メーアスの恭順
腰を抜かす者や泣き出す者もいたが、一応の歓声と拍手は得られた。
まあ、初めてショーらしきものを披露したのだ。こんなものだろう。
俺はそう一人で納得しながらメーアスの代表達を見た。
「さて、どうだっただろうか。納得がいかないならもう少し大規模の魔術か何かをお見せしよう」
俺がそう言うと、ジロモーラが肩を落として首を左右に振った。
「もう充分だ。これ以上やられたら心臓が止まっちまう…いや、申し訳ありません。神の代行者様に大変な失礼を…」
ジロモーラは強張った顔つきでそう言うと、深く頭を下げた。
代表がそうした態度をとったのを見たせいか、居並ぶ兵士や住民達も慌ててその場で跪いた。
冒険者達に至ってはこちらを見ることも出来ない程深く頭を下げている。
咳一つ聞こえない静寂が降りる中、カレディアが居住まいを正して改めて跪いた。
「恐れ入りました。心の何処かで認められずにいた竜騎士という言葉を、今やっと理解出来た思いです」
カレディアはそれだけ言うと、震える手を地面につけて頭を下げた。
「これより、メーアスは竜騎士様の御国であるエインヘリアルの下につき、微力ながら誠心誠意、御国を盛り立てる協力を…」
「ああ、属国にはならなくて良いぞ」
カレディアの口上を遮り、俺はそう言ってフィンクルを見た。
すると、フィンクルは澄ました顔で頷き、口を開いた。
「おっと、俺としたことがその部分を説明していませんでした。いや、本当に申し訳ありません」
フィンクルがそう言うと、カレディアとジロモーラが怪訝な顔で目をフィンクルに向けた。
フィンクルは視線を受けたのを確認して頷き、説明を始めた。
「レン国王陛下は世界を纏める国際同盟という巨大な同盟を結ぶおつもりです。そして、空を飛ぶ、空輸という商品の搬送」
「こ、国際同盟…?」
「空を飛ぶって…」
カレディアとジロモーラがそれぞれ反応を示した。流石に商人が多いからか、メーアスの民の間でもそこかしこから驚きと疑問の声が上がっている。
俺はカレディアに顔を向けて口を開く。
「国際同盟は同盟に加入している国同士で協力して国を豊かにしようって話だ。もちろん、同盟に加入している国が戦争を仕掛けられたら他の同盟の国が援助する。つまり、我が国からも助けがいくということだ」
俺がそう言うと、カレディアは顔を上げて俺を見た。
「そ、それはつまり、先程のような魔術による援護も…」
「ああ、さっきの炎の竜巻くらいなら一回に100単位で撃てるからな。我が国から救援が出る時は期待していいぞ。援軍の数は少ないがな」
俺がそう軽口を叩いて笑うと、カレディアは引き攣った顔で驚愕していた。
「ひゃ、100…軍など意味を為さない訳ですね…それだけで、メーアスが同盟に入る意味があります。それに、軍を縮小して更に商売に力を注げるのはメーアスにとって最良とも言える話です」
カレディアの呟きを聞きつつ、俺はジロモーラに顔を向けた。
「空輸はまあ、いずれだな。どちらにせよ、ガラン皇国に売った奴隷を使う話でもある。まずは奴隷を回収して来い」
俺がそう言うと、ジロモーラは目を丸くして俺を見た。
「…それで奴隷を? しかし、飛翔魔術なぞ使える人間は数少ないのでは?」
ジロモーラにそう聞かれ、俺はサニーを横目に見た。
サニーは黙って頷くと、メーアスの兵士達を見て口を動かす。
聞こえないほど小さな声で呟かれた飛翔魔術の効果で、跪いていた兵士達の一部、およそ20人ばかりが一斉に上空へ浮かび上がった。
そして、ゆっくりと悲鳴混じりに騒いでいる兵士達が地上へ降りてくる。
「心配するな」
俺がそう言うと、ジロモーラはガクガクと頭を上下に振って頷いた。
さて、後の説明もしてさっさと同盟を…。
俺がそう思って口を開こうとしたその時、視界の端であの奴隷の猫の獣人の少女が上半身を起こした。
片方しか見えない目を半眼にし、辺りを見回している。
兵士達がまだ騒いでいる声がするせいで、奴隷の少女に気付いている人間は少ないが、気が付いた人間は大半が嫌そうに少女から視線を外した。
獣人だからか。それとも痛々しい傷を見ていられないからか。
俺はそんなことを考えながら少女に歩み寄る。
少女は近付く俺をボンヤリと見上げていた。
「名前は、アンリだったか?」
俺が尋ねると、アンリは頷いた。
「お前をあいつの弟子にしたい。どうだ?」
俺が単刀直入にそう言ってサイノスを指差すと、サイノスは舞台の上で両手を振ってアピールしていた。
アンリは暫くサイノスを眺め、また俺を見上げた。
「嫌か?」
俺がそう聞くと、アンリは首を左右に緩く振った。
随分淡々とではあるが、交渉は成立である。
あのSランク冒険者擬きの許可なんぞいらん。
「サニー、治してやれ。状態異常もな」
「うん」
俺の指示に返事をすると、サニーはアンリの側に近づき、回復魔術を行使した。
白い光が淡くアンリを包み、やがて収束する。
そしてそこには、目だけでなく見える肌の部分に無数にあった傷も全て綺麗に治ったアンリの姿があった。
前列でその瞬間を見ていた住民や兵士達は息を飲んで傷が治ったアンリの姿を見ている。
「……え?」
アンリは暫く目を瞬かせていたが、両手を目の前に持ってきて肌を見て、そして、両手を自分の目の辺りに持ってきて、瞼に指を置いた。
「…あ」
アンリは掠れる声で声を洩らし、自らの顔を指で撫でた。
「う…あ、あぅ…」
気が付けば、アンリは堪え切れないように声を洩らしながら涙を流していた。
両手で顔を覆いながら泣き噦るアンリを見て、住民達の中からも嗚咽が響き出す。
「サイノス。アンリを頼むぞ」
「お任せください、殿!」
俺がサイノスにアンリの世話を言いつけ、サイノスはアンリの側に走ってきた。
「拙者はサイノスだ。今日からお前の師匠になる。よろしくな。あそこにいる銀色のが兄弟子のダンだ。仲良くな」
サイノスはニコニコ笑いながらアンリにそう言った。
銀色のって、ダンの紹介が雑過ぎるだろ。
俺はご機嫌なサイノスに呆れつつ、メーアスの代表達を振り返った。
「さて、それで同盟の話だが…」
俺がそう言いながら代表達を見ると、フィンクル、カレディア、ジロモーラの3人は並んで跪き、頭を下げていた。
「竜騎士様の奇跡、確かに見せていただきました」
フィンクルが少し声を張ってそう言った。
「その御力だけでなく、その御優しい御心に、我々は大きく心を動かされました。これまでの非礼、どうぞ御許しください」
続いてカレディアがそう言った。
「竜騎士、レン様。レン様は本当ならば力で世界を思うがままに出来るのでしょう。ですが、レン様は敢えて我々と同じ目線で話し、対等な協力関係を築かれようとしておられます」
そして、ジロモーラがそう口にした。
ジロモーラの言葉の終わりに、3人は揃って顔を上げ、俺を見上げる。
「是非とも、同盟に加入させて頂きたく思います」
最後に、カレディアがそう言って3人はまた頭を深く下げた。
俺は3人を見下ろし口の端を上げる。
「対等じゃないぞ。不平等条約を結ぶからな」
俺がそう言って笑うと、代表の3人は顔を上げて固まった。
フィンクルだけは渋い顔をしていたが。




