レンブラント王国へ
装備を整えた俺達はレンブラント王国へと向かった。
王城に着くと、すぐにクレイビスのいる執務室へと案内され、俺達は大人数でクレイビスの執務室に集合することとなった。
そう、クレイビスが執務室で働いているのだ。
滅多に見ない光景だろうからしっかりと目に焼き付けておこう。
俺はそう思ってクレイビスの執務室へと足を踏み入れた。
だが、そこで俺は絶句することとなる。
なにせ、元気が自慢といったタイプのクレイビスが、半ば白目を剥きつつ斜め上を見上げながら動かなくなっていたのだ。
これは失神しているのか、死んでいるのか。
「おい、クレイビス王!」
俺が声を掛けながらクレイビスに歩み寄ると、クレイビスは椅子に座ったままの状態でぐるりと首を回して俺を見た。
まだ目は半ば白目である。
「おお、レン国王陛下。よくぞレンブラント王国へ。いや、お恥ずかしい。こんな格好で」
そう言ってカラカラと笑うクレイビス。
まだ目は半ば白目である。
「いや、格好も何も無いぞ。何故そんなに…なんというか、白い目…いや、その、憔悴しているんだ?」
俺がそう聞くと、クレイビスは背を反り返らせ、ゆらりと椅子から立ち上がった。
勿論、目は白目を剥いている。
「それが、宰相に任せていた仕事もこなさなくてはならなくなりまして…宰相か王でしか決定出来ない案件がこんなにあったとは…」
そう言うと、クレイビスは白い目を窓の方へ向けた。
「…今思えば、ユタが宰相の判断で出来る分の書類を全て整理してくれていたのでしょう。最重要事項だけが私の手元にきていたに違いありません。ユタが帰ってきてくれたなら、これまでの苦労に対して何か褒美を与えねば…」
クレイビスがそう言った時、一人の兵士が執務室の扉をノックも無しに開け放った。
「し、失礼致します!」
はたから見ても、焦りが表情に表れている兵士が怒鳴るようにそう言うと、執務室の中にいる皆が兵士に注目した。
兵士は一瞬怯んだように体を硬直させたが、すぐに顔を上げて報告を続ける。
「宰相ユタ様がお戻りになられました!」
「な、なんだと!?」
兵士の報告を受けてそう声を上げたクレイビスは、体ごと兵士に向き直って詰め寄った。
「何処だ!?」
クレイビスが一際大きな声でそう叫ぶと、兵士は恐怖に身を竦ませて扉の前方を見た。
すると、兵士の背後から、いつもの服装では無く白いローブを着たユタが現れる。
「…ただいま戻りましたぞ、陛下。罰はなんなりと受けましょう。私は…」
ユタがそんなことを口にする中、クレイビスはただ左右に首を振ってユタに向かって歩き出した。
「戻ってきてくれただけで良い! すまなかった、ユタ! お前の働きを、国への貢献を、これまでの苦労を! 私は何も知らなかったのだ!」
そう言って、クレイビスはユタの両肩に手を置いて涙を流した。
それを見て、ユタも涙を一筋目尻から零し、顎を引いた。
「…何を言うのですか。国への想いも義理もありますが、私は陛下だからこそ仕えてきたのですぞ。陛下は子供の頃から、素直で優しかった…そんな陛下だからこそ…」
そう言って、二人は嗚咽を漏らした。
そんな二人の光景に、兵士達も揃って涙ぐむ。
「お、おお! 陛下の目が…! 陛下の目が元に…!」
「…清らかな涙に洗い流されたに違いあるまい…くっ」
何言ってんだ、こいつ。
兵士達が泣きながらそんなことを言うので目を向けると、クレイビスの目は白目では無くなっていた。
うん、何だこれ。
「いや、お恥ずかしいところをお見せ致しました」
ユタからそう言われ、俺は深く頷いた。
「本当にな」
俺がそう言うと、クレイビスは照れたように笑いながらユタを見た。
「これからは二人で力を合わせて国を発展させていきたいと思います」
「仲直りした夫婦か、お前達」
俺がそう言うと、クレイビスとユタは楽しそうに笑った。
先程の大騒ぎからの仲直りはまぁ良いのだが、ニコニコ笑いながらこちらを見てくる二人に若干呆れる。
良いのか、国のトップをこの二人に任せて。
「…とりあえず、本題に入ろうか」
俺はそう言ってクレイビスを訪ねた経緯について話した。
その内容に先程までの雰囲気は消え、ユタが険しい表情をこちらに向けた。
「…その話はあまり広まってしまうと困りますな。他の国には、何か良い理由を話して…」
「ん? 国際同盟に加盟してる国にはある程度言うしかないんじゃないか?」
俺がユタのセリフにそう返すと、ユタは唸って顎を引いた。
「国際同盟の要は、ハッキリと言ってしまえばレン様を含めたエインヘリアルという新たなる強国の力です。それも、ガラン皇国を完膚無きまでに叩き潰したという実績が説得力となっています」
「つまり…俺やエインヘリアルの力に疑問を持たれたら国際同盟自体の瓦解に繋がる、と?」
「…その可能性はあるでしょう」
ユタが言いづらそうにそう言い、俺は眉根を寄せた。
「為政者ならば、国際同盟の利点には気付く筈だ。それにガラン皇国を実際に倒したという部分が説得力となっているなら、同等に強い存在が現れたとして尚更一致団結しなくてはならないと思うが」
俺がそう言うと、ユタは難しい表情を見せた。
「勿論、そう考える国もあるでしょう。ただ、これで様子を見ようとする国も必ず現れます。その国を繋ぎ止めるものは後は空輸産業の利点しかありません」
ユタがそう言うと、クレイビスが苦笑しながら口を開く。
「レン国王陛下の御力を疑うなど、そんな輩がいる方が問題ではないか。それに、レンブラント王国、メーアス、エルフの国、獣人の国が足並みを揃えているなら国際同盟は盤石なものとなろう」
クレイビスはそう言ってユタを見るが、ユタは尚も首を縦に振らなかった。
「問題は、今回の相手が五大国の一つであるインメンスタット帝国であり、帝国側に神の使徒を名乗る者がいるということです」
ユタはそう口にして俺に顔を向けた。
「エルフや獣人の者達は今回は戦えないのでしょう?」
ユタに確認をされ、俺は頷く。
俺にも、ユタの言いたいことが分かってきた。
「つまり、今回は結局レンブラント王国とインメンスタット帝国の対決で、そこに神の代行者らしき二つの国と組織が加わるという話か。メーアスはどちらの勢力に転がっても違和感は無い」
俺がそう呟くと、ユタは我が意を得たりと深く頷いた。
「大変厳しい言い方をさせてもらいますと、クレイビス様の代となってから王国は帝国よりも弱いと思われている部分があります」
「な、なんだと!? ぐぬぬぬ…」
ユタの正直な一言にクレイビスが呻き、ユタは溜め息を吐いた。
「更に、神の代行者である筈のレン様の敗戦。それも、無敵の英雄達である従者達が封印されるという事態…これは、神の代行者として、レン様が本物か帝国側の者が本物か…そう思われることにもなりかねません」
「マジか」
ユタの台詞に俺は思わずそんな返事をしていた。
確かに、様々な小国や一般の人々の前で力を見せたことなど殆ど無い。
そうなると、これ以上戦争で負けるイメージを与えてはならないということか。
しかし、相手はゲーム中であれば最も敵対したくないボスだったモンスターである。
負けられない戦いという奴か。
この時、俺は気を引き締めてそんなことを考えていた。
だが、次の日には、レンブラント王国東部は国からの独立を宣言し、帝国の属国となる旨を公表することになる。
イメージだけの話ならば、またも帝国に一本取られた形となってしまったのだ。




