奥に潜むモノ
広大なダンジョンの中で火にあたりながら、俺は口を開いた。
「その肉もう焼けたんじゃないか?」
誰にともなくそう尋ねると、サイノスが嬉しそうに頷いた。
「はっ! もう丁度良い焼け具合かと!」
そう言って地面に刺した串を抜き、焼けた肉をこちらに差し出す。
「他のもそろそろだね」
ラグレイトが涎を垂らしながらそう言い、エレノアが頷く。
「美味しそうですね。私は切り分けて食べますが、ご主人様はどうされますか?」
エレノアのそんな質問に、俺は不敵な笑みを浮かべた。見れば、サイノスとラグレイトも同じような笑みをエレノアに向けている。
「この大きな肉の塊に、そのまま齧り付くのが男の浪漫!」
「流石は殿!」
「女子供には出来ないことだね」
そう言って三人それぞれの肉に齧り付くと、エレノアは目をパチクリと瞬かせた。
「ラグレイトは子供のような外見ですが……」
そんなことを呟きながら俺を見て、エレノアもそのままの状態の肉の塊に齧り付く。パリパリに焼けた皮の部分と一緒に肉を噛みちぎり、食べる。
俺達がそんなエレノアの珍しい姿を眺めていると、エレノアは少し照れながら口を開いた。
「確かに、こういった食べ方も美味しい、気がします」
そう言ってまた肉に噛み付くエレノアに笑いながら、俺達も肉を食べた。
レッドリザードの肉も鱗を剥がせば中々美味いものだ。いや、プラウディア特製のタレのお陰か。
プラウディアには何かお土産を買って帰るとしよう。
と、食事休憩を終えた俺達は凍らせて火の始末をし、改めてダンジョンの奥に目を向けた。
モンスターは時折目に付くが、どれもボスといった雰囲気は無い。
「これだけ大きな空間だから、何処かに目立たない寝床があるかもな」
「もしかしたら更に地下へ続くかも」
ラグレイトのそんな台詞に、曖昧に頷きながら水の流れを追う。
滝やら水中の大型モンスターやらを見る限り、地底湖と水竜の組み合わせを連想していたが、壁の中へ消える小川の行き先を見る限りそれは無さそうである。
「更に地下へ、か。それなら何処かに階段か巨大な落とし穴があるか」
そう言うと、サイノスが一歩前に出た。
「落とし穴! それでは、試しに探してみましょう!」
やる気に満ちた発言をしたサイノスは、突如として走り出す。
「落とし穴は何処だぁあああっ!」
奇声をあげながら土煙が巻き起こりそうな全力疾走を見せるサイノスに、ラグレイトが爆笑し、エレノアが呆れた顔になった。
「落とし穴に自分から落ちに行く者も珍しいですね」
「……もっとこう、空中から岩だったり氷だったりを降らすとか、やり方はありそうだよな」
エレノアとそんな会話をしてサイノスを眺めていると、不意にサイノスの姿が消えた。
「お!」
本当に落とし穴に落ちたか。
そう思った直後、地面から射出されるように勢い良くサイノスが飛び出した。
「ぬぅおぉおおっ!」
いつの間にか刀を抜いたサイノスが空中で身を翻していると、地面を震わせて巨大な何かが姿を現す。
水飛沫のように土砂が捲き上り、皆は地中から出現したモノの正体を見極めようと目を細めて構えた。
鋭い爪と巨大な身体。全身は硬そうな毛に覆われており、丸い目がギラリと光った。
「って、ドラゴンじゃなくて土竜かよ!」
俺が大きな声で文句を言うと、エレノアとラグレイトが首を傾げる。
そう、現れたのは土竜型モンスターである。
ドラゴンタイプのモンスターばかり出るダンジョンだから完全に騙された。
というか、冗談のようなボスの配置である。
まぁ、サイズは大型のドラゴンにも引けを取らない巨大なモグラであり、空中にいるサイノスと爪で交戦出来る戦闘力は馬鹿に出来ない。
しかし、この脱力感はどうしようもなかった。
「元から薄かった緊張感が皆無になった。俺はここで見てるから、二人もサイノスに加勢してきて良いぞ」
この見通しの良い空間で護衛も要らないだろう。そう思って二人に指示を出したら、まずラグレイトが飛び出した。
「行ってきまーす!」
そして、エレノアが一礼してから巨大モグラに顔を向ける。
「見ていて下さい。私が仕留めて参ります」
そう言い残し、矢のような速度でエレノアも突撃していった。
サイノス達にやたらと対抗心を燃やすエレノアに疑問符を浮かべながら、その場に胡座をかいて座り、戦いを観戦する。
モグラは意外にもかなり素早く、自分が出てきた穴に潜ったりとトリッキーな動きで三人と交戦していた。
だが、穴に隠れたらエレノアが炎系の魔術をつかって炙り出すので、すぐに決着はつきそうである。
と、そんな呑気なことを考えていると、地面が大きく揺れ始めた。
地鳴りが聞こえたと思ったら、その音も振動もどんどん大きくなっていく。
「まさか」
そう呟いて地を蹴った瞬間、俺が座っていた地面が音を立てて裂けた。
飛翔魔術を行使して空中に避難している間にも、地割れは瞬く間に広がり、真っ暗な地中から鋭い爪が突き出した。
まるで噴火のように捲き上る土砂に当たらないように高く浮き上がると、鋭い爪は後を追って迫ってきた。
「二体目かよ!」
爪を回避しながら、巨大モグラの尖った鼻と丸い目を見て怒鳴る。
「くそ、モグラ鍋にしてやる」
そう呟きながら剣を抜いたものの、ある疑問が頭の中で浮かび上がった。
モグラは食べられるのだろうか。
食用モグラなど聞いたことが無い俺は、大きな不安を胸に剣を振るったのだった。
二巻校正作業中です!
頑張るぞー!




