地元ピープル対聖女
どう見ても接近戦は不得意に見える出で立ちのティアモエに、ダンとブリュンヒルトは一気に距離を詰めるべく駆け出した。
「俺が初撃は受ける!」
ダンがブリュンヒルトを見ることなくそう叫ぶと、ブリュンヒルトは剣を片手に返事を返す。
「分かったわ! 無理はしないように!」
ブリュンヒルトはそう言うと、ダンの斜め後ろに隠れるように速度を落とした。
逆に、ダンは地面に跡を残す程速度を上げて走り、ティアモエに向かっていく。
ダンがティアモエとの距離を十メートル近くまで詰めると、顔を上げたティアモエが目を細めてダンと、その後ろを走るブリュンヒルトを見据えた。
そして、その場で杖をダン達に向けて振る。
直後、見えない何かに弾かれるように、ダンは盾を構えた態勢で後退した。
足がもつれそうになりながら上半身を反らし、片手で剣を地面に突き刺すことで何とか倒れずに済む。
思ったよりも接近出来なかった為、ダンの後ろで攻めるタイミングを窺っていたブリュンヒルトも思わず二の足を踏んでしまった。
ティアモエは警戒するように自分を睨んでくるダン達を見て、苛立たしげに目を釣り上げる。
「まさか、雑魚をぶつけてくるとは……捨て駒にしても、たった二人でどれだけ時間を稼げると思っているのでしょう?」
ティアモエはそう呟くと、杖を左右に何度も振るった。
ダンがその行動に慌てて盾を構え直すと、それを合図にしたかのように衝撃がダンの体を揺らす。
剣を地面に突き刺したまま、それにしがみ付くような形でティアモエに相対するダンは、歯を食いしばって腕に力を込めた。
一瞬、盾がたわむ様に形状を変えるような衝撃が五回、六回とダンに連続で襲い掛かり、背後で姿勢を低くしていたブリュンヒルトが心配そうにダンの背中を見た。
「私が奴の背後を取るわ! そうすればどちらかが接近出来る筈!」
ブリュンヒルトはそう叫び、ダンが新たな衝撃を受け止めた瞬間にダンの後ろから飛び出した。
マジックアイテムや魔術刻印の施された装備のお陰で、まるで風のように早く走るブリュンヒルトだったが、その姿を目で追うティアモエの顔には笑みが浮かんでいた。
「速さだけは中々ですね。私に近付けなければ相手にもなりませんが」
ティアモエはそう口にすると、素早く杖を二度振る。
一度目は飛び出して来たブリュンヒルトに向けて、二度目は全ての衝撃に耐え切ったダンに向けてである。
その僅か二回の動作で、ブリュンヒルトは大きく態勢を崩され、ダンはまたも地面に縫い付けられたように足止めされてしまった。
「な、なんなの、この衝撃は!?」
重装備のダンと違い、質は良いが軽装備のブリュンヒルトはまともに受けることが出来ず、たたらを踏みながら顔を上げた。
二人が近付けないと判断したのか、ティアモエはほくそ笑みながら杖を頭上に上げた。
「さっさと退場してもらいましょうか……『死神の鎌』」
ティアモエがそう口にすると、ティアモエの頭上に黒い霧が発生した。
その霧はまるで人の上半身のような形状となり、その手の部分と思しき場所には、同じく黒い霧で形成された長く平べったい鎌らしき物が握られている。
その異様な光景にダンとブリュンヒルトが息を呑んだ次の瞬間、その鎌は草でも薙ぐように地面と水平に振られた。
今までと違う、横から迫る攻撃。それも速度は圧倒的なまでの速さである。
霧の鎌を振りかぶる動作を見て、微かに反応出来たお陰で、二人は揃って盾で防御することが出来た。
しかし、その速度と威力は、霧のような見た目からは到底想像がつかない程のものであり、二人はボールのように吹き飛ばされてしまった。
地面を何度も転がり、何とか四肢を踏ん張って上体を上げた時には、ティアモエとの距離は五十メートル以上離れてしまっている始末である。
だが、二人が生きていたことが癇に障ったのか、ティアモエは眉間に皺を寄せて二人に向き直った。
「意外と硬いようですね……まぁ、時間は然程変わりません。虫は踏み潰せば死にますから」
ティアモエはそう言うと、またスキル『死神の鎌』を使い、黒い霧を発生させる。
その様子を見て、ブリュンヒルトが左腕を庇うように右手で押さえ、立ち上がった。
「速い……反応するのが精一杯ね。地面を転がってみるか、跳んで回避するべきかしら」
「それは無理だろう。盾を持つ手に力を込めるくらいしか出来ないのに、そんな芸当…」
ブリュンヒルトのアイディアにダンがしかめっ面でそう返し、ブリュンヒルトは溜め息を吐いて盾を構えた。
「……なら、私と運試しといかない?」
「運試し?」
「私は上に、貴方は下に転がって避ける。二人が同時に上下に別れれば、多分どちらかしか狙えないんじゃないかしら?」
ブリュンヒルトのそんな提案に、ダンは眉根を寄せて細い息を吐いた。
「……確かに、俺の方が頑丈さでは上だろうから、転がって背中を斬られても大丈夫かもしれない。その代わり、そちらは盾をしっかり構えて跳ばないと、間違えたら胴が真っ二つだぞ」
ダンが珍しく冗談めかしてそう告げると、ブリュンヒルトは頬を痙攣らせてダンを横目に見る。
「……全然笑えないわ」
ブリュンヒルトはそう返事を返し、ティアモエに爪先を向けて姿勢を低くした。
「お互い真っ二つにはならないようにしましょう」
「ああ」
ブリュンヒルトの言葉にダンがそう答えると、どちらともなく、二人はティアモエ目掛けて走り出した。
突撃してくる二人に、ティアモエは息を漏らすように笑い、杖を振るった。
ティアモエの杖が右から左へ振られた瞬間、ブリュンヒルトとダンは上下に分かれて回避する前に衝撃を受けて弾かれた。
走っている最中に攻撃を受けた為思うように受け身も取れず、二人は地面に倒れて苦悶の声をあげた。
すぐに立ち上がれない二人を見て、ティアモエはくつくつと喉を鳴らして笑う。
「この子を出してる間も私は自由に動けるのですよ? それくらい、予想して行動しないと」
ティアモエはそう呟き、倒れた二人の下へ歩を進めた。
ブリュンヒルトは地面に手を付いて顔を上げ、咳き込みながら口を開く。
「……ま、まさか、あれだけの攻撃を他の攻撃と同時に……」
ブリュンヒルトが血の気を失った顔でそう呟き、ダンは鼻を鳴らして首を左右に振る。
その口の端からは血が流れていた。
二人がティアモエの上に浮かぶ黒い霧を見て攻めあぐねていると、不意に、自然のものとは思えない突風がティアモエを襲う。
「……っ! これは!」
風に煽られたティアモエが、吹き飛ばされないように腰を落として風の吹く方向に顔を向けた。
それに、ブリュンヒルトとダンはハッとしたような顔をしてお互いの顔を見合わせ、不恰好な姿になりながらも立ち上がり、走り出した。
もはや、何も考えていないかのような一心不乱な特攻である。
だが、それが功を奏してか、先程黒い霧の攻撃を受けた距離まで近付いても鎌は振られなかった。
残り十メートル。
ティアモエの長い睫毛まで確認出来るほどの距離になった二人に、ティアモエもようやく目を向けた。
二人の姿を認めたティアモエは目を少し開き、口元を笑みの形に歪めて杖を持ち上げる。
「回避!」
その瞬間、ブリュンヒルトがそう叫び、ダンは地面を転がるように滑り込み、ブリュンヒルトは上に跳んでティアモエに接近した。
視界から外れる程の跳躍を見せたブリュンヒルトに、ティアモエは思わず攻撃の手が遅れてしまう。
「ふっ!」
その僅かな時間で、ダンは地を蹴って距離を潰し、剣をティアモエの腹部に向けて突き出した。
「はあっ!」
同時に、ブリュンヒルトは上空から剣を構えて、黒い霧ごとティアモエの頭目掛けて剣先を振り下ろす。
だが、ティアモエの身体に触れる寸前で、二人の剣は何かに弾かれるようにして防がれてしまった。
それを見て二人は驚愕し、ティアモエは顔を歪めて笑う。
「ふ、ふふふ……所詮、雑魚は雑魚でしたか。死になさい」
ティアモエがそう口にすると、ティアモエの頭上で黒い霧が動き出す。
しかし、黒い霧の斧が振られる時には、二人はティアモエの背後に向けて回り込もうとしていた。
術者の左右にまでは効果範囲が届かなかったのか、ダンとブリュンヒルトは攻撃を受けることなくティアモエの背後を取る。
「っ! うざったい!」
怒りを隠そうともしないティアモエの怒声と共に、背後を振り返り様に振るわれた杖による衝撃波が、盾を構えたダンの態勢を崩した。
そして、ティアモエの背後を取ったブリュンヒルトは剣を構えて口を開く。
「『ディフェナリ・ブレイド!』」
剣を大きく振りかぶっていたブリュンヒルトはそう叫び、ティアモエの頭目掛けて剣先を振り下ろした。
その声に反応してティアモエがブリュンヒルトを振り返ろうとしていたが、ブリュンヒルトは構わず歯を噛み締めて手に力を込める。
白い光を発した剣がティアモエの右肩に当たる寸前で、硬い物が割れるような音を響かせ、ブリュンヒルトの剣はティアモエの結界を打ち破った。
白く輝くブリュンヒルトの剣は、振り返ろうとしていたティアモエの右肩から背中までを一気に切り裂く。
「く、あ……っ!?」
深い傷は負わなかったが、ティアモエは自らの傷が信じられないとでもいうように目を剥いた。
そこへ、ブリュンヒルトの持つ雷轟のロングソードの効果が発動。
大気を震わせる雷鳴と衝撃と共に、ティアモエは白い光に呑み込まれた。




