帝国への反撃
「どうも聞いていると帝国側にネクロマンサーに似た何かがいそうだな」
俺がそう呟くと、ブリュンヒルトが鋭く目を細めた。
「ネクロマンサー……では、もしや裏にはリッチの存在が……!」
「いや、プレヴァン侯爵はレヴェナントと化しているかもしれないが、裏にいるのはリッチなんて雑魚じゃない」
ブリュンヒルトの推測を俺がそう否定すると、聖職者であるマリナが乾いた笑い声をあげた。
「はは……リッチは災害級のモンスターなのですが……」
「あ、あの……じゃあ、やはり邪神が?」
マリナを横目に見つつ、シェリーがそう尋ねてくるが、俺は腕を組んで唸る。
想像通りならば、プレイヤーがネクロマンサーとして死体繰りをしている可能性が高い。
だが、プレイヤーならばその行動には疑問が残る。
なにせ、メリットが少ない。
ネクロマンサーの死体繰りは最大で二人。死んだ他のプレイヤーやNPCを操作することが出来る。
体力と魔力は半分になるが、レベルに関係無く動かすことが出来る。
このスキル一つで、弱小ギルドが格上のギルドを倒せる可能性があった為、ネクロマンサーは中級クラスのギルドに多くいた。
しかし、もしそれをするならば、俺ならばサイノスかラグレイトのように近接での戦闘に特化した者を狙う。
魔術士は魔力が半分になるという制約が煩わしいからだ。
間違っても、プレヴァン侯爵を選びはしないだろう。
はっきり言ってしまえば、この東部全ての兵が集まったところでプレイヤーには勝てないからだ。
ならば、プレイヤーでないとするとプレヴァン侯爵を操っているのは誰か。
プレイヤーで無いならば他に思い付くものはイベントボスしかいない。
「……やはり、ナイアーラトテップか。最悪な邪神の一柱だよ」
俺がそう答えると、シェリーが青い顔をして息を呑んだ。
「……では、この地はもしかしたら既に邪神の手に?」
そんなシェリーの言葉を聞き、ダンやブリュンヒルト、アイリが酒場の中を無意識に見渡す。
俺はそんな三人を見て苦笑した。
「いや、この店の中にはいないだろ。いたらもう既に戦闘が始まっているさ」
俺がそう言うと、ダンがホッとした様子で肩の力を抜いてこちらを見る。
「それにしても、邪神がいる街にしては不気味な程に平和です」
「そうですね。戦争を真近に控えた緊迫した空気もありません」
ダンの台詞にリアーナがそう同意した。
だが、俺のギルドメンバー達が彫像と化している以上、間違い無くこの街はエリアに指定されている。
しかし、プレヴァン侯爵がもしもナイアーラトテップに操られているならば、ナイアーラトテップまでこの街にいることになる。
ゲーム内ならばハスター四体を倒して初めて姿を現わす存在だが、まさか既に出現しているのだろうか。
俺がそんなことを考えていると、新たに酒場に入ってくる人物がいた。
アタラッテとキーラである。
「あ、キーラ! お帰りなさい!」
「ただいま戻りました」
「アタラッテ、お疲れ」
「どうだった?」
「ふふん。中々色々と聞けたよ」
二人がテーブルに近付くと、仲間達が出迎えた。
「早かったな、二人とも」
俺がそう言うと、アタラッテは得意げに、キーラは無表情に俺を見る。
「報告の前に、その、果実酒…」
「はいはい」
俺はアタラッテの台詞に笑って返事を返した。
結果、二人が得た情報は被る部分も多かったが、中々濃い内容だった。
一つ目は前回のハスターとの接触のこと。
かなりの目撃者がおり、挙句彫像と化した我がギルドメンバー達が残されているので、少々面倒なことになっているようだ。
一番まずいのは、やはり国の盛衰や経済の流れに敏感な商人達の動き。この動きは止めようが無く、程なくして諸国に良い噂も悪い噂も伝わるだろう。
更に、一部の傭兵団の動き。こちらは、勝ち馬に乗るというべきか。戦争終了後を見据えて儲かりそうな戦勝予定国につこうとしている。
そして、現在は帝国側につく傭兵団は少数だが、徐々にその数を増やしているようだ。
二つ目は、プレヴァン侯爵のこと。
どうやら、プレヴァン侯爵は最低限の兵のみを連れて城の中に引き籠もっているが、後継である長男にすら会わないらしい。
ただ、部下に随時指示は出していて、既に国境を超えた位置に帝国軍は来ているようだ。
三つ目は、侯爵の手勢である騎士団。
なんと、騎士団の殆どをもう王国側の砦に移動中であり、帝国側は完全に無防備であるとのこと。
僅かな時間で帝国を信用し過ぎではないかと町民の間でも危惧する意見が溢れているようである。
そして四つ目、インメンスタット帝国の動向である。
帝国の軍は聖人軍が最前線を行軍中であり、通常の帝国軍は既に無人となった町村や砦を占拠しながら進軍しているという。
「話だけ聞いてたら完全に王国が劣勢だな。いや、事実そうなのか」
情報をまとめながら、俺はそんなことを呟いた。
その呟きを聞き、キーラが口を開く。
「それと、この街から少し離れた森で、冒険者のパーティーのメンバーであるエルフの女性が石像のようになってしまった、という話が出ています。メンバーが呪いか、それに類似する何かによって女性が石像になったと判断し、女性を皆でこの街まで運んできていました」
「なに?」
キーラの報告に俺は顔を上げてキーラを見た。
すると、キーラは軽く頷いて答えた。
「調べた所、その女性が石像となった場所までは歩きで半日程の距離であるとのことです」
キーラはそう言って、俺の返答を待った。
俺は、キーラのセリフに愕然としながら天を仰いだ。
「…街の中の何処かにハスターがいるとは限らない。確かにそう思ってはいたが…」
人の歩く速度はおよそ時速四キロと言われている。
道に高低差があり、一直線では無いと想定したとしても、冒険者の足で半日の距離である。
最低でも街から三十キロは離れていると予測した方が無難だろう。
つまり、運が良ければ端から端まで三十キロの範囲にハスター四体がいる。
運が悪ければ、六十キロ以上の直径の円の中にハスター四体がいることになる。
いや、ゲームの中ならば形状が定かでは無いマップだった。
もしかしたら、ハスターの術式範囲が幅六十キロ、長さ六十キロの正方形の範囲である可能性も捨てきれない。
「…最悪だな」
これで、素早くハスターを仕留めてギルドメンバーと共に戦争に挑むという最善策はかなり難しくなった。
このままだと、直接聖人軍に挑まなくてはならないのかもしれない。
未知の相手にそんな無茶はしたくないが、ハスターの居場所をこの人数で探し出すのは厳しいだろう。
「…あ、あの」
「ん?」
俺が悩んでいると、リアーナが恐る恐るといった様子で俺に声を掛けてきた。
俺がリアーナに目を向けると、リアーナが口を開く。
「せっかく各国の協力があるのですから、兵を借りたら…」
「いや、流石に時間がかかり過ぎる。時間を掛ければ掛けるだけ王国は不利になり、国際同盟の信頼は失われていくだろう。連合軍の案もあったが、あれは飛翔魔術ありきの話だからな。俺が往復し続けても一日に千人運べば良い方…」
俺はリアーナに答えながら、ふと、あることに気がついた。
そうだ。今まさに手の余っている大軍があるじゃないか。
「…傭兵団だ。まだ帝国についていない傭兵団ならば、多少金は掛かっても雇うことが出来る」
「なるほど、それなら人数は十分ですね!」
俺はリアーナの返事に頷くと、皆を見回した。
「方針が決まった。傭兵団を集める。俺の名を使っても国際同盟の名を使っても良い。金が必要なら金でも良い。出来るだけの傭兵団と話をしよう」
俺がそう言うと、皆が返事をして頷いた。
傭兵団を見下すような書状を出した帝国が、その傭兵団によって優勢だった戦況を覆される。
ハスターさえ倒す事が出来ればこっちのものだ。
反撃といこう。




