米が来た!
今回は少し短めです。
朝が来た。
寝返りをうって右の脇腹が下に来るように横を向くと、そこには静かな寝息を立てる美女の姿があった。
隣で寝る美女の艶やかな金髪を指で掬うように触れて、その滑らかな指通りの気持ち良さに自然と微笑んでしまう。
そして、俺は眠れる金髪美女、エレノアの頬を指で突っついて遊んだ。
何故だろうか。今日はとても良い朝だ。
天気も良く、清々しい気分になる。
玉座での報告をエレノアより受け、皆を連れて屋上へ出た。
連れていくのはエレノア、サイノス、セディア、サニーである。
屋上から見える山々、森、遠くの空を舞う飛龍の群れ…どこをとっても素晴らしい自然である。
俺が深呼吸をしてから身体を伸ばしていると、セディアが正門の方を見て口を開いた。
「…ん? ディグニティ?」
セディアがそう口にして首を傾げた為、俺は自然とセディアの目の向く先を追うように顔を動かした。
すると、空を飛びながらこちらへ向かってくるディグニティの姿があった。
ディグニティを運んでいるのはどうやら一緒に獣人の国に行っていたギルドメンバーのようだが、随分と疲れた顔をしている。
ディグニティが余程無理をさせたらしい。
「何かあったのか?」
「まだ詳しい報告は何も…日数的に見て、獣人の国についてすぐに戻ってきたということでしょうか」
俺の独り言のような疑問にエレノアがそう返答した。
「ふむ…とりあえず聞いて見るか」
俺は唸りながらそう口にすると、こちらに向かって手を振るディグニティの顔を見た。
何故か、輝くような笑顔だった。
そのまま屋上に降り立ったディグニティは開口一番に衝撃的な言葉を口にする。
「ボス! 米があったわ!」
「な、なんだと!? どこだ!? どこにあった!?」
「獣人の国ヒノモトとインメンスタット帝国の北部が主みたい!」
「…そうか! だから、獣人の国はエルフの国よりも広くなる予定で作られていたのか! 水源を真ん中にしたのも水田の為だな!?」
「え? そうなのですか? 流石にその予想は…」
「サイノス正座!」
「えぇっ!?」
俺はディグニティとの熱いやり取りに水を差したサイノスに罰を言いつけると、ディグニティを見て口を開く。
「それで、米は!?」
俺がそう聞くと、ディグニティは不敵な笑みを浮かべて両手を広げた。
「アイテムボックス、米一俵!」
ディグニティがそう言った瞬間、輝かんばかりに陽の光を反射する米俵がディグニティの目の前に現れた。
「お、おぉっ!」
まさに、米俵である。円柱のような形に編まれた俵の中には、米が六十キロは詰め込まれているに違いない。
俺は感嘆の声をあげてその米俵の前に近付いた。
米の匂いがする気がする。
「ボス、食堂に行っててくれる? こっちはボスの国で米を育てる為の種もみとかいうタネよ。炊くだけで食べれるようにしてくれているお米というものも大量に持って帰ったわ!」
「な、なんという…! 素晴らしい! 素晴らしい働きだ、ディグニティ! ありがとう!」
俺は感動し、そう叫びながらディグニティの体を抱き締めた。
ディグニティは俺の腕の中で体を硬直させ、裏返った声を口から漏らす。
「ひ、ひゃあ!? ボ、ボス…!」
俺とディグニティが熱い抱擁を交わす中、サニーとセディアが米俵を見て不思議そうな声をあげているのが聞こえた。
「これが米?」
「デカいね。本当に食べれるのか?」
「焼いたらパンみたいにふんわりする」
「え? そうなのかい?」
お前ら、米俵をそのまま食うわけじゃないからな。
ディグニティに言われた通り、俺は食堂にて地震が起きたかのように身体を揺すりながら厨房の方角を見据えていた。
エレノア達も俺に合わせて一列に並んで立っている。
「…まだか」
「もう少しですよ、ご主人様」
エレノアとそんな会話を何回しただろうか。
もう朝食というレベルでは無い空腹感だ。
俺が胸の前で腕を組んで待っていると、ついに、その時は来た。
「お待たせしたわね! お米料理のフルコースを作って来たわ! プラウディアとミエラが!」
「ふ、フルコースだとぉ!?」
食堂に入って来てすぐに口にされたディグニティの言葉に、俺は思わず怒鳴るような声を発してしまった。
俺が口から涎が出そうになっているのを我慢しているというのに、ディグニティとプラウディア、ミエラは笑顔で大量の皿を運んで来た。
そして、俺がテーブルに座ると同時に並ぶ料理の数々。
炊き込みご飯から、炒飯、オムライス、カレーライス、白いご飯の横には海苔らしき物もある。
「取り皿を持て!」
「はっ!」
俺が指示を出すと、皆が一様に小皿とスプーンという出で立ちで待機し、プラウディアとミエラが俺の前に小皿と箸、スプーンとフォーク、ナイフを置いた。
ナイフとフォークは必要無いのだが、今の俺なら例えストローを渡されてもオムライスを食べるだろう。
「いただきます!」
「いただきます!」
皆で食前の挨拶を唱和し、俺はただの白飯を口に運んだ。
噛み締めただけで涙が出た。
美味しい。懐かしい気持ちで胸が一杯になる。
「…ご馳走様」
俺は箸を置き、そう呟く。
日本に帰る方法を探すという選択肢を、俺は初めて本気で考えた。
それほどに、米の味には郷愁の念を思い起こさせる何かがあった。
その時から暫くはそんな感情があったのだが、気がつくとその想いを忘れている自分がいる。
その事に気が付くのは、また数ヶ月の時を経たある日だった。
次回は本筋のストーリーが進行します!




