聖竜王とカラードラゴン
白い二十メートル級の竜を見上げ、俺は剣を片手でもって刃の部分を肩の上に乗せた。
「サイノス、お前はコンペイ刀を持ってレッドドラゴンを、ラグレイトとソアラは他の二体を共同で倒せ。俺は竜の王と戦おう」
俺がそう言うと、アルドガルズが眼だけで俺を見下ろした。
「……まさか、一人で我と戦う気か? 我の温情を期待しているのなら、それは無駄である。そこの子竜ならばともかく、脆弱な人間では戯れの一振りでも四肢が千切れよう」
アルドガルズにそう言われ、俺は片方の眉を上げて笑う。
「意外と人間の中にもドラゴンと戦える奴がいるぞ?」
俺がアルドガルズにそう言うと、アルドガルズは目を細めて俺から視線を外した。
目の向く先にはサイノスとソアラの姿がある。
「……獣人達か。確かに千年か二千年前に初めて獣人達に出会った時は驚いたものだ。僅か百ほどの数で我が同胞と互角に戦ってみせたぞ」
アルドガルズはそう言ってサイノスとソアラを眺めている。
「へぇ。あいつらの実力をそのくらいと見積もってるなら痛い目を見るぞ? まぁ、試しに見てると良い」
俺が笑いながらそう告げると、アルドガルズは黙って俺の顔を一瞥した。
【サイノスの戦い】
「これは阿理我刀、これは御眼手刀、これは井伊洲多阿刀……あった! コンペイ刀!」
サイノスがそう言って反りの無い直刃の刀を空中から取り出すと、ソアラが首を傾げながら黒くて大きな扇子を取り出した。
「整理整頓しないとダメでしょう? 我が君から戴いたものなんですから」
ソアラがそう言って扇子を軽く振り顔の前で広げると、サイノスが笑いながら刀を握り直し構える。
「今回は普段と違う武器を入れてきたからな。手間取ってしまった。さあ! レッドドラゴンはどいつだ!?」
サイノスが声を張り上げて空を見上げると、竜達は一斉にレッドドラゴンに顔を向ける。
「……カラードラゴンなんですから、見れば分かるでしょうに」
ソアラが呆れながらそう呟くと、サイノスは素直に頷く。
「うん、それはそうだ! うっかりしていたな」
サイノスは一人で納得して上機嫌に笑い、レッドドラゴンに向かって歩き出した。
「さぁ、やろうやろう! 言っておくが拙者は強いぞ? 全力で掛かってこい!」
サイノスが尻尾を振りながらそう言うと、レッドドラゴンは鼻を鳴らして身体を反転させた。
レッドドラゴンの背中がサイノスに向いた途端、レッドドラゴンの尾の先端が鞭のようにしなった。
無造作ながら鋭い尾での一撃が空中からサイノスに迫る。
が、サイノスはその尾をするりと躱し、刀を振った。
ストン、と音が聞こえそうな程簡単に、サイノスの刀の刃はレッドドラゴンの尾の先端を切り落とした。
レッドドラゴンが目を見開いて吠え、サイノスは刀の先を揺ら揺らと揺らしながらレッドドラゴンを見上げる。
「だから言っただろうに……さぁ、次は本気で掛かってこい!」
サイノスが苦笑しながらそう言うと、レッドドラゴンは怒りの咆哮を上げてサイノスに突進した。三十メートル級の巨大な竜が爪と牙を剥いてサイノスに迫る。
その吶喊を、サイノスは飛び上がって躱した。地を蹴り、大きく開かれた口から伸びた巨大な牙を刀で弾いて更に上空へと舞い上がる。
レッドドラゴンを上から見下ろす形となったサイノスは、空中で縦に回転しながら翼の片方を斬りつけた。
根元から斬り裂かれた片翼は地に落ち、レッドドラゴンのくぐもった声が上がる。
「ぬん!」
サイノスは地面に腹を付けた竜の背中に乗り、気合いを入れて刀を振った。
その一刀でもう片方の翼をも失ったレッドドラゴンは首を回して背中に乗るサイノスに牙を立てようと動く。
「せい!」
サイノスは素早く背中の上から飛び降り、地上を転がって距離をとった。
すると、怒りに目を血走らせるレッドドラゴンが口を開き、口内から真っ赤な炎をチラつかせ始める。
「おいおい。竜の国をそこに住む竜が壊すつもりか……」
レッドドラゴンが地上でブレスを吐こうとしていることに気が付き、俺はサイノスに声を掛けた。
「サイノス! 撃たせるな!」
俺が指示を出すと、サイノスは刀を掲げて走り出した。
「ガッテン承知!」
サイノスは謎の返事を残すと、刀を地面と水平に振りながら叫んだ。
「『百槌氷柱』!」
サイノスがスキル名を叫んだ途端、刀は青白い冷気を発して薄く発光した。
直後、レッドドラゴンの足元から地面を突き破って無数の氷山が突き出る。その氷山の出現に大地が揺れ、轟音が山々に響いた。
鋭く尖った氷山の先端に身体を貫かれた赤い竜は血に塗れて後方へ倒れ込み、動かなくなった。
そのあまりにも衝撃的な光景に竜の国を静寂が支配する。
「ソアラ、治療してやれ」
その静寂の中で発した俺の言葉は想像以上に良く響いた。ソアラは返事をして瀕死の竜の下へ歩いていくと、回復魔術を行使する。
淡い光が竜の身体を包み怪我が見る見る間に治っていく。僅かな間に全快した竜の背中からは、失われた筈の翼まで生えた。
その様子に絶句する竜達を見回し、俺は頷く。
「よし。次はお前達だな」
俺がそう言って他のカラードラゴンを見やると、二体のカラードラゴンは無言で俺を見た。




