歩く死体の軍
「歩く死体…ですか? 単純なスケルトンの群れ、では無く?」
俺の台詞に、怪訝な顔つきでフィンクルがそう聞き返した。
俺は頷くと、テーブルの一番端に座っているソマサに視線を向ける。
「それについて、まずは傭兵団の視点から語ってもらうか。柔らかき銀の行軍のソマサ団長だ」
俺がそう言ってソマサを紹介すると、自分に話を振られると思っていなかったのか、ソマサは慌てて顔を上げた。
「お、おほん! 柔らかき銀の行軍のソマサです。こういった場に居るのは場違いな気もしますが、私が知る限りの情報を話させて頂きます…まずは、我々傭兵団が帝国から送られた書状について…」
ソマサが帝国とのやり取りや、帝国から王国へ鞍替えした傭兵団の情報などを語り、それを聞いた皆は困惑したように顔を見合わせた。
「それは…なんとも豪気な…」
「いや、単なる無謀だろう。傭兵にすら頼らず、いったいどうやって戦う気だ? 王国と一対一でも厳しい戦いになるのは目に見えている」
フィンクルとジロモーラがそんな会話をする中で、フウテンが低い唸り声を発した。
その腹に響くような声に、皆の視線がフウテンの巨躯に集まる。
視線に気がついたフウテンは、皆を見回し、眉間に寄った皺をなぞるように親指を額に当てた。
「…全く違うような気もするし、酷く似ている状況を知っている気もします」
フウテンがそう呟くと、サハロセテリが首を傾げた。
「…と、言いますと?」
サハロセテリにそう聞かれ、フウテンは難しい顔で浅く頷く。
「…我が国を襲った、魔物の大氾濫です」
「魔物の大氾濫? そんなことが起きたのですか? 」
フウテンの答えに、カレディアが険しい表情を作りそう言った。
フウテンはカレディアに頷いてから俺を見る。
「その時は、偶々レン様が従者殿とエルフ、ダークエルフの皆さんを連れて我々の国へ訪れていたので助かりました。我々だけならば、もしかしたら亡国の憂き目にあっていたやもしれません」
フウテンがそう告げると、謁見の間に騒めきが起きた。
「…魔物の大氾濫が最近あったということか? そんな大事件が起きていたとは…」
「それにしても国が崩壊する規模の氾濫なんて…」
そんな声が聞こえてくる中、トゴウが片方の眉を上げてフウテンを見た。
「魔物の氾濫と帝国の自信…何が似ていると?」
トゴウがそう尋ねると、フウテンは目を細めてトゴウに目を向けた。
「本来の魔物の氾濫程度ならば、我々やエルフの国の民ならば殲滅することは出来る。トロールの群れだろうとサイクロプスの群れだろうと問題は無いでしょう。更に、この時はレン様や、そちらにいるエルフの国最高の魔術士であるアリスキテラ殿、ダークエルフの長であるカナン殿もいました。その戦闘力は凄まじく、魔術の一つで魔物が蒸発する程です」
フウテンがそう告げると、驚愕の声がそこらから聞こえてきた。
メーアスの代表三名は引き攣った笑みを浮かべているが、ソマサなどは目を剥いて驚いている。
そんな中でトゴウは腕を組んでフウテンの言葉の続きを待つ。
「…そのような圧倒的な力を前にしても、魔物は怯むどころかむしろ圧を強めて前進して来ました。私は前線にはいなかったので詳細は知りませんが、終わって改めて考えてみれば異常な状態だったようです。そしてその理由は、魔物達の背後にいた邪神が、魔物達を操っていたようなのです」
フウテンがそう言うと、室内は俄かに騒がしくなり、ジロモーラが乾いた笑い声を上げて口を開いた。
「邪神…? 邪な神様か? なんだ、それは」
ジロモーラがそう口にすると、フウテンは深い息を吐いて眉根を寄せた。
「アポピスという、巨大な蛇のような魔物だったと聞いています。魔物と人の形をした軍隊…相違点は多くありますが、今回の事との共通点も多くあります。五大国の一国として長きに渡って名を轟かせてきた帝国が、王国だけでなく国際連合、傭兵団すら相手に戦うと言う異常な事態…これは、帝国の影で帝国を操る者が居てもおかしくは無いでしょう」
フウテンがそう話すと、ヨシフが眉根を寄せて顎を引いた。
「…つまり、魔物が国を操っている、と? それがもし本当ならば、この同盟に加盟している国も疑わなくてはならなくなりますがね」
ヨシフがそう口にして、皆は確認するように近くに座る者の顔を窺った。
俺は皆の様子を見て腕を組み、唸った。
ゲーム内であるならば、そんなボスはいなかった。
こちらを行動不能にしたり混乱状態にしてくる敵はいたが、操るなんてことは無かった筈だ。
逆に、プレイヤー側のスキルでギルド戦中のNPCキャラクターを操ることが出来るものはあったが、流石にインメンスタット帝国の国王がNPCキャラクターというわけでは無いから違うだろう。
いや、どちらにせよゲーム内の情報は当てにならないと思った方が良いか。
俺がそう思って顔を上げると、ヨシフがこちらを見ていた。
「…何か、気になることでも?」
ヨシフは、まるでこちらの内心を見透かすように目を細めて俺にそう言った。
俺は溜め息を吐いて自分に集まる視線を意識し、口を開く。
「暗躍しているのは、メルカルト教という宗教だと予想している。ここからが例の歩く死体の軍の話だが、メルカルト教関連の軍に聖人軍という軍があり、その軍がレンブラント王国を攻めようとしているらしい」
「聖人軍? 聖人が人を殺す為に立ち上がったってか? 随分と巫山戯た話だな」
俺の出した情報に、ジロモーラが顔を顰めてそう感想を漏らした。
「まあ、神の使徒を名乗る聖人や聖女が指導者らしいからな。世直しの戦争のつもりなんじゃないか?」
俺がそんな適当な返事をすると、ジロモーラは呆れた顔を俺に向けた。
いや、俺はメルカルト教の信者じゃないから知らんからな。
ジロモーラの視線に俺が不満顔を浮かべていると、カイシェックが首を傾げた。
「そのメルカルト教とやらが聖人軍なんて胡散臭いものを作ったのは理解しましたが、その軍が何故歩く死体なんです? むしろ、神の祝福を受けた武具でアンデッドに強い軍である方が自然かと思いますがね」
「ああ。まあ、神の祝福は受けてるかもしれないな。なにせ、休まず喋らずただ歩き続ける軍だ。うちの者が偵察した際には斬られても全く反応を見せずに対象を返り討ちにしたらしい。指示が無かったら身動き一つしない人形のような兵士達と聞いている」
カイシェックの疑問に俺がそう答えると、カイシェックは嫌そうな表情を見せた。
「…それのどこが神の祝福を受けた軍だと?」
カイシェックがそう口にすると、カレディアが顔を顰めて頷いた。
「そのような軍が人の見た目をしているのなら、それこそ正に悪夢でしょう…聞いている限り、それはアンデッドの群れと変わりません」
カレディアのそのセリフを聞き、リアーナがハッとした顔で頷いた。
「…つまり、神は神でも、邪神に支配されたアンデッドの軍…」
リアーナがそう呟くと、謁見の間に騒めきが広がっていった。
…リアーナ、それ俺が言いたかった台詞。
次で会議終了です!




