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浮気した王太子が婚約破棄を宣言。裁判をしている中、メリル・ジェーンは怒っていた  作者: りすこ
第二章 裁判

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22. あの頃が、一番、幸せだった

 メリルの言葉に、ルイーズ姫は瞳を輝かせていた。


「作れるの……? 作ってくれるのね」


「努力いたします」


 ルイーズ姫はいてもたってもいられないようで、立ち上がった。存在感のない侍女が、そっと椅子をひく。


「わたくし、今すぐ公爵家に行ってくるわ……わたくしからだって言えば、公爵も無視できないし……そうよ。それがいいわ!」


 存在感のない侍女が、いつの間にか部屋の扉を開けている。


「お姉さまに会って、ドレスを作って頂戴。オトリー、またね」


 そう言って、ルイーズ姫は歩きだしてしまった。

 その後ろを侍女が付いていく。オトリー夫人に会釈をすると、無言で行ってしまった。


「ははは。ルイーズ殿下は、行動が早い」


 ポール卿は笑っていたが、モニークとロジェは笑えなかった。

 モニークが顔を青ざめさせながら言う。


「……マリー様のドレスを私が作る……マリー様は私を許してくださるかしら……」


 メリルは突っ走ってしまったことに気づいて、立ち上がり、モニークのそばによる。


「モニーク、ごめんなさい。あなたの気持ちを考えていなかったわ……」


「ううん。断れない話だと思ったから、いいのよ……ただ、不安で……」


 モニークが力なく笑う。それを見てメリルは胸が苦しくなった。


(モニークはカーラ男爵令嬢にドレスを作ったことを後悔しているものね……)


 何か元気づけられないかと考えていると、ポール卿が穏やかな声で話しかけた。


「君たちがガブリエル殿下の婚約破棄騒動に巻き込まれたことは知っているよ。意図せず加害者にされてしまったこともね」


 モニークがひゅっと息を飲む。ポール卿はモニーク、ロジェ、メリルをそれぞれ見た。


「君たちは、人を惹き付ける才能がある。その人を喜ばせ、力を与えるものが作れる。

 ボネ夫人のタペストリーを見て、わたしは確信したよ。君たちなら、孤独な令嬢の助けになるだろうってね」


 ポール卿は切ない微笑みをした。


「法廷に立てば、王太子派はマリー公爵令嬢を追いつめるだろう。孤独な令嬢の支えになる服を作ってほしい。君たちなら、できるよ」


 ポール卿の言葉は、うつむいていたモニークに力を与えた。


「……やってみます。マリー様の力になりたいです」


 贖罪の意味もある。モニークの言葉に、メリルはがんばってみよう、と声をかけた。


「もう、あなたったら、急にルイーズ殿下を呼んで。驚いたわよ」


 オトリー夫人が呆れたように話しかけた。ポール卿は肩をすくめた。


「悪いね。ルイーズ様が急にこられたんだよ。マリー公爵令嬢を思ってのことだ。許しておくれ」


「まあ、いいですけどね。みなさん、少しお茶を飲んでいってくださいな。緊張は美味しいお茶でほぐしましょうね」


 オトリー夫人がにっこり笑うと、メリルたちはようやく強ばっていた肩から力を抜いた。


 その日は、ポール卿から異国のデザインや家具について話を聞けて、メリルは目を爛々と輝かせていた。新しい染め方のアイディアも生まれ、メリルは充実した一時を過ごした。



 *



 後日、公爵家からモニークの所に服を仕立ててほしいという依頼があった。メリルとロジェも依頼を聞く許可をもらい、三人は公爵家がある屋敷に出掛けていった。


(公爵家って、マダムの屋敷より大きい……)


 都市にある公爵家は、別邸だ。領地には城があるという。

 厳格な雰囲気の屋敷は、門番も強面。

 案内する使用人も強面。

 すれ違うメイドはつり目。

 全員が軍人に見えるような雰囲気があり、メリルはおのずと背筋を伸ばした。


 マリー公爵令嬢の私室に案内され、扉を開くと、軍人ではない人がいた。


 折れてしまいそうなか細い体に、長くまっすぐ伸びた黒みがかった茶色の髪。陶磁器のような白い肌。儚げな、悪く言えば亡霊のような人がマリー公爵令嬢だった。


「モニーク……久しぶりね……」


 切なく微笑まれ、モニークはマリー公爵令嬢の前に座り、懺悔するようにその場にしゃがんだ。


「マリー様……マリー様……申し訳ありません……私はマリー様を傷つけるドレスを作りました……」


 マリー公爵令嬢は、腰を落として、モニークに声をかける。


「謝らないで……モニークのドレス、綺麗だったわ……本当よ?」


 小さく笑ったマリー公爵令嬢に、モニークは涙ぐんだ。無理して笑っていることが、分かってしまったのだ。だからこそ、余計に。マリー公爵令嬢の助けになりたかった。


「マリー様……私にマリー様の服を作らせてくれませんか?……私、マリー様の力になりたいんです……」


 マリー公爵令嬢は、困ったように眉をさげた。


「それなんだけどね。わたくし、服は必要ないと思っているの……お父様たちはそうは思っていないみたいだけれど……」


「どうしてですか? 私と、ここにいる友人たちがいれば、最高のものが作れます」


 そう言って、メリルとロジェをマリー公爵令嬢に紹介する。

 マリー公爵令嬢は、三人にソファに座るように言って、今の気持ちを教えてくれた。


「……わたくしは、裁判に出るつもりはないの。示談にして頂こうと思っているのよ。……ごめんなさいね。お父様を説得しきれていないの」


「どうして裁判に出たくないのか、教えてもらってもいいでしょうか」


 メリルが尋ねると、マリー公爵令嬢はうつむいた。


「……わたくしは殿下にとって、至らない婚約者だったからよ……」


 マリー公爵令嬢は、婚約破棄されたのは自分も悪いところがあったと話し出した。



 マリー公爵令嬢とガブリエル王太子の婚約が決まったのは、兄王子シャルルが急死した時だった。


 マリー公爵令嬢が九歳のときだ。マリー公爵令嬢はシャルル王子の元婚約者だったのだ。


 マリー公爵令嬢と王子の婚約は、建国の王を支えた戦場の聖女の血筋を取り入れたいという思惑があった。


 先の戦争では勝利していたが、その前までは敵国に敗退していた。


 兵士の士気をさげないために、戦場で活躍し、この国を勝利へと導いた聖女ジャンヌの子孫を国母にすることが会議で決められた。


 ロワール公爵家の莫大な持参金も目当てだった。


 四歳で婚約したマリー公爵令嬢とシャルル王子は仲睦まじく、兄妹のように親しい関係だった。


 同じ年のガブリエル王太子とも関係は良好だった。

 それが、シャルル王子の死で変わってしまった。


 繰り上げのようにガブリエル王太子と婚約した時、王太子はマリー公爵令嬢に尋ねた。


「マリーは僕が婚約者になってもいいの? 兄様を好きだったんじゃないの?」


 まだ悲しみを引きずっていたマリー公爵令嬢は答えられなかった。


「……嫌とは、言えませんから……」


 そう言うのが、精一杯だった。

 それを見て、ガブリエル王太子は晴れやかに笑っていた。


「うん。マリーなら、そう言うと思ったよ」


 その日以来、ガブリエル王太子との関係は壊れてしまった。



 ちょうど他国が攻めこんできたこともあり、ふたりは会えない日々が続いた。


 戦争が終わり、十六歳で外遊旅行に出かけた時も、ガブリエル王太子はマリー公爵令嬢を見ようとしなかった。


 外遊旅行先で派手に遊んで、とうとうカーラという女性を囲うようになった。


 カーラを侍女にしろと命令されても、マリー公爵令嬢は受け入れてしまった。


 国王も寵妃を持っている。

 愛人のひとりぐらい許しておあげなさい、と囁く従者の声に、マリー公爵令嬢は頷いてしまったのだ。


 外遊先で派手な行動をする王太子を立て、代わりにマリー公爵令嬢が慰問や各国の社交の場に出ていた。


 嫌とか、辛いとは、言えない立場だった。


 マリー公爵令嬢は背負わされた期待に答えるべく、必死だったのだ。



「……ルイーズ殿下は、わたくしが元々、シャルル様の婚約者だったことを知りません……みんな、無かったことにしているのです。でも、殿下は忘れていなかったのでしょうね……」


 婚約破棄された時のガブリエル王太子の笑顔は、最後に見た笑顔とそっくりだったとマリー公爵令嬢は、語った。


「わたくしは殿下の婚約者として至りませんでした。婚約破棄されても仕方のないことです……」


「――それは、違うと思います」


 誰よりも先に、メリルが声をだした。


 メリルはマリー公爵令嬢の膝元に歩み寄る。膝を床につけて、マリー公爵令嬢を見上げた。


「わたしには、マリー様が頑張りすぎたようにしか聞こえませんでした」


「えっ……」


「シャルル殿下のことは不幸なことだと思います。マリー様の結婚は国のためだということも知っております。マリー様の心には、まだシャルル殿下がいるかもしれません。……それでも、それでもです」


 メリルはまっすぐマリー公爵令嬢を見つめた。


「マリー様は、ガブリエル殿下を愛そうとしていたんじゃないですか?」


 マリー公爵令嬢はひゅっと息を飲んだ。


「ガブリエル殿下に冷たくされたと話しているときのマリー様は、悲しそうでした。思いがなければ、あんな切ない顔をできません」


 メリルはうつむいた。


「婚約者だから、家のためとか、そんなこと関係なく、マリー様なりに、殿下を愛そうとしていた。だから、余計に。うまくできない自分を責めている。至らなかったなんて思ってしまう……」


 メリルはそっと目をふせた。傷つく必要のない人が傷ついている。怒れずに、あきらめてしまっている。それが、メリルには切なかった。


「マリー様は優しい方です。……優しすぎるぐらい優しい方です……」


 メリルの言葉は、さざ波のようにマリー公爵令嬢の心に広がった。


 不思議だった。初めて会った人の言葉がこんなに響くのが。

 マリー公爵令嬢は、遠くを見つめ、ぽつりと呟く。


「リエル……とは……」


 昔の愛称で、マリー公爵令嬢は、ガブリエル王太子を呼んだ。


「……仲が良かったの……三人で、川遊びをしたときに、リエルが落ちそうになって……わたくし、慌てて川に入って……シャルル様がわたくしを助けようとして川に入って……リエルも結局、川に入って、三人で濡れてしまったの。

 川の中で顔を見合せて、三人で笑いあったわ……」


 はらはらと涙を流しながら、マリー公爵令嬢は話した。


「……あの頃が、一番、幸せだった……」


 マリー公爵令嬢の瞼の裏には、輝くような二人の王子の笑顔が浮かんで、消えていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ガブリエルをギャビーと呼ぶと女の子っぽくなってしまうからリエルなのかな?とどうでもいいことを考えてしまいました! 服の力で国を動かす! わくわくですね! これぞ『王様の仕立て屋』!
[良い点] おおう……。 なんということだ。 マリーやガブリエルに、そんな過去が……。 ( ;꒳; )
[良い点] なんか、泣きそうになりました……。 マリー公爵令嬢には幸せになってほしい。
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