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浮気した王太子が婚約破棄を宣言。裁判をしている中、メリル・ジェーンは怒っていた  作者: りすこ
第二章 裁判

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31. お会いしとう……ございました

「マリー嬢……」


「ウィリアム……さま……」


 ウィリアム王子とマリー公爵令嬢の再会を目にして、メリルは言葉にならないほど安堵した。


 ウィリアム王子は優しい笑みをたたえ、マリー公爵令嬢に近づく。マリー公爵令嬢はウィリアム王子の目を見れずに、小さく体を震わせた。

 ウィリアム王子はマリー公爵令嬢のそばに寄ると、騎士のように膝まづいた。


「マリー嬢……あなたの力になりにきました。どうか、顔をあげてください」


 マリー公爵令嬢は恐る恐るウィリアム王子を見る。ウィリアム王子の真摯な眼差しを見て、マリー公爵令嬢は顔をくしゃりと歪ませた。


「……どうして……来てくださったの……ですか……?」


「いけませんでしたか?」


 マリー公爵令嬢は怯え、目を伏せる。


「ウィリアム様まで、ひどい目に合ってしまいます……もうこれ以上、誰かが傷つくところを見たくないのです……」


 マリー公爵令嬢は小刻みに震えて哀願した。ウィリアム王子は、ほんの少し泣きそうな顔をした。


「あなたは出会った頃のままですね……優しい方だ。――だからこそ、あなたを守りたい」


 ウィリアム王子は震えるマリー公爵令嬢の手をそっと取った。びくりと震えるマリー公爵令嬢を見つめ、呟く。


「もうこれ以上、あなたが傷つくのを見たくありません」


 その思いは、マリー公爵令嬢の思いと一緒だ。マリー公爵令嬢は、はっとした顔になり、ウィリアム王子を見つめる。

 互いの気持ちをさらけ出すように、ふたりはしばし見つめあった。


(どうして、この方は……)


 マリー公爵令嬢は信じられない気持ちでウィリアム王子を見ていた。


 ウィリアム王子とは、たった一度きりの出会いだ。手紙のやり取りをしていたが、季節の挨拶ぐらい。トリア国の話を聞くたびに、再びかの国に行きたくなり、誘われもした。

 でも、それだけ。


 自分の為に駆けつけるほど、ウィリアム王子と親密な間柄ではない。

 でも、ウィリアム王子は自分の前に膝をついてまで、誠意を見せてくれようとする。


 不貞を疑われ、怒ってもいいはずなのに、ウィリアム王子は、あくまで自分を助けたいと言う。


(これは……夢なの……?)


 マリー公爵令嬢にしてみれば、現実とは思えない出来事だ。


 たとえるならば、ガラスの靴を落としてしまった灰かぶり姫のよう。


 もう会えない人を思って、うつむく灰かぶり姫を探して、王子さまが来てくれたみたいだ。


 ガラスの靴は、落としていないのに。

 落としたのは、礼節をかいた涙だけ。

 それなのに、ウィリアム王子は、マリー公爵令嬢の手をとった。


「……ウィリアム……様……」


 マリー公爵令嬢の瞳に涙のまくが張り、取られた手が震えだす。


「……お会いしとう……ございました……」


 それは、助けてと言えないマリー公爵令嬢の精一杯のSOSだった。

 ウィリアム王子は震えた指先にキスを落とし、立ち上がる。


「あなたの汚名は、僕が晴らします」


 力強い言葉に、マリー公爵令嬢は、頷いた。

 ありがとうとも、お願いします、とも言えない。

 あふれだす思いは涙となって、流れていった。


「ウィリアム殿下、誠にありがとうございます!」


 代わりに礼を言ったのは、老齢の弁護士だ。


 立ち上がったウィリアム王子に抱きつき、頬に熱烈なキスをしそうな勢いで詰めよってくる。


 ウィリアム王子は爽やかな笑顔のまま、半歩、下がり、弁護士から距離を取った。


「証言の打ち合わせをしても宜しいでしょうか。相手は難敵です。口論で追い詰めてきます」


「そのようですね。ある程度の情報を僕も把握しています。今回の証人尋問で、提出したいものがあります」


「ほう、それは何ですか?」


「マリー嬢からの手紙です。大切に保管していました」


 ウィリアム王子は護衛のノアに視線を送ると、ノアは足元に置いてあった鞄から、トランク型の紙文箱(かみふみばこ)を取り出した。

 赤墨(あかずみ)色の木製の箱には南京錠が付いている。


 ノアから箱を受けとると、ウィリアム王子は鍵を懐から取り出して、中を開いた。


 箱の内側は小花柄の布が張られていて、ノスタルジックで可愛らしい雰囲気だ。


 そこに、マリー公爵令嬢からの手紙が、一通一通、縦に入るように仕切りがあった。


「マリー嬢の手紙の一部を提出させてください。これを読めば、誤解も解けるはずです」


「わたくしの手紙が……」


 マリー公爵令嬢が呟くと、ウィリアム王子は大きく頷いた。


「恥ずかしいとは思いますが、ご了承ください」


 マリー公爵令嬢は、手紙が証拠になるのか検討もつかない。でも、ウィリアム王子に全てを任せた。


「お気になさらないでください……このように大切にしていただき、言葉になりません……」


 マリー公爵令嬢が腰を落として礼をする。


 ウィリアム王子が微笑んでいると、護衛のノアが口を挟んだ。


「殿下、よかったですね。この紙文箱(かみふみばこ)を求めて、何軒も、何軒も、何軒も、ほんと気が遠くなるくらい、店を回ったあげく、好みがないから特注させたかいがありましたね」


 にししっと笑ったノアに、ウィリアム王子は慌てる。


「ノア……その話は……」


「いやぁ、大変でしたね。国中、あちこち行った先で店に入っては、僕の求めるものと違う……なんて、悲しそうに呟いていましたものね。

 結局、職人に作らせたあげく、箱の裏地の布もマリー様のイメージの合うものと言って、生地屋にサンプルをしこたま持ってこさせていましたものね」


「……ノア。少し、黙ろうか」


 ウィリアム王子は笑顔で怒った。


「……そんなに大切に思ってくださったのですね……」


 マリー公爵令嬢がはにかむと、ウィリアム王子は照れて、頬を少し赤くした。


 完璧な王子様の仮面をかぶっていたウィリアム王子のくだけた表情に、場が和んだ。



「マリー様、笑っているわ。よかった……」


 隣の部屋でこっそり様子を伺っていたメリルは、ほっと胸を撫で下ろした。


 覗き見なんて無粋であるが、メリルの他にも、ロジェに、モニークに、侍女長に家令に、メイドにメイドにメイドに、御者に庭師に庭師の弟子に洗濯侍女がいたので、屋敷中が固唾を飲んで見守っていた。


 侍女長は眼鏡をとって、ハンカチを目元にあてていた。


 妙齢の侍女長は、マリー公爵令嬢のベッドメイキングを任せていたメイドの一人が裁判の証人に立ったことを酷く悔やんでいた。


 証人になったメイドは男に入れ込んでいて、給料の前借りを申し出ていたぐらい困窮していた。

 金を渡されて証人になったのかもしれない。

 それでも、自分がもっとよく見ていればと己を責めていた。


 ウィリアム王子の来訪で、マリー公爵令嬢の立場がよくなりそうだ。一縷の希望が見えて、侍女長は目頭を熱くしていた。


「よかった、よかった……」と、口々に言う人々に囲まれ、メリルはほっと一息つき、音を立てないように扉をしめた。




 ウィリアム王子が証人になることは、被告側も認めた。


 今まで有利に進んでいた裁判がくつがえされるかもしれない。

 ちょび髭の弁護士は緊張したが、トリア国の王子を拒否できるわけもなく、法廷は再び開かれた。



 ウィリアム王子はトリア国花が銀糸で刺繍された華麗なコートを着て、証人台に立った。微笑する姿は気品にあふれていて「おやまあ、いい男」と、肉屋のおかみは鼻を膨らませた。


 ウィリアム王子はガブリエル王太子とは違い、通訳がそばにいない。教会公用語を流暢に話していた。


「うちの殿下と、えらい違いだ……」


「あれが王族だよなぁ」


 そんな声が聴衆から聞こえてくる。

 裁判長は、木槌を打った。


 静かになった聖堂で、ウィリアム王子は真実のみを話すと誓い、まずは原告側の弁護士が彼に質問した。


「あなたはマリー公爵令嬢と交流を持っていましたか?」


「はい。彼女が私の国に訪問された時に、交流をしました」


「その時に、マリー公爵令嬢と親密な関係になりましたか? たとえば、彼女の体に触れるなど……」


「指先にキスの挨拶はしました。しかし、それ以外は何もありません」


「分かりました。ありがとうございます」


 老齢の弁護士はウィリアム王子に一礼すると、裁判長に訴えでた。


「裁判長! 被告側がいうマリー公爵令嬢の不貞疑惑ですが、全く根拠のない話であると主張します。

 そもそも、マリー公爵令嬢は、ガブリエル公の代理として、ウィリアム王子殿下とお会いしています。

 ガブリエル公は()()()という不明瞭な理由で、マリー公爵令嬢に公務を任せ、更には不貞行為をおかしたと主張している。

 私には仕事をさせておいて、難癖をつけているようにしか見えません」


「異議あり!」


 ちょび髭の弁護士が叫ぶ。


「マリー公爵令嬢の不貞疑惑とガブリエル公の公務代理の理由は関係ありません!」


 ちょび髭の弁護士が叫ぶと、裁判長は「異議を認めます」と静かに言った。


 しかし、聴衆はざわついた。


「仕事を押しつけておいて、それで浮気したとかいってんのかよ。最悪だな」


 ロジェが目立つ声で言うと、聴衆も同意するようなことを口にする。


「静粛に、静粛に」


 裁判長が木槌を打った。


 次は被告側の答弁だ。ちょび髭の弁護士は、ひげをなでつけながら、ウィリアム王子に尋ねる。


「あなたはマリー公爵令嬢宛の手紙をずいぶん熱心に書かれているようだ。トリア国を訪問してくださいと二度、書き、便箋には黄色いミモザの花がかかれているものを使いましたね?」


「はい。使いました」


「黄色いミモザの花言葉は、秘密の恋……つまり、これはふたりがガブリエル公に隠れて、恋を育んでいたという証拠になりませんか!」


 語気を強めたちょび髭の弁護士に対して、ウィリアム王子はくすりと笑う。


「トリアでは、ミモザは男性から女性に送る花です。敬愛や感謝を込めて」


 ウィリアム王子は涼やかな声で、ハッキリと言った。


「ですが、黄色い花を使ったのは、わざとです。僕はマリー嬢に特別な思いを抱いていました」


 なんと、ウィリアム王子は堂々とマリー公爵令嬢に対する思いを告白した。


 まさかそうくると思わなかったちょび髭の弁護士は、ぽかーんと口を開いた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いいぞ! ノアくん! そういうのは、積極的にバラしていきなさい。 >メイドにメイドにメイドに メイドさん達、めっちゃ覗き見しているwww おおーっとぉ! ウィリアム殿下、ここにきて爆弾…
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