やっと偵察へ…!?
何とか話題を逸らし、ヴァル・ヴァルハラ城から城主代行の一人であるローザとカナンを連れて偵察へ向かうことが出来た。
向かうはレンブラント王国東部。
「あれが報告のあった街、王国東部最大の領土を持つプレヴァン侯爵の居城のある街ですね」
ローザにそう言われ、俺は空から街を見下ろした。
上から見る限りでは綺麗な街並みだ。特に焼かれたり攻城兵器を持ち出された傷跡も見受けられない。
「まだこの街は戦場になってはいないのか」
俺がそう言うと、ローザは軽く頷く。
「昨日の報告ではそう聞いていますね。特に街に寄る用事は無いと思いますが、街に用事があるんですか? ボス」
そう言って不思議そうに首を傾げるローザに、俺は肩を竦めて溜め息を吐く。
「一応、話を通しておかないとな。クレイビスならば問題は無いだろうが、この地の領主との面識は無いんだ。俺達は他所の国の者でもあるしな」
俺がそう言うと、ローレルが声を出して笑った。
「事前連絡もせずにドラゴンに乗って直接乗り込むのにそんな気を使うんですかい? もっと別の場所に気を使いましょうや」
ローレルはそう言って腹を抱えて笑っている。
「ローレル、正座」
「ついに俺もですかい!?」
俺がローレルに罰を与えると、それを見てサイノスも嬉しそうな笑みを浮かべた。
「くくく…ローレル…ぷぷぷ…」
サイノスは笑いを堪えようとしているみたいだが、そのせいでかなり気持ち悪い様子になってしまっている。
「サイノスも正座」
「な、なにゆえっ!?」
「周りが引いてるから」
「そ、そんな馬鹿な!」
と、そんな能天気なやり取りをしながら、俺達は一先ず東部領主の街へと降下したのだった。
「ど、ドラゴンだ!」
「ど、ドラゴンが来た!」
「黒いドラゴンだぞ!」
ドラゴンドラゴンと叫び回る人々と、それとは対照的に息を呑みながらも臨戦態勢を整える兵士や冒険者達。
王都の次に人口が多いこの街にドラゴンが襲来したとあり、相当の騒ぎとなってしまっている。
だが、ドラゴンがプレヴァン侯爵の居城の前に降り立とうと高度を下げていくのを見て、誰かが声を上げた。
「ひ、人だ! ドラゴンの上に、人が乗ってるぞ!」
その声が喧騒に飲まれずに響き渡り、騒がしい人々の大声も徐々に悲鳴混じりの声から、歓声や戸惑いの混じった声へと変化していった。
そして、ドラゴンが大人しく城の門の前に舞い降りた時、人々の叫びは完全な大歓声へと変わっていた。
「み、見ろ! あの見事なミスリルの…!」
「おお! あれが神の代行者様…い、いや、違うらしいぞ!?」
「ああ! ミスリルの鎧のお方は両手を交差して違うと仰られている!」
そんな声が響く中、通りの端に停められた馬車の中から黒い衣服と深緑色のマントを身に付けた中年の男が現れた。
男は地上へ降りたドラゴンを睨むように見ると、ドラゴンの上に乗っている十数人の人影を見つめた。
一人一人を確かめるようにじっくりと眺め、男は馬車の脇に控えていた鎧を着た四人の男達に顔を向ける。
「行け」
男がそう言うと、四人は無言でドラゴンに向かって歩き出した。
その動きに迷いも恐れすらも無く、まるで人形のように無機質に歩いていく。
その四人の存在に最初に気が付いたのは、ドラゴンの上に乗っていた者達の中の一人で異様に背が高い女だった。
「大将! 変なのが来たよ!」
背の高い女がそう怒鳴り、何処からか二本の短剣を取り出し構えた。
直後、ドラゴンの上にいた者達は素早く女の顔の向く先を注視したが、既に四人の鎧の男達はドラゴンのすぐ側まで迫っていた。
「拙い、何か変な気配が…」
一人がそう口にした瞬間、四人の男はドラゴンを四方から囲むように移動していた。
次の瞬間、顔を上げた四人の男の口から頭足類の足のような触手が無数に現れ、それを見た黒い皮の鎧を着た男が血相を変えて叫んだ。
「ゴーゴン…いや、ハスター四体だと!? まさか…!」
男がそう叫ぶと同時に、口から触手を出した四人の男達を結ぶ様に光の線が弧を描いて奔り、ドラゴンの周囲を包み込んだ。
そして、その光は一気に周囲を真っ白に染め上げた。
十秒程経過し光が急速に弱まっていくと、光に視界を奪われていた群衆が徐々に驚きの声を上げ始めた。
驚く人々の視線の先では、城の前の広いスペースで、あたかも彫像のように白く固まったドラゴンの姿があった。
今にも動き出しそうなドラゴンの彫像と、その上には同じように動きを止めた白い姿の男女の姿がある。
「ば、馬鹿な…これは、まさか…」
その中心で、黒い皮の鎧を着た男が愕然とした表情を浮かべてそう呟いていた。
ドラゴンの上にいた人物の殆どが白い彫像と化しており、無事なのは僅か数人だった。
黒い皮の鎧を着た男と黒いローブを着た少女、そして白銀の鎧を着た男と赤みがかった金色の鎧の少女の四人のみである。
「れ、レン様!」
黒いローブを着た少女が皮の鎧の男の名を呼ぶと、レンと呼ばれた男は歯を食い縛るように顔を歪めて辺りを見た。
そして、四人の触手の男達の姿が見当たらないことを確認すると、小さく口を動かす。
「一旦引く!」
男がそう口にすると、まるでそれを合図にしたかのように無事だった四人は空へと浮かび上がっていった。
「え、あ、あの! 皆さんは…!?」
ローブの少女が慌てた様子でそう尋ねると、男は眉間に皺を寄せて重い息を吐いた。
「…あの状態は何も出来ない代わりに何も受け付けない、一種の封印のような状態だ。後で何とかするしかない」
男はそう答えると、他の三人を連れて上空へと消えた。
「…まず先手は取ったな」
私はそう呟くと、上空を見上げて右腕を掲げた。
腕に描かれた黒い紋様を眺め、空を掴むように拳を握る。
「さあ、奪い合いだ。攻めるか守るか…先手は攻めた。相手はどう出る…? 角道を開けて金を寄せるか…駒の影に隠れて引き籠るか…」
私は頭の中で手を動かし、相手の動きを想像する。
「…相手が攻めの一手を見せるまでは攻めの一手を打ち続けるのも一興か…」
幾つかの流れを予想し終えた私は、口の端を上げてそう呟いた。
テンポが遅くなったとのご指摘をいただきましたので、初心に戻ってテンポを上げていきたいと思います!




