強制拉致される各国代表
父から引き継いだ代表としての執務と、バーランド王家の当主としての様々な仕事を同時にこなしていくのはかなり大変な作業だ。
しかし、徐々に段取りを組めるようになり、部下に回す仕事の配分にも慣れてきた。
このままいけば、何とか一カ月程度でバーランド王家が形だけでもまともに機能するようになるだろう。
俺がバーランド王家の当主になった直後、とある神の代行者様のせいで多額の負債を抱えてしまった。
大量の奴隷の買い戻しの為だ。
支払先のガラン皇国は事実上の崩壊を遂げたが、既にこちらは金を払った後である。
まあ、ガラン皇国が幾つかの地方に別れて内戦状態に突入した為、かなりの勢いでバーランド王家は赤字を補填しているが、経済的には纏まった金銭が無かったせいで他の王家にも借金をしてしまった。
戦争の時は大量の物資が動く。その物資を取り扱うのが分かりやすい商人の儲け方だ。
だが、この方法には元手となる多額の資金が必要になる。なにせ、その物資を今まで死蔵していたとかでも無い限りは買い付けてから横流しにしないといけないからだ。
その物資を買い集める資金を余所から借りなくては、バーランド王家は利益を出すことが出来ない状況であった。
そこで一番の問題となったのは、メーアスが商人の国であることだった。大勢の者がこの期に利益を得ようと動く中、我が王家に金を貸そうなどという奇特な者は少ない。
その状況下で資金を何とか搔き集めるのが俺の最初の仕事になってしまった。
しかし、多少強引に推し進めはしたが、結果として借金は見る見る間に返済していき、もうすぐ本来の販路に力を注げるようになるだろう。
今からが新当主となったフィンクルの名を売る絶好の機会となる。
一時的に大金を稼げるガラン皇国内の内戦も大事だが、本来は長期的に利益を生み出す平常時の取引先が最も重要である。
その取引先との商売を本格的に再開しようとしたまさにその時、俺の執務室に無視出来ない重要人物がやってきた。
「久しぶりだな、フィンクル」
「…お久しぶりですね、エインヘリアル国、国王陛下」
俺が挨拶を返すと、レン殿は楽しそうに笑って片手を上げた。
「緊急国際同盟会議をするぞ。お前は強制参加だ」
「…は?」
レン殿の言葉を咄嗟に理解出来ず、俺は思わず素でそんな返事をしてしまった。
レン殿の隣にはリアーナ姫も居たのだが、リアーナ姫も苦笑いでこちらを見ている。
「協力を得られるならば多い方が良いからな。この後、メーアスの他の代表にも声をかける。忙しいなら部下でも良いが」
「お、俺も忙しいので…」
「お前は強制だと言ったろう?」
「何故!?」
俺が悲鳴混じりにそう聞くと、神の代行者様は黒い笑顔でこちらを見た。
「メーアスから正式な代表が誰も出なかったら大問題だろうが。レンブラント王国は今回の会議の議題が議題だから体裁は保てるが、メーアスは今回最も注目されるはずだ」
レン殿からそう言われ、俺はようやく緊急国際同盟会議の内容を推測することが出来た。
俺はレン殿に溜め息を吐いてから頷く。
「…つまり、レンブラント王国とインメンスタット帝国が緊張状態にある、と?」
俺がそう尋ねると、レン殿は目を丸くして俺を見た。
「おお、よく分かったな」
「…確かにそれなら我がメーアスの動向は各国が注目することでしょう。これまでレンブラント王国とインメンスタット帝国の両方と商売をしていましたから。逆に言えば、国際同盟の結束を見せる機会にもなるわけですか…」
俺はそこまで喋り、諦めてレン殿に同行することを了承した。
これは、行くしかない事案だ。そして、メーアスが利益を得る機会でもある。
そう判断した俺は、静かに口の端を上げた。
「行きます! 勿論、国王である私自ら行かせて頂きます!」
幻の存在と言われるハイエルフ。
その幻の一族の長が現実に目の前にいるのだが、俺は別の意味で我が目を疑っていた。
エルフの国に来ることが出来たのは僥倖だったが、俺の中で想像していたハイエルフ像は音を立てて砕け散った。
傲慢にも見える程の別次元の存在。それは、数百年という想像を絶する年月の間蓄えられた知識と経験による確かな自信の表れ。
そんな俺の中のハイエルフ像は、目の前でレン殿に陶酔したような視線を向けて跪くハイエルフと一致することは無かった。
他のメーアスの代表も同じらしく、俄然やる気で同行してきたカレディアもジロモーラも呆然とその光景を見ている。
「よし、後は獣人の国に向かって五カ国だ。残りの三国には遣いの者だけでも派遣しようか。来れたら来るだろう」
レン殿はそれだけ言って、エルフの国ラ・フィアーシュの国王サハロセテリ殿と握手をして頷いた。
「獣人の国へは私どもの方から遣いをお出ししましょうか?」
サハロセテリ殿は朗らかな笑顔でそう尋ね、レン殿は笑い返し口を開く。
「そうか。では頼むとしよう。今回の会議の場所は我が国エインヘリアルだ。日数としては五日後ならば大丈夫か?」
「はい。承りました」
そんな二人の非常識な会話。
誰がこんな北の果てから別の国へ向かい、さらには南西の果てに位置するエインヘリアルまで五日で行けると言うのか。
何より、メーアスからエルフの国まで二日掛からずに辿り着いたことを考えるとそんなものかと思ってしまう自分の頭が恐ろしい。
俺もだいぶ神話の住人達に毒されたらしい。行商人時代からすればかなり危険な兆候と思わないでも無いが。
と、俺がそんなことを考えていると、サハロセテリ殿がレン殿を見て女と見間違うような美しい顔を傾げた。
「ところで、今回の会議の議題とは何でしょうか」
サハロセテリ殿のそんな質問に俺は危うく、その場で崩れ落ちそうになった。
会議の出席の有無を答える前に聞くべき質問だろう。
だが、カレディアだけはサハロセテリと同じように会議があるというだけで参加を表明していたな。つまり、会議に参加すること自体で得る利益を見出したのだろう。
レン殿はサハロセテリ殿の前で腕を組んで唸り、眉根を寄せた。
「レンブラント王国とインメンスタット帝国が衝突するんだが、帝国側に神の使徒とやらが現れてな。メルカルト教とか聖人軍だとか色々とややこしいことになっている。神の使徒という存在は知っていたか?」
レン殿がそう尋ねると、サハロセテリ殿は頭を捻る。
「さて…神の使徒という言葉は聞いたことがありませんね。いつもならば神の代行者様を騙る偽物が現れたと一笑に付しているところですが…レン様の噂は既に彼方此方で流れております。ここでそのような戯言を口にする意義は果たして…」
サハロセテリ殿がそう口にすると、レン殿は難しい表情を浮かべて小さく頷いた。
「そうか。面倒なことにならなければ良いがな」
レン殿が小さな声で呟いたその言葉が、俺の耳にいつまでも残っていた。




