レンレンの能動的1日。(伯爵の受動的な1日)
レンレンの朝は遅い。
なにせ夜中まで搾り取られる確率が66パーセントにも及ぶからだ。
それでも、レンレンはハイポーションを栄養ドリンクがわりに飲み干して顔を顰める。
「まずい、もう一杯」
レンレンはそう言って爽やかな笑顔を…
「何をしておられるのでしょうか?」
不意にそんな言葉を掛けられ、俺は現実に引き戻されてしまった。
顔を向けると、凍てつくような目で俺を見るプラウディアが立っていた。
俺とプラウディアがいるのは玉座の間の裏に設置してあるジーアイ城内で唯一の和室である。
エレノアに全ギルドメンバーを一時的に集めさせている最中に現実逃避がてら和室に避難していたのだ。
と、俺を蔑むように見つめていたプラウディアが、まるで名案を閃いたといった顔つきで顔を上げて口を開いた。
「ご主人様、お疲れのようですね。今日の夜は僭越ながら私達メイドが総掛かりでお身体のケアにつとめさ…」
「遠慮させて頂こう!」
俺はプラウディアの提案を最後まで聞かずに否決し、玉座の間に戻った。
「あ、ご主人様。全員揃っております」
俺が玉座の間に戻るとエレノアが弾むような声で俺に報告した。
見れば、玉座の間に立って整列するギルドメンバーの姿がある。
俺は玉座の前に立つと、皆を見下ろした。
どうでも良いが、どこぞの悪の軍団みたいだな。
そんな場違いなことを思いながら、俺は口を開く。
「昨日、少々問題が起きたことを知っているか」
俺がそう言って皆を見ると、先ほどの決定を知らない者達の過半数が困惑したように顔を見合わせた。
俺は全体を見回して、また言葉を続ける。
「俺達のことを知らないから仕方の無いことだが、ランブラスに行っていた俺とサイノス、セディア、サニーが少々侮られている」
俺がそう口にすると驚きの声が上がる。いや、相手の立場からすると当たり前だと思いますが。
「まあ、ランブラスに行った俺達4人は、何処から来たのかも分からない傭兵崩れの冒険者だ。貴族からすれば、下民の中のただの腕自慢とでも思ってるかもな」
俺が冗談を言うようなノリでそう言ったが、見る限り全員の目に憤怒の炎が宿った。
その空気に、俺は咳払い一つして真面目な表情に切り替えることにする。
「俺達は新人冒険者だが、優秀な冒険者であろうと貴族からすれば自国の民だ。伯爵にとってみれば自領に住んでいると思っているのだから、どう考えても自分達の方が立場は上と判断するだろう。強いて言えば、使える者達ならば他の地に行かれないように召抱えるくらいに思っているかもしれんな」
「ご主人様を、召抱える?」
俺の台詞に何か感じたのか、斜め後ろに立つエレノアから小さな呟きが聞こえた。
そうか。神と同義などと言っていたから、俺を伯爵が部下にしようとするなど考えつかないほどの不敬なのか。
成る程などと内心納得していたのだが、玉座の前に殺気が瞬く間に充満していくのを感じた。
俺は部下が暴走しないように慌てて話しを進めることにする。
「それはさて置き、大国であるレンブラント王国の国境にあたる領土を任される辺境伯だ。そんな上級貴族が、こちらを格下に見ない相手…同等以上の貴族か、王国が無視できない規模の他国の王族といったところか」
俺がそう言うと、玉座の前に広がった殺気が少し収まる。
何となく、話のオチが理解出来たのだろう。
俺はその流れのまま、急遽決めた目標を皆に発表する。
「つまり、俺達の国を作れば解決だ。そうだろう?」
俺がそう告げると、玉座の間に感嘆の声が次々と上がった。
エレノアは静かに俺の隣に進みでると、俺に対して片膝をついた。
「我々をお創りになり、ギルドをお創りになり、様々な武具、アイテムをお創りになり、この城さえお創りになられたレンレン様です。むしろ、ついに一国の主になられることを決意していただき、私達は万感の思いです」
エレノアはそう言って平伏した。
俺は膝を折って姿勢を低くし、そんなエレノアの肩を軽く叩いた。
「これから忙しくなるが、頼むぞ」
「は、はい! お任せください!」
エレノアの返事を聞いた俺は立ち上がり、居並ぶ部下達に顔を向ける。
「まずは、グラード村に向かう。そこからランブラスに向かう途中に伯爵はいるだろう。伯爵を騎士団諸共殲滅するのは簡単だが、それでは無闇に混乱を招くだけだろう。伯爵や部下の貴族、騎士団全てをこのジーアイ城に招き入れる。招く先は、地下にある偽玉座の前だ」
俺がそう口にすると、部下達は委細承知とばかりに深く頷いた。
「まだ集まらんのか」
私は側仕えしている上級騎士のザクソンにそう呟くと、ザクソンは恐縮しきった様子で短く返事を返した。
「はっ! 我がランブラス常駐騎士団は集合を終えておりますが、朝方到着予定でしたボワレイ男爵の騎士団がいまだ到着しておりません!」
「もう昼前ぞ…あの馬鹿ものはあれで良く王都に食い込もうとしたものだ…」
私はそう言って溜め息を吐いた。
窓から見える景色の中には準備を終えた騎士団が時間と共に弛れていく姿が見えた。
ボワレイ男爵は歴史のある大貴族の分家であり、男爵でありながら中々に価値のある領地を持つ立派な領主だ。
我が王国において領土を持つ男爵はボワレイだけだから、その本家の威光も分かるというものだ。
なぜ、その状況でボワレイはまだ男爵なのか。
使えないからだ。功績を挙げるだけの頭が無い。
だが、野心だけはあるせいで様々な場所に顔を出して権力を誇示し、ついに王都にて爪弾きにされかけた。
普通なら見捨てる典型的なダメ貴族だが、こと私にとってだけは利用価値がある男だった。
今現在、密かに進めている事柄があるのだが、そこまで重要な立ち位置では無いとはいえ、確実に失敗は許されない場所だ。
しかし、あまりの体たらくにその利用価値にすら陰りが見えてきた気がする。
「全く…奴に任せて良いものか…いや、数合わせと割り切るか…」
私が周りに聞こえないほど小さな声で作戦の修正に関して口にしていると、ドタバタと品の無い足音が響いた。
「も、申し訳ありません! 全く、せっかく騎士団長に任命してやったのに使えない奴で…」
ボワレイはさも自分の責任では無いといった態度をとりながら私の前に来た。
こやつ、斬首してやろうか。
しかし事故に見せかけて殺したとしても計画に大きな遅れが出るだろう。
「…まあよい。街の西側に集結させよ。すぐに行動に移せよ」
「は、はは、 はい! 今すぐに!」
ボワレイは私の低い声に機嫌を察したのか、逃げるように退室していった。
私はボワレイの無様に走り去る背中を見て、やはりこやつを切り捨てるべきか思案を重ねていた。
街の西側に集結したランブラス常駐騎士団540名。
ボワレイが自分から言いだして用意した騎士団1820名。
私は百に満たない傭兵団討伐に出るとは思えない一軍を眺めて深く溜め息を吐いた。
「本物の馬鹿かあの男は」
「そうでしょう…と、申し訳ありません」
私の呆れ声に律儀にザクソンが同意して謝罪した。普通なら罪に問われるほどの不敬だが、こういう場合にはむしろ貴族的といえよう。
私はザクソンの返事に失笑すると、なんとも言えない心地でボワレイの用意した騎士団を見た。
主人であるボワレイに蔑められていたが、騎士団長が中々出来る者なのだろう。
よく鍛えられた兵士特有の自信と緊張感だ。整列も綺麗なもので音も立てていない。
ボワレイは事故死したとしても奴の騎士団は無傷で欲しいところだな。
私がそんなことを考えていると、急に騒めきが起きた。
「なんだ?」
私がそう聞いても、ザクソンは呆気にとられたように口を開けたまま、私の背後を見ていた。
ザクソンの視線に引かれるように背後を振り返った私の目には、信じられない光景が映し出された。
無数の人間が空から舞い降りてきたのだ。




