小難しい講義みたいになってるんだもん……頭痛くなるって…………」


「あ……す、すみません、どうにも話し下手と言いますか、説明が下手でして……」


「あ〜いや、説明そのものは分かり易かったんだけど心構えがね……私こそごめんね?」


「私は面白かったですよ?」


「オトハちゃんは勉強が好きなタイプだったか……」



 その言い方ではシエラさんは勉強が嫌いなタイプになるのでは……?

 いえ、黙っておきましょう。


 私たちの雑談は次のゴブリンたちに近付くまで、止まる事はありませんでした。


魔法の話云々はいつものこじつけなのであまり気にしなくておkです

私なりの解釈ですね



恐らく今年最後の投稿になると思います…

定期的に消えてしまう作者ですみません

2024年は月1で投稿出来るくらい私生活が安定すると嬉しいなぁ……(白目


今年も応援して下さった皆様、そもそも閲覧して下さった皆様、本当にありがとうございます

頑張ります!




評価pt、ブクマ、そもそもの閲覧、本当にありがとうございます

私のモチベーションの源です

もしまだブクマしてないよ、評価pt入れてないよ、という方がいらっしゃれば下からお願いします

私が小躍りして喜びます


亀より遅い更新ですが、気長にお付き合いいただけると嬉しいです

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