ギルドメンバーの復活
目が眩むような眩い光と共に、サイノスとセディア、サニー、ソアラ、イオ、ローレル、ローザ、カナン、そして黒いドラゴンの姿になっていたラグレイトが動き出した。
首を左右に軽く振りながら、サイノスが訝しげに眉を顰める。
「……おや? 拙者達はいったい……」
サイノスがそう呟くと、驚愕する観衆を眺めていた他の皆が一斉に顔を上げた。
「……どうやら、旦那を守れずにやられちまったみたいだな」
ローレルがそう口にすると、皆が顔を強張らせる。普段の緩い口調では無く、妙に淡々とした口調のローレルの台詞に反応するように、ラグレイトが低く唸り声を上げた。
「な、何が起きたのでしょう?」
いまだ困惑状態から抜け出せないカナンが誰にともなくそう尋ねると、ソアラが感情の抜け落ちた表情で口を開く。
「……我々は戦ったことがないので詳しくは知りませんが、過去に我が君がお一人で討伐したことがあるレイドボス……邪神によって、我々は封印されていたのでしょう」
不機嫌そうに尻尾を揺らしながらソアラがそう言うと、カナンは血の気の引いた顔で辺りを見渡し、再度質問を口にする。
「ふ、封印……!? ま、まさか、何年も封印されていたわけじゃ……」
ソアラがそう漏らすと、その場の空気が目に見えて重くなった。カナンが責められているわけでは無いのに、カナンは皆の怒気を受けて完全に萎縮してしまっている。
「……どちらにせよ、拙者達がこうして封印を解かれたのならば、殿はハスター四体を全て倒されたのだろう」
サイノスは低い声でそう呟くと、周囲にいる民の一人を見て、大声で問いかけた。
「見事な黒髪に素晴らしい肉体美の、神の代行者と呼ばれる男性を知らないだろうか?」
サイノスがそう問いかけると、質問された小太りの男は慌てた様子で辺りを確認し、控えめな声で返答した。
「た、多分、あちらに行かれたかと……」
男がそう答え、それを聞いたサニーがすぐに下を向いて口を開く。
「ラグレイト」
サニーが一言名を呼ぶと、ラグレイトは怒鳴るように咆哮し、皆を乗せたまま羽ばたきだした。
黒いものが空を飛んでいると認識した瞬間、何となくラグレイトだろうという予感がした。
そして、近付いてくるドラゴンが見知った形状であり、その上には良く知る顔ぶれが並んでいるのを見て、俺はホッと一息吐いた。
心の何処かで、封印が解けない可能性を考えていたのだろう。
こちらに向かって手を振るメンバーを見て、俺は張り詰めていた緊張が緩む感覚に、ふと笑みを漏らした。
「殿ーっ!」
ラグレイトが降下する時間すら惜しんでサイノス達が次々に地上へと飛び降り、声を上げながら走ってくる。
「ご、ご無事でしたか!」
サイノスのそんな台詞に、俺は肩を竦めて首を左右に振った。
「体力の限界だ。挽回の機会をやるから、帝国の聖人やら聖女やらナンタラ教やらを壊滅させてこい」
俺が冗談交じりにそう告げると、サイノスを含め、皆の目の色が変わった。
「お任せくだされ! 殿の敵は全て拙者が細切れにして参ります!」
「おい、私もやるよ?」
「旦那、俺にも任せてもらえますかい?」
「……焼き尽くす」
「生まれたことを後悔させてあげましょう」
俺の冗談に、皆が気炎を吐き、最後にラグレイトが空中に向かって本当に火を吐いた。
怒れる皆の様子に、少し後ろで待機していたリアーナ達が怯えている。
ちなみに、聖人軍達はティアモエが気を失ってからは糸が切れた人形のように崩れ落ち、動きを止めていた。
「とりあえず、今がチャンスなのは間違いない。だが、場所は敵の本拠地だ。気を抜かず、聖人軍のみを潰すぞ」
俺がそう告げると、リアーナが不思議そうにこちらを見る。
「聖女達さえ無力化出来たなら、帝国との戦争も終えることが出来るのではありませんか?」
「出来るには出来るだろうが、どうせなら帝国を国際同盟結束の材料にさせて貰う」
リアーナの質問に俺がそう答えると、オグマが顎を引き、唸った。
「なるほど。先に相手の戦力を減らしておいて、同盟軍にて決戦に挑む、と」
「ああ。脅威を排除しておき、同盟軍の強さを宣伝出来るような圧勝劇を演出しようと思ってな」
俺はそう言って笑い、皆に顔を向ける。
「さぁ、戦いにいこうか」
俺がそう告げると、主にサイノス達、封印された者達から怒号のような声が上がった。
【インメンスタット帝国・帝都】
白い壁と高い天井、半円状の大きな窓が並ぶ広間。
床には青いカーペットが敷かれ、壁には豪華な旗がいくつも飾られており、広間を出入りする為の扉は巨人の為に作られたのかというほど大きい。
その広間を四つの巨大なシャンデリアが広間を明るく照らし出していた。
広間の中央には長いテーブルが置かれており、その周りを十四人の人影が取り囲んでいる。
広間にいる誰もが喋らない静かな空間で、扉から見て一番奥に座る者がおもむろに口を開いた。
「……それで、ハスターは全滅、か」
少し掠れてはいるものの、若い声である。
声の主がそう呟くと、他の者達の目がそちらに向けられた。
長い金髪の若い男である。耳は短いのだが、エルフと見間違うような美男子であり、 目を惹くほど真っ白な皮の鎧が良く似合っていた。
「まさか、ハスターが全部やられるとはね。過剰戦力かと思ってたんだけど」
男がそう言うと、近くにいたピンク色の髪の女が肩を竦めた。
「思いの外使えなかったね。でも、十人以上いたなら仕方ないか」
二人の会話に、テーブルの反対側に座る男が不機嫌そうに口を開く。
黒い長髪に、黒い衣装の男、ナヴァロである。
「……最初から言っている通り、相手の手勢を封じて尚、我々は敗北した。勝ち目は薄い」
ナヴァロが疲れた表情でそう言うと、ピンク色の髪の女が侮蔑を込めた目でナヴァロを見た。
「あっちは十人に対してナヴァロはティアちゃんと二人。十対ニで負けたから、私達も負けるって? ナヴァロってそんなに馬鹿だった?」
女がそう言って鼻で笑い、相槌を打つように奥の男が小さく溜め息を吐いて口を開く。
「ハスターによって石になった者を合わせても二十人から二十五人程度なんだろう? こっちは十三人だけど、単独での戦闘能力は一番低いティアモエ相手に二人掛かりで互角だったなら、むしろこちらが優勢だと思うけどね」
男のそんな台詞に、ナヴァロは眉根を寄せて首を左右に振った。
「浅慮と言わざるを得ないな。今までの情報では四人から五人程度の従者を連れているという話しか流れていないが、実際に二十人以上もの仲間がいたのだ。ならば、まだ他にもいる可能性は高い」
「そうかな? 決戦に備えて最大戦力で来たと見るのが正しいと思うよ? そうなると、最初に封印された半数は後から来た半数と同等かそれ以下だよね? 従者より主人の方が能力は上の筈なんだから」
「決め付けて考えるのは危険だ。相手の立場になって様々な手を考え、一つ一つに対策を練らねば……」
男の推測にナヴァロが否定的な意見を述べると、それを聞いていた女が舌打ちをしてナヴァロを睨んだ。
「また将棋を元に考えたなんちゃって戦略? 遊びじゃなくて現実なのよ。実際に、ネクロマンサーのティアちゃんが接近されるまでは二人相手に勝ってたんでしょ? じゃあ、そいつらは私達の相手にもならないわ。それで、そいつらの部下である筈の石になってた十人くらいの奴らは精々同じような実力でしょ? 私、間違ったこと言った?」
女がそう言って馬鹿にしたような目を向けると、ナヴァロは苦虫を噛み潰したような表情で頷く。
「そういう話であれば問題は無い。だが、例えば、その後から連れて来た十人がこの世界の住人であったなら、容易に前提から崩れる……」
「はぁ?」
ナヴァロの言葉尻に被せるように、女がそんな声を発した。
今にも怒鳴り散らしそうな顔でナヴァロを睨む女に片手を上げて制し、男が口を開く。
「最高峰と呼ばれるSランク冒険者も二人潰したけど、大した脅威では無かったよね? それとも、冒険者のレベルが帝国と王国とでは全く違うとかそんな話かな?」
男がやんわりとナヴァロの意見を否定すると、ナヴァロは無言で席を立ち、皆に背を向けた。
その背中に向けて、男が微笑を湛えて呟く。
「……チェスと違って、将棋では味方だった駒が相手の駒になることがあるよね?」
男がそう呟くと、女が大袈裟に両手で口を隠し、驚きのポーズをとった。
「まさか、裏切って私達に戦わずに負けるように仕向けてるの!?」
女がそんな台詞を吐くと、ナヴァロは小さく溜め息を吐き、広間から出て行った。




