27. わたしは一般市民ですから
「まったく……困った子たちね」
ボネ夫人は穏やかな声で、メリルたちを諭していた。
今、メリルたちはボネ夫人の屋敷に匿われている。派手に騒いだことにより、メリルたちが王家に目をつけられることを危惧したボネ夫人が、使いを出してメリルたちを呼び寄せた。
判決が出るまで、モニークの店は休み。メリルは他の従業員に仕事を任せている。針子やガストンは特に何も聞かず、与えられた仕事をこなしていた。
「せっかく再出発したのに、お店が休業になるなんてね」
「マダム。申し訳ありません……でも、どうしても許せなかったのです……」
モニークはじわっと涙をためて顔を手でおおった。ボネ夫人はふぅと息を吐き出し、それ以上、何もいわずに、テーブルの上に置かれた新聞に目を落とす。
新聞には裁判のその後が書かれていた。
――マリー公爵令嬢の部屋からウィリアム第二王子からの手紙が押収された。マリー公爵令嬢は、かん通の罪をおかしていたのか、裁判の行方が気になるところだ。
閉廷になった後に警察が公爵家を捜査した。ロワール公爵も、マリー公爵令嬢も潔白を示すかのように静かに捜査を受け入れた。
市民たちは、マリー公爵令嬢に同情的だ。それは、モニークが裁判で騒いだことが新聞に書かれてしまったからだった。
王太子の破廉恥な行動は筒抜けとなり、モニークはまたしても、時の人となってしまった。
今度は、モニークに同調する人が多く好意的な印象を持たれたが、すっかり有名人だ。
マリー公爵令嬢とは会えていない。裁判が終わるまで、マリー公爵令嬢は軟禁されている。メリルは歯がゆい気持ちでいっぱいだった。
悔しさを顔に出していると、ボネ夫人は、三人に裁判の厳しい状況を話した。
「手紙では、マリー公爵令嬢とウィリアム殿下の交遊は分からなかったらしいわよ」
「そうなのですか……?」
メリルが問いかけると、ボネ夫人はうなずいた。
「さる筋からの情報よ。でもね、殿下サイドは納得できずにマリー公爵令嬢に乙女検査を要求したの」
「乙女検査って……まさか、聖職者が純潔であるか調べるという……」
「それよ」
メリルの頭にかっと血が昇る。
「結婚前の女性に足を開けというのですか! そんな屈辱的な行為をしろなんて!」
「そうね。でも、純潔が証明されれば、マリー公爵令嬢は疑惑を晴らせるの」
「ですが! マリー様の心は傷つきます……!」
メリルは酷い話だと声を荒ららげる。たとえ聖職者であろうと知らない人の前で肌を晒すなんて、苦痛だ。自分だったらと思うと、耐えられない。
「マリー様が何をしたっていうのですか……ひどすぎます……」
「そうね……マリー公爵令嬢に罪はない。だけど、王太子というだけで守られてしまうのが、この国なのよ」
メリルは下唇をかみしめる。
「それでも納得はできません。マリー様とウィリアム殿下の間に何もなかったと、証明できないのですか?」
「ウィリアム殿下に証人になってもらうのがいいのでしょうけど、そしたらトリアと揉めるわ」
「相手の王族とのかん通を疑うからですか……?」
「そうね。トリア国の女王陛下が黙っていないでしょう。息子が他国のお嬢さんと浮気してるっていわれたら怒るわ。女王陛下は家族を重んじるって言われているしね……」
「……無理なのですか。どうしても」
「証言してほしいと言って、その場で不敬罪に取られても不思議ではないわ。
あれだけ派手に公開裁判をしているから、トリア国が気づいてもよいとは思うけども……ロワール公もトリア国の関係を悪化させるようなことは、進んでしないでしょう。戦争になるもの。でも、乙女検査もしたくはない。状況はよくないわね……」
ボネ夫人は顔をしかめた。
メリルは考え込む。必死に考え、ふと思い付いたのが、トリア国に短期留学をした時の出来事だった。
「……わたし、ウィリアム殿下にお会いしたことがあるのです。挨拶だけでしたけど……」
ボネ夫人はぽかんとした。
「その話は知らなかったわ……」
「母の親戚が、捺染機を作っている人なのです。叔父はロール状の捺染機械を開発していて、良質な布の大量生産できると期待されています。
ウィリアム殿下は、技術者の支援を担当されているそうで、縁があってお会いしました……」
メリルは顔をあげた。
「わたし、トリア国に行って、ウィリアム殿下に会えないか、叔父に頼んでみます。ウィリアム殿下が力になってくれたら、状況が変わるかもしれません」
「メリル……それは、」
ボネ夫人は難しい顔をした。
「あなたが行っても、話を聞いてくれるか分からない。むしろ、不敬罪に問われたりしたら――」
「――わたしは一般市民ですから。政治とは無関係です」
メリルは顔をあげて、微笑んだ。
「一般市民が騒いだところで、国同士のもめ事にはなりませんよね?」
メリルの提案は希望の光のようだった。口ごもるボネ夫人に、ロジェが話し出す。
「メリルが行くなら、俺も行くよ。モニークは留守番だな」
「えっ?! どうして?!」
「モニークは有名人になりすぎた。メリルと俺なら、そんなに顔が割れていないだろ?」
「……それは……」
モニークは悔しそうに顔を歪めた。
「ロジェが付いてきてくれるなら、わたしも心強いわ……お願いね、ロジェ」
メリルがロジェに言うと、「任せろ」と頷く。ボネ夫人は天を仰いだ。じっと天井を見つめ、瞼を閉じる。
「旅費は私が出すわ。許可書は……そうね」
ボネ夫人は控えていた侍女長を呼び出した。
「許可書を管理している会社に金を握らせなさい。メリルたちを必ずトリア国へ送るのよ」
「かしこまりました」
侍女長は頭を下げ、すぐに部屋から出る。
許可書は所謂、パスポートみたいなものだ。身分を保証し、お金を守るための大切なもの。
ただし、管理している会社が許可書を独占している状態のため、金を出せば偽造はたやすい。
ボネ夫人はメリルたちの安全のために、尤も安全な渡航ができるよう王家から狙われない偽造手段をとった。
そして、ボネ夫人を通して、叔父に渡航する手紙を送った。
許可書が発行され、メリルに手渡した時、ボネ夫人は呟いた。
「無事に帰ってくるのよ」
自分を心配をする母親のような顔をされて、メリルはこくんとうなずいた。
トリア国までは船で行くことになった。首都から南にある船着き場では、警察がたくさんおり、検問をしていた。
どうやら、トリア国への出港は特に厳しくなっているようだ。
証明書をチェックされ、荷物を改めている。
メリルとロジェは変装して港に来ていた。
つばの長い帽子をかぶったロジェは騎士風の仮装。
メリルはちょっと間違えたお嬢様風。年齢のわりには派手なドレスだ。見るからに痛々しい雰囲気を演出してみた。
変装したのは、念のためである。
王太子側がメリルたちに危害を与える可能性がある――と、ボネ夫人のアドバイスを受けてだったが、ふたりは目立っていた。
「(ねぇ、ロジェ……この格好、アホみたいじゃない?)」
「(アホだからいいんだろ。完全なるバカップルだ)」
「(……すごい見られているわよ)」
「(大丈夫。大丈夫。バカップルはな、常に注目の的だ)」
目を据わらせるメリルに対して、ロジェは目を細くして微笑む。
「(こんな時だからこそ、肩の力を抜かなきゃなんねーだろ? ほら、スマイル。スマイル)」
ロジェは甘い笑みを浮かべ、キラリン☆と歯を見せる。
「マイ・スイートハニー♡ 今日も君は僕のエンジェルだね♡」
「ああ、そうね。だーりん (棒読み)」
「ふふ。そんなに照れて、ぼくの子猫ちゃんは可愛いな♡」
「ああ、そうね。だーりん (棒読み)」
「(おい、メリル。もっと、ノレって)」
「(む、むりよ……これで精一杯なの!)」
頬を膨らませるメリルにロジェはでれっとする。
「そんな君も可愛いよ。ハニー♡」
「あなたもすてきよ、だーりんっ!」
やけになって叫ぶメリル。
そんな二人を検問する警察官は、強面だった。
「荷物を広げなさい」
「ぼくのハニーの荷物は遠慮しておくれよ。ストッキングが入っているんだ」
「……ストッキング……だと……」
警察官はごくりと生唾を飲み干した。
二度目になるが、この国では女性の足に、めくるめく妄想を滾らせる男が多いのである。ストッキングなんて見せられたら、思春期の少年のような甘い夢にトリップしてしまう。残念ながら。
「荷物を広げなさい」
端的に言われたことに、メリルは目を据わらせた。
「そんなに見たいなら、どうぞ」
皮肉な笑み唇に浮かべ、メリルはおばちゃんも履かないようなだっさいデザインのストッキングが入った荷物を見せた。
警察官は夢が破れて悲しい顔をした。
(男って、みんな阿呆なの?)
メリルは荷物をしまい、検問はあっさり終わった。
おかげで、大事なメッセージはメリルの鞄の中に入ったままだった。




