28. 助けて、と言えない人の思いを伝えるために
トリア国に入ったメリルは、船着き場で叔母の姿を見つけた。
「メリル!」
大きく手をひろげる叔母にメリルは飛び込む。
ふたりは抱擁して、微笑みあった。
「おばさま、お久しぶりです」
「久しぶり。噂ではリベラル国は大変な騒動らしいじゃない」
母国のことを言われ、メリルは表情を曇らせる。
「こちらでも、噂になっているのですね……」
「そうね。灰かぶり姫が現れたって話になっているよ。王子様に見初められて、王妃様になっちゃうんじゃないかって噂よ。
灰かぶり姫を邪魔する悪い令嬢まで出てきているんですって? 巷では彼女のことを悪役令嬢なんて呼んでいるそうよ」
メリルはスンと表情をなくした。叔母はころころと笑う。
「ふふ。おとぎ話はおとぎ話だから、素敵なのにね。現実の王は、うちの国のような方がいいわ」
トリア国は、長子相続が認められており、現在は女帝の国だった。夫妻は政略結婚なのに仲が睦まじく、多産であった。子供が十二人いて、愛人の子はいないというのだから驚いてしまう。
女帝は小学校の建設、士官学校の建設、娘を政略結婚させるなど、国を黄金期に導いていた。
「トリア国みたいな王室になればいいのですが、これからですね」
「ふふ。女王陛下は稀な方だからね。あら、そちらの方は?」
叔母が興味津々にロジェを見る。
「この人は、ロジェ・バーグマン。わたしの……恋人……です」
「まあ! 恋人!!! メリルが恋人が連れてきたの?!」
叔母は頬を紅潮させ、大興奮だ。メリルは恥ずかしくて口を引き結ぶ。ロジェは恋人と紹介されて感極まっていた。
「まあまあ、ロジェさん。メリルのことを宜しくお願いしますね! メリルが恋人を連れてくるなんて、嬉しいわ。この子ったら、そういうことはさっぱりで」
「……ちょっと、おばさまっ」
「ふふっ。照れなくてもいいじゃない。ロジェさんとメリルの話をたーっぷり聞きたいわ。うふふ。うふふふふ」
メリルは顔をひきつらせたが、ロジェはキリリと表情を引き締める。ぜひとも聞いてほしいと言わんばかりだ。
叔母が用意した四頭引き馬車に乗り込む。
道中、ロジェはまるで舞台役者のように、情感豊かにふたりの歴史を語った。ただのナンパ話が、運命の出会いのように語られ、メリルは恥ずかしくてしかたない。
叔母は少女のように目を輝かせ、ロジェの独壇場を聞いていた。
港から半日ほど馬車で走り、叔母の家に行く。叔母の家は都市から離れた染色工場の横にあった。
見えてきた懐かしい風景にメリルは、目を細める。
叔父はメリルと同じ、生地デザイナーを経て、大量生産のための機械を開発している。
音を轟かせながら、機械が布を染色している。職人は染料を機械に入れて、注意深く様子を見ていた。
「すごい……機械が完成したのね……」
メリルが感嘆の声をだすと、叔父がこっちに気づいた。
「よお、メリル。来たな」
「突然、ごめんなさい。すごい機械ね」
「はははっ。これを作るのにまるまる三年かかっちまった。だけど、なかなかのもんだろ?」
「ええ、捺染するスピード、正確さ。わたしの工場にも欲しいわ……」
目をキラキラ輝かせて染色機を見るメリルに、叔父は得意気な顔をする。叔父の背後から、無愛想な男性が近づいてきた。六歳年下のメリルの従兄弟、ユリアンだ。
「ユリアン、久しぶり」
ユリアンはぶすっとした顔で、ロジェを指差す。
「姉さん、あの男、だれ?」
「ロジェ・バーグマン。わたしの……えっと……」
「恋人?」
ユリアンに図星をつかれ、メリルは顔を赤くした。ユリアンは不機嫌そうに顔をしかめる。
「男! 男か! そうか。そうか。メリルにもとうとう男ができたか! 家族はいいぞー! 人生が華やぐからな! 結婚式には呼んでくれ! ははは!」
「とーさん、うるさい。ちょっと、黙ってて」
ユリアンはロジェの前に出て、じっと顔を見る。
そして、おもいきっり舌打ちした。
「けっ。姉さんも、結局、顔か」
ロジェは宣戦布告されたと思い、晴れやかな笑顔になる。
「ユリアンくん……だったけ? 男は顔じゃない。ハートだ」
にっこり笑ったロジェを見て、ユリアンは嫌そうな顔をした。
「姉さん……このアホそうなののどこがいいの?」
「アホそうなじゃないわ。たまにアホなの」
「おいこら、そこはアホを否定しろ」
「アホは否定できないわ。でも、ユリアン。ロジェは優しいところもあるのよ」
メリルは微笑んで言うと、ユリアンはぷいっとそっぽを向いた。
「ロジェさん、すまねぇな。愛想がない息子で」
叔父が言うと、ロジェは首をふる。
「気にしないでください。俺にも、あんな時がありましたんで」
にやっとするロジェを見て、ユリアンは警戒する子猫のように目を細くした。
「おじさま、素晴らしい機械を見せてくれてありがとう。折り入って、お願いがあるの」
「ん?なんだ? 機械なら約1000万だ」
「後で値切るわ。違う話よ。ここでは言えないの」
「値切るのはダメだ。じゃあ、家に行こう」
叔父はそういうと、ユリアンに工場を任せて、家に連れていった。
メリルは叔母がいる家に戻ると、さっそく話を切り出した。
「おじさま、ウィリアム殿下に会いたいの。おじさまの力で、会うことはできないかしら」
「ウィリアム殿下に?……また、どうして?」
叔父は神妙な顔をして尋ねた。でも、メリルは話せなかった。
「詳しいことは、言えない……だけど、ウィリアム殿下にお会いして、どうしても渡さなくちゃいけないものがあるの……お願い。なんとか会えないかしら……?」
叔父は頬をぽりぽり書いた後、カレンダーに目を向けた。数字の横に書かれたメモを見て、ぽんと膝を打つ。
「明日の祭典で、殿下が来るんじゃないか。確証はないが行くか?」
「行くわ!」
メリルは笑顔で叔父に抱きついた。
「ありがとう、おじさま!」
叔父は照れてくさそうに、メリルを抱き返した。
翌日、メリルは持ってきた水色の模様があるデイドレスを身につけて、叔父とロジェと共に祭典へ向かった。
国中の技術者が、最先端ものを持ち寄って発表する祭典だった。
会場には投資家である貴族や富豪も詰めかけていた。
メリルが何より驚いたのは、招待状もなく入れることだった。警察は配置されていて、荷物検査もあるが、身元を問われないというのは驚きであった。
「本当に招待状がいらないのね……」
「ん? あぁ、ウィリアム殿下のおかげだよ。一部の特権階級に、技術を独占させないようにって、殿下の配慮だ」
「そうなの。そのおかげで、こんなに盛況なのかしら」
会場には人が詰めかけていて、賑わっていた。
「それもあるだろうな。でも、出展する側も身分は問われないしな。俺の染色機も、一年前の祭典で支援者が見つかったんだ」
「……そうだったの……」
(技術を広めようとしているのかしら。ウィリアム殿下は、すばらしい人ね)
叔父の出展の手伝いをしていて、しばらくすると、物珍しそうに身なりの良い人たちが集まってきた。
叔父は熱心に染色機の良さを語っている。
メリルも聞いていると、ロジェに声をかけられた。
「メリル、あの人……」
ロジェが見つめる方向に、すらりと背の高い男性がいた。柔和な笑みで会場を歩いていたのは、ウィリアム王子だ。
(いた!!!)
メリルは興奮して走り出した。ロジェはぎょっとして、慌ててメリルを追いかける。
人混みが途切れたところで、メリルはウィリアム第二王子の視線の先に出た。
目があった。
透き通るような茶色い瞳が丸くなっている。
メリルな胸に手をあて、深く腰を落とした。
顔をあげると、護衛がさっと、前に出てくる。
ウィリアム王子は護衛に一声かけると、メリルの前に歩みでた。
「君は確か……」
「捺染職人アドルフの姪、メリル・ジェーンです」
「アドルフ氏の所の……一度、会ったことがありますよね」
微笑まれ、メリルは心の中でガッポーズをする。
(よし、覚えてくださっているわ。話が早い)
「留学したときに、一度、ご挨拶をさせていただきました」
「……確か、リベラル国で捺染職人をしていると言われていましたよね。そのドレス生地は……」
ウィリアム王子はメリルのデイドレスを見つめる。
「わたしたちの工場で作ったものです。働く人々をデザインに取り入れたものです」
「繊細な絵ですね。まるで絵画のようだ」
「ありがとうございます。この生地ができたのもトリア国に留学できたおかげです。
同じ布製でメッセージカードを作ったのです」
メリルは鞄から同じ生地のカードを出す。真ん中に白い布が貼ってあるものだった。
ウィリアム王子は不思議そうにカードを見つめた。
「これが、メッセージカードなんですか?」
「はい。白い糸でメッセージを縫っているんです。ですから、文字が見えません」
「面白い趣向ですね。どうして、こんなものを作ったのですか?」
メリルはカードを持つ手を震わせた。
「助けて、と言えない人の思いを伝えるために……」
メリルはすがるようにウィリアム王子を見た。ウィリアム王子はメリルの真剣な瞳を見て、ひゅっと息を飲む。
「メッセージを読んでくださいませんか。殿下に届けに参りました……」
メリルがか細い声で言うと、ウィリアム王子は口を引き結んだ。護衛に目配せする。護衛はメリルからカードを受け取った。




