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最強ギルドマスターの一週間建国記  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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帝国の新皇帝

【新皇帝の保護者】


「どうか、よろしくお願い致します」


 年配ながら、若かりし頃は宝石のように綺麗だったのだろうとうかがえる女性が、そう言って私に頭を下げる。


 私は慌ててその女性に頭を下げ返す。


「ご、ご安心ください。私が全力で皇帝のお手伝いをさせて頂きます。お母上様も、気をしっかりお持ちください」


 私はそう言ってから顔を上げ、新たに皇帝になった顔も知らない弟の母親を見た。


 小柄な、優しそうなお母さんだ。笑えばとても可愛らしいお母さんだろう。


 ただ今は、これまでの生活が一変したことへの疲れが顔に出ている。


「あの子が、まさか皇帝になるなんて……リュシアス様の血は引けど、ただの踊り子だった私の子だからそんな教育なんて全く……」


 帝国から僅かばかりの援助を受けて子を育てた母の気持ちなど、子供どころか一度会っただけの婚約者しかいない私には分かるわけも無い。


 だから、せめて皇帝が、実の兄や姉から暗殺されないように、食い物にされないように、私が目を光らせておこう。


 私は長兄と次兄、長女の三人を思い浮かべ、口を引き結んだ。


 私は殺されないように大人しくしていたが、以前から三人は帝位を争ってよく揉めていた。これまでは口論や牽制で終わっていたが、それは父上が健在だったからだ。


 急に皇帝の地位を取り上げられた今、あの三人が何をするか分からない。


 もし暗殺するなら第一候補に新たな皇帝になった義理の弟だろう。上級貴族のように自ら雇った私兵や側近などいないのだから、暗殺はかなり楽だ。


 そして、第二の候補は私だ。皇帝の暗殺は露見するリスクが高過ぎるが、私を殺して皇帝の後見人になるというのは最も現実的な案という気がする。


 そんなことを考え、私は廊下を進みながら唾を飲み込んだ。


 皇帝の私室の一つに着き、周囲に立つ警備兵を横目に、私は扉をノックする。


 部屋の中から扉が開かれ、私は近衛兵達に出迎えられる。


「フリエッタ様。どうぞ、お入りください」


 私を見た近衛兵は皇帝に一言も無く、私の入室を許可した。


 そのあまりの扱いに思わず唖然としたが、努めて何も口にせず、私は皇帝の私室へと入る。


 中に行くと、部屋の中を囲むように四人の近衛兵が立っており、真ん中の執務机には新たな皇帝の少年が心細そうに座っていた。


 レモンド・アルティナス。つい先日までは皇帝の家名を名乗れなかった、ややもすれば落胤となる筈だった庶子。


 しかし、稀代の皇帝と言われた父上の男らしい目元と、時の皇帝すら惹き寄せた美貌の踊り子の面影を持つ、金髪碧眼の見事な美男子だ。


 自信無さげに垂れた眉尻と竦みっぱなしの首がなければ、大勢の人々を導くことの出来る魅力を発揮するだろう。


 そして、そのレモンドの隣には、新皇帝の選別の時から帝都に居座る国際同盟が派遣した女性が立っている。


 肩までかかるほどの茶色い髪に珍しい衣装の美しい女性である。名前はミレーニア。私よりも少し歳上といった見た目なのに、そんな若さでインメンスタット帝国という大国の後継問題とその後を任されるという逸材だ。


 子供の頃から政治を勉強してきたような女性なのだろうか。ただ、どうせなら騎士団長級の護衛を十人は用意して欲しかった。


 私がそんなことを思っていると、レモンドが心配そうな顔で私を見上げた。



「フリエッタさん、僕……玉座の間に行きたくないよ……」


 レモンドが泣きそうな声でそう言い、私は出来るだけ優しく微笑んで執務机の前に立った。


「皇帝様でしょう? 執務机の上にある報告書の処理も大事ですが、重要なお客様が来たなら皇帝自らお相手しなくてはいけないこともあります」


「で、でも……」


 私が突き放すような言葉を口にしたせいで、レモンドは目に涙を浮かべて唇を震わせる。


 その様子に少しドキドキしながら、私は咳払いを一つして口を開いた。


「大丈夫です。近衛兵もいますし、私も隣にいます。謁見に来られるのは貴方の兄上ですが、貴方よりも位は下です。気を強く持っていきましょう」


 私がそう言うと、レモンドは周りの近衛兵に視線を向け、最後に怯えた顔を私に向ける。


 ああ、可愛い。


 一人っ子の私はか弱い弟が出来たような気持ちになり、少し嗜虐心をくすぐられながらレモンドに微笑んだ。


「任せてください。私の私兵を玉座の間に揃えています。近衛兵には兄上の背後に立って貰いましょう。そうすれば万に一つも危険はありません」


 私がそう言うと、レモンドはホッと一息吐き、はにかむような笑顔を見せた。


 思わず、鼻血が出そうになった。






 玉座の間で椅子に座るレモンドと、その左右を固めるように立つ私とミレーニア。


 そして、玉座から階段下までの左右の壁に立つ私の私兵達。


 玉座の間の前にも私の私兵は配置しているし、近衛兵も通路を塞ぐようにして立っている筈だ。


 私がそう思って兄上が来るのを待っていると、通路で激しい物音が聞こえた。


「ま、まさか……!?」


 私がそう口にした瞬間、勢い良く玉座の間の扉が開かれた。


 そして、先頭を近衛兵が、その後を青と銀色の美しい鎧をきた兵士達が雪崩れ込んできた。


 私の私兵達が慌てて私たちの前に陣取るが、どう見ても多勢に無勢だ。


「……は、叛逆!」


 私がそう口にすると、レモンドが息を呑む声がした。


 まさか、帝国が大惨敗したという国際同盟の決定に逆らうと言うのか。それをしてしまったら、この国がどうなるか。それを兄上は分かっていないのか。


「叛逆……叛逆、だと?」


「兄上……」


 玉座の間に、紋章の入った白いローブを着た魔術士達を連れて、兄上が入ってきた。


 美しい金髪を後ろに撫で付けた、黄金の獅子とも呼ばれる強く賢い兄上。苛烈な性格はしていても、まさか帝国の未来を破壊するような選択をするとは。


 私がそう思って兄上を睨むと、兄上はレモンドの姿を見て目を細めた。


「……このような、他所の国に好きなようにされる国が、我らがインメンスタット帝国なのか? そのような矮小な存在として扱われるくらいならば、決死の覚悟で戦い、帝国の誇りを見せつけねばならん。そう思わないか?」


 兄上はそう言って、一歩前に出る。


「そんな! 兄上は先の大敗をご存知の筈です! 万に一つも無い可能性に賭けて、帝国を潰すようなことは……!」


「この馬鹿者が! お前には帝国の皇帝の血を引いているという誇りは無いのか!?」


 私の声を、兄上の怒鳴り声が遮った。昔から兄上達には近付かないように、怒られないようにしていたから、兄上にこんな剣幕で怒られるのは初めてだった。


 恐怖で指先が震えるが、私がなにも言えなくなれば、レモンドはもっと怯えてしまうだろう。


 私は歯を食い縛り、手を握り締めてレモンドの前に出る。


「馬鹿なのは兄上でしょう! 我々の自己満足で民の未来を断つような真似を!」


 私がそう言うと、兄上は私を見下すような目で見た。


「……そこまで愚かだったか、フリエッタ。帝国とは、初代皇帝が群雄割拠の時代に興し、歴代の皇帝達によって世界一の大国までになったのだ! その歴史を踏み躙るくらいならば、民とて帝国民として誇りある死を望むというもの! 貴様のその下らない考えが帝国を本当の終焉へと赴かせると何故分からない!?」


 兄上の演説に、兄上に付いた近衛兵達が深く頷く。その兵士達の怒りに燃える眼を見て、私はたじろいでしまった。


 すると、兄上は嘲笑うようにレモンドを指差す。


「卑しい身にも拘らず皇帝を名乗っておきながら、謁見に来た者よりも先に玉座で待ち、更には自らが座する帝位に異議を唱える者を見ても何も口にしない。そのような者は皇帝の器ではない!」


 兄上はそう言って、片手を挙げた。その手が振り下ろされた時、私達の命運は尽きるのだろう。


 せめて、言葉だけでも反撃を。


 そう思い口を開いた私の前に、ミレーニアが立った。


「……さて、御託はそれくらいでしょうか? ならば、私が国際同盟を代表して、貴方達に判決を言い渡しますが」


 ミレーニアが澄んだ声でそう告げると、兄上が呆気にとられたような顔になって動きを止めた。


 私も同じような顔をしているかもしれない。


 何故、このような絶望的な状況で彼女はそんなことを口にしたのか。舌戦で、この場を切り抜ける自信があるのだろうか。


 どうして、まるで午後の雑談のような雰囲気で立っているのだろうか。


「……は、ははっ! 気でも触れたか? 雑多な国が寄り集まって遂に帝国に勝てるようになったと言っても、今この瞬間に国際同盟とやらが貴様らを助けることは出来ない。この玉座で偽物の皇帝を下し、この私が真の皇帝となる。この流れは神だとて止められはしないだろう」


 兄上が高らかに笑ってそう宣言すると、ミレーニアは首を軽く傾げて兄上を見下ろした。


「……さて、私の知る神は慈悲深くも猛々しく、誰よりも聡明なる存在ですが……貴方のような馬鹿で矮小な勘違い男が、神の思惑から逃れることが出来る、と? ふ、ふふふ! あまりにも滑稽でしょう?」


 何を思ったか、ミレーニアはまるで兄上を……いや、明らかに兄上を罵倒し、扱き下ろしてしまった。


 兄上の顔が見る見る間に赤く染まり、ミレーニアを殺意の篭った目で睨み上げる。


「きょ、狂人が……! 最も高貴なる皇帝の血を濃く継いだこの私に、何を……!」


「まだ掛かってこないのでしょうか。人の言葉を覚えたから嬉しくて仕方が無いのでしょうね、この豚は」


 怒り狂う兄上の恐ろしい形相を見ても、ミレーニアは笑顔を絶やさずに更なる罵詈雑言を口にして、私に顔を向けた。


 そうか。最後に兄上に……。


 私はミレーニアの気持ちを汲み、大きく頷く。


「ええ、まさに……ブーブー煩いくらいです」


 私が震える声でそう言うと、兄上の顔は鬼のようになった。


「き、貴様らぁああっ!」


 兄上が叫び、双方の兵達が剣を構える。この状況で私達を裏切らない私の兵に、私は涙が出そうになる。


 と、一触即発の空気の中、レモンドが椅子を立った。可哀想なほど全身を震わせて、レモンドは兄上に向かって口を開く。


「お、お、お願いです! た、戦いは止めてください! ふ、フリエッタさんを殺さないで! ぼ、僕は殺されても良いから……」


 レモンドはガタガタと音が聞こえそうな程震え、そう懇願した。


 私はその姿を見て、頷く。


 為政者としては失格だろう。取引にもならない言葉だ。


 だけど、私は嬉しかった。だから、私は命を懸けて、初めて出来た弟を守るのみだ。


「逃げなさい、レモンド。私が、私達が出来るだけ時間を稼ぎます。何とか城を出て、お母さんを連れて商人ギルドに向かいなさい。そうすれば、そこには空輸というものを始める為に国際同盟の方がいらっしゃいます」


 私がそう言って、魔術を行使するべく詠唱を始めると、兄上が口を開いた。


「殺せ」


 兄上がそう呟くと、兵士達が動き出し、魔術士達が詠唱を開始した。



 そして、次の瞬間、兄上の兵士達と近衛兵、そして魔術士達が胸と頭に矢を受けて倒れた。



 何も見えなかった。


 いや、私の前に立つミレーニアが、何処からか白い弓を取り出し、何かをしたのは見えた。


 次の瞬間には、兄上の手勢は全て失われ、呆然と立ち尽くす兄上だけが立っていたのだ。


「……な、何が起きた?」


 先程までの怒りなど何処に消えたのか、兄上は掠れた声でそう言って、ミレーニアを見上げた。


 ミレーニアは弓を下げると、口の端を上げて微笑む。


「私も、末席ながら神の代行者の従者と呼ばれる存在です……このような下の下といった相手ならば、一万でも二万でも一人で屠ることが出来ます」


「ば、馬鹿な……」


 ミレーニアの台詞に兄上は引き攣った顔で笑おうとした。それを見て、ミレーニアが意外そうに頭を捻る。


「豚にしては賢いと思っていましたが、買いかぶりでしたか……まぁ、どちらにせよ、貴方に生きる道はありません」


 ミレーニアがそう言って弓を持ち上げたと思った時には、もう兄上の身体には無数の矢が突き刺さっていた。


「後顧の憂いを断っておかないといけませんからね」


 ミレーニアがそう言って笑いながら、私やレモンドを振り返り、私は壊れた人形のように何度も頭を上下に動かした。


 言葉も出ない。


 戦争での士気向上の為の妄言と言われてきた神の代行者とその国の噂だが、ミレーニアを見て確信した。


 神の代行者は実在する、と。


 そして、神の代行者が与する国際同盟に逆らえば、帝国に未来は無いだろう、と。



恐怖政治が、今始まる…!



※長くはありませんが、新作を書いています!

興味がありましたら是非御一読ください!

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