開戦
レンブラント王国とインメンスタット帝国の国境より数キロ東に位置する平野には、緩やかな丘が幾つかある程度の起伏しか無い、広々とした草原地帯が広がっていた。
その広い草原を、無機質な鎧姿の者達が取り囲むように並び立っている。
地平線を埋め尽くさんばかりの人、人、人。
西には、衣装や装備だけでなく、人種までバラバラなレンブラント王国率いる同盟軍。
対して、東には長い槍を構える鈍色の鎧姿の兵士達と、後方に控える弓使いや黒いローブ姿の魔術士隊という構成のインメンスタット帝国軍である。
帝国軍は三十万という大軍勢の力を遺憾無く発揮するべく、長方形の横長な陣形を組んでいる。恐らく、まっすぐにぶつかって同盟軍をすり潰す気だろう。
同盟軍の陣形はかなり特殊で、帝国軍に比べたら紙切れのように薄い長方形の陣形が二つ、大きく離れて左右に配置されている。
王国軍の兵達による千人ずつの部隊と、獣人達による部隊が前列に並んでおり、背後にはエルフなどを含む魔術士隊が配置されていた。
もっと密集した陣形がメインなのかと思っていたが、どうやら魔術による広範囲攻撃がある為、過度に密集した陣形はどの国も使わないらしい。
ただ、今回の帝国軍の場合は人数が人数ということもあり、一直線に並べて突撃する戦法をとるに違いない。
本来ならば地形を生かして少数でも対抗出来るように山や森などに誘い込んだり、籠城して粘ったりと、物資を多く得ることのできる同盟の強みを見せつけたりする場面の筈だ。
だが、この戦いに限っていえば、それは不正解となる。
なにせ、同盟が出来て最初の戦争なのだ。他の国が是が非でも同盟に入りたくなるような、圧倒的な勝ち方をしなくてはならない。
それも『エインヘリアルだけでなく他の国も目立たせつつ』でないと意味が無い。
同盟に参加する全ての国が協力し合って結束を深める。帝国はその為の材料でしかないのだ。
とはいえ、実際にやるのは難しいのだが。
そこまで考えて、俺は肩を竦める。
「まぁ、何とかなるか」
上空から戦場を眺めていた俺はそう呟くと、ドラゴンの姿になっているラグレイトの背を軽く叩いた。
俺の合図に応えるように一鳴きしたラグレイトは、ゆっくりと地上へ降下を始めた。
降りるのは二つに分かれた同盟軍の丁度中心である。
空から降りてくる黒いドラゴンの姿に、遠くにいる筈の同盟軍から歓声が聞こえてくる。
そして、地上に降り立った俺を見て、ホッとしたような表情を浮かべたクレイビスが口を開いた。
「おお! お待ちしていました、レン国王陛下!」
「待たせたか」
俺はクレイビスにそう返事をして笑い、ラグレイトから飛び降りる。
苦笑するクレイビスとフィンクル、カレディア、ジロモーラのメーアスの代表達に顔を向けて、 俺は口を開いた。
「良く逃げ出さずに待っていてくれたな。かなりのプレッシャーだっただろう?」
俺がそう尋ねると、フィンクルが地平線を埋め尽くすような帝国軍のいる方向に視線を向ける。
「レン殿の力を知らなかったら、絶対にこの場には居なかったでしょうね」
フィンクルがそう言うと、ジロモーラが鼻を鳴らしてわざとらしく身体を震わせた。
「そりゃそうだろう。三十万対五万だぞ? 派手な自殺としか思えないのが普通だな」
ジロモーラがそんな皮肉を言うと、カレディアが溜め息を吐いた。
「私も気が付けば戦場に来ることを厭わない程に毒されてしまいました。ですが、兵士以外の我々をこの場に呼んだこと。この効果は後に大きくあらわれることでしょう」
カレディアがそう言って今度は帝国軍とは反対側に目を向けると、そこには明らかに兵士とは違う格好の者達が並んでいる。
物資を山積みにした馬車と、その持ち主であるメーアスの行商人達である。彼らは同盟軍の後方にも配置されていて補給部隊として動いてもらっている。行商人達の顔は強張ってはいるが、それでも何とか逃げずに居てくれている。
俺はその様子を確認すると、口の端を上げてアイテムボックスから剣を取り出した。
「さあ、そろそろ相手も動きそうだ。クレイビス王。号令を頼む」
俺がそう言うと、クレイビスは顎を引いて胸を張った。
「……分かりました。それでは……ん、んん!」
クレイビスがそう前置きしてから咳払いをすると、側近の近衛兵達が居住まいを正して整列した。
息を深く吸い、クレイビスが口を開けて号令を発しようとしたその時、帝国軍側から怒鳴り声のような野太い声が聞こえてきた。
直後、大地を揺らすような鬨の声が響き渡る。それと共に、帝国軍の大軍勢が一斉に歩を進め始めた。
完全にタイミングを逸してしまったクレイビスが咽せて咳き込む中、ジロモーラが嫌そうに顔を顰めて咳き込むクレイビスを見る。
「しまらねぇなぁ……このままぶつかったら士気が上がらない気がするが、どうなんだクレイビス殿」
ジロモーラがそう言うと、クレイビスは渋面を作って顎を引いた。
改めてクレイビスが号令を発しようとする姿を見て、俺は苦笑しながら片手を上げ、クレイビスを制した。
「仕方ない。号令の花火を挙げてやるよ」
俺はそう言うと、こちらに向けて向かって来る帝国軍の先頭を見つめて口を開いた。
「『ブレイジング・エストレア』」
俺がそう口にすると、光を吸い込むような黒い影が俺の眼前に広がる。
黒い影の先を追って顔を上げると、黒い影は巨大な柱のように空へと伸びており、上空では雷を伴う真っ黒い雲が発生し、徐々に空を侵食していく。
その様子に、帝国軍だけでなく同盟軍にも動揺が広がった。
そして、皆が空を見上げる中、黒い雷雲にポッカリと丸い穴があき、そこから轟々と燃え盛る炎を纏った巨大な岩が落ちてきた。
隕石と見紛うような光景だが、実際には岩が溶ける程の高温を纏ったただの巨大な岩である。
その岩は同盟軍と帝国軍のちょうど真ん中ほどに落下すると、炎と岩の破片を周囲に撒き散らし、大地を揺らした。
「おぉ、震度五はありそうだ」
俺はその揺れに平然と対応してそう呟いたが、周囲の混乱は大変なものになっていた。
「な、な、な……!?」
「い、いい、今のは!? 」
「か、神がお怒りになったのか……!?」
そんな声が聞こえてくる中、クレイビスは顔面蒼白で俺を見ている。
「れ、レン様……今のはいったい……」
「呼び方が戻ってるぞ、クレイビス王」
俺が指摘すると、クレイビスはハッとした顔で口を手のひらで隠した。
俺はそれに笑うと、静まり返った戦場を指差す。
「さあ、鬨の声を上げろ。この戦争を始めるのも終えるのも全てお前だ、クレイビス王よ」
俺がそう言うと、クレイビスは眉根を寄せて顔を上げた。
一度深呼吸をして、口を開く。
「……我がレンブラント王国軍よ! そして、国際同盟の同志達よ! 大地を踏み鳴らし進め! 我等は剣を掲げ、正義を断行する! さぁ、一切の敵を蹂躙しろ!」
クレイビスは耳が痛くなりそうなほどの声量でそう怒鳴った。その声は、俺の風の魔術で出来るだけ遠くまで届けている。
そのクレイビスの声に呼応するように、同盟軍から怒号が返ってきた。
しかし、俺は何とも申し訳ない気持ちでクレイビスに対して口を開く。
「……作戦忘れてないか? まずは向かってくる帝国軍を受け止めて反撃するんだぞ?」
俺が声を潜めてそう言うと、クレイビスは慌てて再度声を張り上げた。
「……わ、我が同志達よ! 時は来た! 今こそ勇猛なる戦士の力を見せる時だ! 敵は我等だけでなく、我等の守るべき物、護るべき者をも踏み砕こうとしている! そのような非道を許してはならん! さぁ、盾を構え、剣を握れ! 敵は帝国兵三十万! 大した敵では無い!」
クレイビスが改めてそう声を張り上げると、一拍の間を置いて歓声が上がった。
「流石はクレイビス王。良くすぐにそんな文言が出てくるものだ」
俺がそう言うとクレイビスは照れたように笑い、自らの後頭部を片手で撫でる。
「いや、決まった文句がいくつかありまして……それを少し変えるだけですからね。はっはっは」
クレイビスがそう言って笑うと、フィンクルが小さな声で呟いた。
「……これから決戦が始まるというのに、緊張感が無さ過ぎる」




