10.いいぞ、イケメン!!!
針子たちの作業所にきたメリルは笑顔だった。無邪気にロジェの絵を見せて「素敵じゃない?」と自分のことのように自慢した。
「ボネ夫人に手紙を届けてくるわ。デイドレスはどう? 出来たかしら?」
メリルは針子たちに、新作生地で日中、動きやすいワンピースの作成を頼んでいた。
夜会、お茶会で令嬢が着るドレスは、胸、袖、スカートが分かれており、その場で縫い合わせてドレスの着替えをする。スカートにポケットはない。スカートの下に、腰ベルトを付けて、吊り下げ式のポケットをつけるのだ。
一人では着替えられず、大変、時間がかかるものだ。
手間なくおしゃれをしたいメリルは、袖、胸、スカートを縫い合わせてもらうことにした。
頭からすっぽりかぶりやすいよう、胸元は広めに空いている。それも、胸元のリボンをきゅっと絞れば、胸の谷間を見せつけるようなことにはならない。
清楚な雰囲気になる。
慎ましいドレスは、生地そのもののデザインが良くないと印象が薄いが、メリルは生地に絶対の自信を持っていた。
「メリルさん、ワンピースはできていますよ!」
針子たちは意気揚々と、トルソーに着せたワンピースを持ってきた。
「まあ、素敵……」
針子たちは、にんまりと笑う。
「このワンピースを着て、外に出れば宣伝になりますね!」
「そうね……都市の大通りを歩けば、目を惹くわ。あそこは、仕立て屋が軒を連ねているしね。わたしよりも可愛いあなた達に着てほしいくらい」
「「「メリルさんは、可愛いですよ!」」」
針子たちは声を揃えて言う。メリルは苦笑いだ。
「そう? わたしはつり目だし、キツイ顔をしているって言われるのよ。それに、もういい年だしね……」
「「「メリルさんは、可愛いです!」」」
針子のひとりが前に出る。
「もう、メリルさんは他人を飾るのは好きなのに、自分を飾ることには無頓着なんですよ!」
「そうですよ。私たちが、しっかり飾ってあげますからね」
ニヤリと笑った針子たちがメリルに、にじりよる。奥には髪結いの専門学校に通っている針子が櫛を持って、待ち構えていた。
「え? あの……ちょっと……」
「「「お着替えしましょーね!」」」
メリルは針子に身ぐるみを剥がされて、着飾られてしまった。
メリルが針子たちの作業所にいた時、ロジェは外でメリルたちの声を聞いていた。会話は筒抜けだった。メリルのドレス姿を楽しみにしながら、自分も出かける準備をする。
(メリルはひとりでボネ夫人に手紙を届ける気だよな……あぶねーから、付いていこう)
あのメリルが「出かけるから、ロジェ、一緒に行こう♡」なんて言うわけない。
♡は誇張だが、「じゃ、出かけてくるわ」と、ロジェを放置して、行ってしまうだろう。それは、絶対に阻止しなければならない。
(綺麗な格好で出歩いて、変なやつに絡まれたらどうするんだよ。メリルは可愛いんだからさっ)
嘆息しつつ、自分の持ち物から、見た目のよいものを選んで着替えた。
その頃、メリルは、髪結いを勉強している針子のおかげで、自分では絶対できないような髪型になっていた。
巧みに、ガッチガチに編み上げられ、ちょっとやそっとじゃ崩れそうにない。鏡で見た自分はまるで別人だった。
(これ、どうやってとくのかしらね……?)
着替えが終わったメリルは、家に戻った。
ロジェに一声かけてから出かけようと思っていたら、ロジェは、よそいきのジャケットを着て待っていた。
メリルはこてんと首をひねる。
「あら、出かけるの? 途中まで、一緒に行く?」
想定していなかった「一緒に行く」の、♡なしが聞けてロジェはわずかに動揺した。
が、想像通り、自分が一緒に行くことが頭にないメリルの態度を見て、ロジェはにっこりと微笑んだ。笑顔なのは、なかばヤケだ。
「ボネ夫人に手紙を届けに行くんだろ? 俺も一緒に行く♡」
語尾に♡を付けたのも、やけっぱちである。
ロジェの笑顔を見て、メリルはわずかにみじろいだ。
「えっ、いいわよ。ひとりで行くし……」
「つれないこと言うなよ。お嬢さん、お手をどうぞ」
ロジェはうやうやしく左手を差し出した。
「エスコートさせて頂きます」
ウインクをしたロジェに、メリルは真顔になる。
「ロジェって、ボネ夫人の家、知っているの?」
「知らないけど、細かいことは気にするな! 俺は 一緒に行くぞ!」
いつもの調子に戻ったロジェに強引に手を握られる。そして、ロジェの腕に絡まる体勢にされてしまった。
まるで恋人のような距離感になって、メリルはびっくりする。
「ちょっと……」
「これで逃げられねえな」
得意気なロジェの顔を見て、メリルはむっと顔をしかめた。
(近すぎるわよ……)
右半分がロジェにくっついていて、落ち着かない。流されるまま、ロジェに引っ張られて歩き、扉を開くと、聞き耳を立てていた針子たちと目があった。
ふたりの恋人らしい姿に針子は大興奮だ。「早くくっつけばいいのに~!」なんて噂をしていた針子の一人が拳を握りしめて言う。
「やるな! イケメン!!!」
「メリルさん、デートですね! いってらっしゃーい!」
「え? デート? 手紙を届けに行くだけよ?」
動揺して顔を赤くするメリルに対して、ロジェはいいぞ、もっと行ってくれ!と針子を応援。
「仕事しに行くだけよ……?」
「半分、デートでいいだろ?」
ロジェの言葉に、メリルはポカンと口を開く。針子たちは、ふー!と声をだして、大興奮だ。
「いいぞ! イケメン!!!」
ぎゃあぎゃあ騒がしい中、メリルは流されるままロジェと乗り合い馬車でボネ夫人の邸宅に向かった。
*
ボネ夫人の別宅は王宮近くにある。ここに別宅があるということは、資産家の証だ。
メリルは二階の窓のカーテンが閉められていることを確認して、ロジェから離れ、ドアマンが警備をする門に近づいた。ロジェはなにかを察し、メリルから距離をとる。
ドアマンの前に立つと、メリルはスカートの端をもって、淑やかな礼をした。
仏頂面のドアマンは、メリルを不躾にじろじろと見てくる。その視線を微笑みでかわし、メリルは鞄から布封筒に包まれた手紙を出した。
「ジェーン商会のメリル・ジェーンです。マダムにこの手紙を渡してくださいますか?」
ドアマンは無言で片手をだして、手紙をよこすように指示する。メリルはドアマンが身に付けた白い布手袋に、手紙をおく。封筒の裏にチップを入れることは忘れない。
ドアマンはそれに気づいて、チップだけを抜き取り「マダムに渡します」と礼をした。
「よろしく頼みます」
メリルは一歩下がり、再度、軽やかに礼をする。視界の端で、二階の窓のカーテンが開かれていることに気づいた。
(ボネ夫人……見ているわね……手紙の返事はくるわ)
カーテンが開かれたら、興味を持ったという合図だ。会う前から、夫人のチェックは始まっている。たかが、手紙を渡すだけなのに、メリルが着飾ったのもこのためだ。
ボネ夫人は礼節を知らない阿呆は相手にしない。とりあえずの合格はもらえて、メリルは安堵の息を吐いた。
「手紙、渡せてよかったわあ……」
乗り合い馬車に揺られながら、メリルは気の抜けた一言をもらした。ロジェが苦笑しながら頷く。
「久しぶりに貴族独特のピリピリした空気を感じた。お疲れさま」
「ありがと。緊張したらお腹が減ったわね」
「どこか食べに行くか? デートだし」
「……まだ言っているの? これは、仕事よ」
「俺がデートだと言ったらデートなんだ。諦めろ」
いつになく強気な言葉に、メリルは真顔になる。ロジェはなぜかドヤ顔だ。メリルが小さくため息を付くと、馬車が大きく揺れた。
ロジェはとっさにメリル肩をひきよせるが、受け身をとれずに後頭部を馬車の柱に打ち付けた。
「ってえ!」
「ロジェ。大丈夫!?」
「痛いが、平気だ。ったく、急に止まりやがって、なんだあ?」
ロジェは御者の方を見た。御者は暴れる馬を落ち着かせようと必死だ。
そのうち、同じ馬車に乗っていた男が叫んだ。
「おい、どうなってんだ!」
「暴動が起きているみたいで、道が塞がれているんですわ~。すみませんが、馬車はここまでしか走りません」
なんだよぉ、と文句を言う客が多かったが、全員が降りていく。こうしたトラブルは都市では珍しくはなかった。メリルもロジェも馬車をおりた。
「暴動なんて、また何が起きているのかしら」
「さあ? ちょっと見ていくか?」
メリルたちが歩きだすと、人だかりが見えてくる。新聞を握りしめて、列を作り、声を張り上げていた。
「ガブリエル王子を廃太子にしろー!!! 国のことを考えない王などいらない!!!」




