ちゃちゃっと会議だよ!
俺はホワイトボードに書かれた文字を眺め、首を傾げた。
「そこ。国際同盟会議まででいいぞ。副題なんていらん」
「あ、分かりました」
俺がそう言うとサイノスが、殿による帝国粉砕を何たらと書きかけていた謎の部分をホワイトボードイレーザーで消していく。
「…その道具がかなり気になるのですが」
ホワイトボードに目を奪われている様子のメーアス代表三名の一人、フィンクルが呆れたような顔つきで俺を見た。
ホワイトボードなど見たこと無いだろうからな。
ただ、こちらとしてもゲーム時代にジーアイ城を作った時にオフィスセットを購入していたからホワイトボードがあるのだ。
つまり、残りはジーアイ城に四つと、このヴァル・ヴァルハラ城へ運んできた一つの合計五つしか在庫は無い。
「やらんぞ」
俺がそう言うと、がっくりと項垂れるメーアスの代表を尻目に、アリスキテラが興味深そうにホワイトボードを見つめる。
「…見たことの無い素材ですが、なんという素材ですか?」
と、アリスキテラに質問を受けたが、俺だって知らん。
鉄に何かをコーティングしているように見えるが、はっきりとはしない。プラスチックでは無いだろうが。
「秘密だ。現状ではオリハルコンより貴重だからな」
俺がその場しのぎにそんな返答をすると、アリスキテラだけでなく、サハロセテリとフウテンも驚愕していた。
嘘では無いから良しとしよう。
気をとり直し、俺は長方形のテーブルを囲むように座る皆を眺めて口を開いた。
「さて、会議を始めようと思うが良いだろうか?」
俺がそう聞くと、全員から了承の返事を受ける。
「よし。では、国際同盟緊急会議を始める。今回は招集した場所がエインヘリアルであり、会議を申請したレンブラント王国の意見により、議長は俺が務めさせてもらう。皆、異議はあるか?」
俺がそう尋ねると、リアーナは勿論、サハロセテリ、フウテンも頷いた。メーアス代表三名は俺の目論見を理解しているのか、僅かに口元を緩めて首肯する。
だが、三つの小国の代表達は違った。
「…一つ質問がある。今の話からするならば、会議を開いた国か、会議を申請した国の代表が支持した者が議長になるのか?」
トゴウが油断無い視線をこちらに向けてそう質問を口にする。
俺は頷き、リアーナを見た。
「今回はそうなった。まだ制度としてはあまり明確では無いが、緊急会議をする場合は会議を申請する国がそういった要望を出すのも良いかと思ってな。緊急を要する時に、会議の議長があまり仲良く無い国の代表だと不安だろう?」
俺が口の端を上げてそう言うと、トゴウは一言、なるほど、と呟いて俺から視線を外した。
続いて、ヨシフが腕を組んで唸る。
「勿論、普段の定期的な会議では違った形になるのでしょう? そこは国際同盟という組織に加盟する以上、実に大切な問題です」
「定期会議については各国が順番に担当していく予定だ。開催国でその国の代表が議長となる」
ヨシフの質問に俺はそう答えると、ヨシフから視線を外して何か言いたそうなカイシェックに顔を向けた。
「とりあえず、国際同盟の規約はまた次回用意させてもらう。先ずは今日の議題からだ。それでは、今回の会議を申請したレンブラント王国の代表リアーナ姫」
俺がそう口にしてリアーナを見るとリアーナは頷いてその場で立ち上がった。
「はい。レンブラント王国の代表リアーナです。この度、我がレンブラント王国はかねてより領土戦争をしていたインメンスタット帝国と停戦を致しました。これには、帝国も停戦を認める書状を交わしております。しかし先日、インメンスタット帝国がレンブラント王国へ軍を派遣しました」
リアーナがそう報告すると、フィンクルが顔を上げた。
「停戦の話は聞いていましたが…では、今は王国と帝国との国境で戦いが?」
「はい。一度東部にある砦なども帝国の手に落ちてしまいましたが、今はまた国境付近で…」
フィンクルの質問にリアーナが答えると、今度はジロモーラが片方の眉を上げて口を開いた。
「押し返したのか? 奇襲を喰らったって話だろう? 砦までとられてよく反撃が成功したな」
「いえ…砦は落とされただけで、帝国は奪った砦は放棄してまた国境まで引き下がったようです」
「…なんだ、そりゃ」
リアーナの説明に、ジロモーラは胡散臭そうな顔で俺の方を見た。何故俺を見るのか。
俺がジロモーラを見返していると、サハロセテリが片手を上げた。
「横から失礼します…インメンスタット帝国は国際同盟のことを知らないのですか?」
サハロセテリのそんな質問に、何処か呆れたような顔でジロモーラが首を傾げた。
「そんな馬鹿な。国際同盟側からの打診もしただろうし、メーアスも散々宣伝してるぞ」
ジロモーラがそう告げると、サハロセテリは怪訝な顔つきでジロモーラを見た。
「では、何故レンブラント王国に攻め入ったのでしょう。例え、レン様の存在に懐疑的だったとしても、最低でもメーアスや我々エルフと獣人の国も敵になるかもしれない…そうは思わなかったのでしょうか?」
サハロセテリがそう疑問をぶつけると、ジロモーラは声を詰まらせて押し黙った。
一瞬の沈黙の後、黙って見ていたフウテンが口を開く。
「…もしかしたら、他の国を敵にまわしても勝てると踏んだのかもしれませんね」
「そんな…あのガラン皇国が大敗した話は確実に知っている筈ですが…」
フウテンの意見に、カレディアが困惑したようにそう呟いた。
それらを眺めて、カイシェックが不思議そうな顔で声を発した。
「…何故誰も言い出さないのか分からないのですが、レンブラント王国側から攻め入ったという可能性は無いのですかな?」
「…え?」
カイシェックの一言に、リアーナが表情を無くした。
皆がリアーナに注目する中、リアーナは血の気の引いた顔で立ち上がる。
「そ、そんなことはありえません。我が国から停戦の申し出をしたのですよ?」
リアーナがそう訴えると、今度はヨシフが懐疑的な目をリアーナに向ける。
「…停戦を唱えた側だからこそ、奇襲が成功する。そういった見方もありますな」
ヨシフがカイシェックの意見に同意するような言葉を口にすると、リアーナは信じられないものを見るような目でヨシフを見た。
すると、隣に座るトゴウも短く息を吐いてから頷く。
「戦法としては有用である。奇襲をするならば、な。国際同盟は実質まだ出来ていないに等しい。ならば、国際同盟が成る前に、レンブラント王国が帝国の領土を切りとれるだけ切り取ってしまおうと判断しても違和感は無い」
「あります! 我が国はそんなことはしません!」
三人の代表に否定的な意見を言われたリアーナが珍しく取り乱して大声を上げた。
それを見て、ジロモーラが眉根を寄せる。
「いや、それは根拠にならないだろうよ。お嬢ちゃんがそんなこと出来ないのは分かるが、国は違うだろ? 本当なら、少し前までレンブラント王国が他国を攻める側だったんだ。今の国王が穏健派なのは噂に聞いているが、内情を知らない他の国からしたら王国の言い分も怪しく映るって話だよ」
ジロモーラがそう言って諭そうとするが、気が動転したリアーナには逆効果だった。
リアーナは僅かに目を潤ませ、唇を噛んで動きを止めてしまう。
泣きそうなリアーナを横目に見て、俺は助け舟を出すことにした。
「…とりあえず、レンブラント王国のクレイビス王に関しては俺が保証する。クレイビス王はもうインメンスタット帝国を攻める意思も、その意味も持っていない」
俺がそう告げると、リアーナが嬉しそうに俺を見た。
他の国の代表も黙る中、カイシェックは肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
「それは結局、リアーナ姫と同じで根拠にはならないのですが…まあ、良いでしょう。ならば、レンブラント王国の東部にいる領主はどうですか? どのような人物であるか、知っていますか? リアーナ姫」
カイシェックがそう言うと、リアーナはハッとしたような表情を見せて固まった。
俺は溜め息を吐き、カイシェックを見て口を開く。
「それも水掛け論になる議題だな。もしも東部にいる領主が原因で王国と帝国が争う羽目になったのだとしたら、領主を処刑にして東部の一部を帝国に差し出すか賠償金を払うしかあるまい。それよりも、今回の会議の本題といこう」
俺がそう言うと、ヨシフが眉間に縦皺を作り顔を上げた。
「王国と帝国の戦争が議題では無かったのですかな?」
ヨシフにそう聞かれ、俺は肩を竦める。
「本題としては、とある軍についての情報の共有と、各国がどのような援助をすることが出来るか、だ」
俺はそう答えた後、皆を見回して口の端を上げた。
「皆、歩く死体の軍に心当たりはあるか?」
俺がそう尋ねると、皆の目が一様に見開かれた。




