聖女ともう一人
雷轟のロングソードの追加攻撃である雷属性の一撃を視界の端に入れ、俺は笑みを浮かべた。
嬉しい誤算だ。
ダンとブリュンヒルトが予想以上に強くなったのか、それとも聖女とやらがそこまで強くなかったのか。
どちらにせよ、二人はティアモエ相手に善戦しているらしい。
術者の集中力が関係しているのかは分からないが、既にナイアーラトテップも瀕死である。
ゲーム中はもっと強かった印象なのだが、やはり操られている為なのだろうか。
「まあ、考えても仕方がない。さっさと決めさせてもらう」
俺は連続攻撃スキルを連続で当てて、一気に勝負を仕掛けた。
「『五段斬り! 』」
何発目かの連続攻撃スキルの発動。
すると、ナイアーラトテップは拍子抜けするほどあっさりと、その身に刃を受ける。
首や四肢が離れ、胴が二つに分かれたナイアーラトテップは、何も出来ずに地面へと倒れ、砂のように崩れて消えた。
ゲームの時も集中し過ぎて、気付いたら一時間近く戦っていたなんてことは度々あった。
だが、果たしてそれ程の時間、俺はナイアーラトテップと戦っていただろうか。
随分と予想よりも弱かったナイアーラトテップに首を傾げつつ、俺は聖人軍の方向に顔を向ける。
俺とナイアーラトテップとの戦いの余波で立っている兵士の方が少なくなった聖人軍を、リアーナ達の魔術が蹂躙していく。
そして、なんとか火の雨を抜けた兵士達は、リアーナ達を守るキーラやオグマ、アタラッテ、アンリ達に斬り伏せられていた。
マリナの援護もあり、もうあの八人の壁を突破することは出来ないだろう。
俺は周囲に気を配りながら、ティアモエと戦うダン、ブリュンヒルトの助太刀をしようと走り出した。
ブリュンヒルトの攻撃を最大限に警戒したティアモエが、ブリュンヒルトを吹き飛ばして距離を取ろうと攻撃を繰り出す中、ダンが素早くティアモエの背後をとり剣を振るう。
ダンの渾身の一撃はティアモエの一枚しか張れていない結界を切り裂き、ティアモエの背中を肩から腰まで切り裂いた。
「あぁっ!」
ティアモエの悲鳴が響き、俺は眉を顰めつつも剣を構える。
ナイアーラトテップを倒して操るようなプレイヤーには見えない戦いぶりだ。
俺が最後の一撃を放つまでも無く、ダンとブリュンヒルトによって殺されようとしている。
そんな実力不足のネクロマンサーと最高ランクのボスモンスターというあり得ない組み合わせ。
その違和感に気付いた俺は走る速度を落とし、背後を振り返った。
そして、目の前に現れた刃の切っ先を見て、己の直感が正しかったことを知る。
振り返りざまに振った剣で、自分に向かって迫る切っ先を払い退け、俺は剣の主を見た。
「やっぱり、保護者がいたか」
俺がそう口にすると、感情の色の見え辛い顔をした男は舌打ちをして剣を構え直した。
鋭い目付きの長い黒髪の男だ。金属と皮を組み合わせたような簡易的な鎧の上に、黒いコートのような上着を着ている。
そして、小太刀というのか。脇差しと太刀の間ほどの長さの刀を持ち、俺に刃を向けていた。
男は俺の顔を一瞬確認するように見ると、地を蹴って横に飛び、素早くティアモエを目指して走り出す。
俺はすぐに男の後を追いかけ、ダン達に手を出せないように一定の距離をおいて、剣を構えた。
だが、男は必要最小限の動きでティアモエの真横に移動すると、ブリュンヒルトの剣を小太刀で弾き、ティアモエの身体を押し倒すように突き飛ばした。
僅かな間に無数の裂傷を受けた形となったティアモエが地面に倒れて喘ぐ中、男はダンに小太刀を向けて牽制する。
「新手か!」
ダンが怒鳴り声をあげて剣を構え、男の背後では態勢を立て直したブリュンヒルトが剣先を男に向けた。
「聖女と聖人、か? 逃して欲しかったら最後のハスターの居場所を言え」
俺がそう口にすると、男はこちらに目を向け、口を開いた。
「……見逃すというのか? これ程の機会はもう無いかもしれないぞ」
低い声で言われたそんな台詞に、俺は肩を竦めて男を見る。
「そこの女がネクロマンサーだとしたら操れる人数に限りがある。ナイアーラトテップとハスター一体を操っていたと仮定すると、その女を殺すとハスターは自由に動くようになるかもしれないだろう?」
俺がそう告げると、男は眉根を寄せて俺を睨んだ。
良く見れば、薄っすらと男の手とティアモエの身体が発光している。
聖騎士などの一部近接戦闘職の回復スキル『手当て』だ。
表面上の傷が僅かに癒されたティアモエは、荒い呼吸が少しずつ整ってくる。
「止めろ。その状態でも死にはしない。これ以上回復するつもりなら……」
俺が男の行動を制止するよう声を発すると、男は手を止めて顎を引いた。
「……フェミニストかと思ったらそうでもないようだな」
男はそう呟くと、刀を下ろした。
「ハスターの居場所は帝国の帝都、王城内だ。これで見逃してもらえるのか?」
「……帝都? いや、そんな筈は」
男の台詞に、俺が一瞬戸惑いつつ否定の言葉を口にしようとした時、意識がはっきりしたのか、ティアモエが憎悪に満ちた眼を俺に向けて、口を開いた。
「か、神の代行者は、一人では無かったという訳ですか……た、ただの詐欺師が、随分と巧妙な罠を張ったものですね……っ!」
ティアモエは醜く顔を歪めてそう口にすると、杖を持つ手に力を込めて小さく何か呟いた。
すると、男が初めて大きく表情を変えてティアモエを見た。
「止めろ!」
男がティアモエを止めようと叫び、ダンやブリュンヒルトが警戒心をあらわにティアモエに剣を向ける。
その時、地面に黒い影が広がった。
一瞬、上から何か来たのかと思ったが、その異様な影の広がり様にその可能性を自ら否定する。
「下だ」
俺がそう言って影を見下ろすと、ティアモエは嘲笑と共に男を見た。
「ナヴァロ! 先にこの女を殺しなさい! 私はこの男を殺します! 一対一なら負けません!」
ティアモエはそう言って立ち上がると、ダンと相対するように立った。
ナヴァロと呼ばれた男は、奥歯を噛み締めてティアモエの横顔を睨みつけると、素早く小太刀を持つ手でティアモエの側頭部を横から殴り付け、昏倒させた。
「……計画も何もあったものじゃないな……いや、こいつの頭を計算に入れなかった俺の落ち度か」
ナヴァロはそう呟くと、忌々しそうにティアモエを見ながらも、力無くぐったりとしたティアモエの腰に手を回して担ぎ上げる。
「逃すと思っているのか!?」
ダンが声を荒げて剣を男に突き付けると、ナヴァロは地面に広がった黒い影を指差して口を開いた。
「俺に構う暇があるのか?」
ナヴァロにそう言われ、ダンはハッとした表情で地面に目を向ける。
広がっていた影が急速に収束し、見る見る間に影は高さを持って立体的になっていった。
現れたのは、ローブで顔を隠したハスターである。
「な、なんだと!?」
ダンが驚きの声を発してハスターに剣を向ける中、ティアモエを担いだナヴァロは俺に目を向けた。
「……負けだ。引かせてもらう」
それだけ言い残すと、ナヴァロはこちらが驚く程潔く背中を見せて逃げ出した。
ナヴァロの自然過ぎる敗走の様子に初動が遅れ、目の前でハスターが動き始めるまで固まってしまった。
「追いますか!?」
ブリュンヒルトにそう尋ねられ、俺は溜め息混じりに首を左右に振る。
「体力が消費した状態で二人があの男を追い掛けても無意味だろう。第一目標だったハスターを見付けたんだ。良しとしようか」
俺はそう答え、ハスターの魔術による攻撃を結界で受け止めた。




