聖人軍の同行者
酷いものだった。
戦争の爪痕も勿論そうなのだが、真新しい遺体の数々が更に凄惨な風景を作り上げている。
「それにしても、まともな死体が無いな…」
俺がそう呟くと、遺体の様子を見ていた仲間が頷いた。
「確かにな。殆ど一撃の上に、鎧が意味を成していない」
「トロールが剣を振り回したみてぇだな」
「馬鹿か。こんなところにトロールなんか出るかよ」
「例えに決まってんだろうが!」
俺が一言喋ると、これまで神妙な顔つきで辺りを警戒していた者達まで口を開いてしまった。
だが、とりあえず言葉を交わしたいというその気持ちは分かる。
皆、不安なのだ。
長く激しい戦争を経験してきた歴戦の強者達ですら見た事の無い、異常な損壊をみせる死体の数々。
そして、死体の全てがインメンスタット帝国の兵達のものである。
これで不安を感じるなという方が無理がある。
そんなことを考えながら俺が辺りを見回していると、先を歩く聖人軍の一団が足を止めた。
ピタリと、気持ちが悪いくらいに揃った足並みで行軍を中止した聖人軍に、俺達は顔を見合わせる。
帝都から共に行軍してきた聖人軍は、初めて見た当初から不気味な存在だった。
暗い鉄の色の甲冑に身を包み、眼の部分以外は全く肌を晒さない兵達。
一言も私語をせず、足並みが乱れることも無い異常なまでの練度を誇る軍隊だ。
ただ、俺達からして見れば精巧に出来た人形の集団にしか見えない。
任務で聖人軍に同行してはいるが、正直に言わせてもらえばさっさと返還された領土を確認し、すぐにでも帝都へと戻りたいくらいだ。
だが、後一つの町と砦を調査し、それを報告しに戻るまで後一週間は最低でもこの陰鬱とした行軍を続けねばならない。
俺は溜め息を吐き、聖人軍の中程の位置にいるであろう聖人軍指揮官のメルカルト教司祭のティアモエを探した。
一人だけ鎧では無く、ローブを重ねたような服装に帽子を被っているから分かりやすい。
俺が甲冑の壁を見回していると、奥に白い帽子を見つけた。
「ティアモエ殿!」
俺が声を張り上げて名を呼ぶと、帽子は向きを変えて揺れた。
「ザンザキス殿! メルカルト教の司祭様を名前で…それに様付けした方が良いかと…!」
俺がティアモエ殿と呼んだことに堅物の仲間が慌ててそんなことを言ってきたが、俺はメルカルト教では無く、根っからの地元信仰の神の信者だ。知ったことか。
俺が鼻を鳴らして肩を竦めると、俺の反応を予想していたのか、俺に文句を言ってきた堅物はガックリと項垂れてしまった。
それを横目に見ていると、聖人軍の人垣の中から白を基調にした柔らかそうな服装の女が現れた。
長い銀色に輝く髪の美女だ。
年齢はまだまだ若そうだが、メルカルト教が誇る神の声を聞けるという聖女様の一人である。
他にも神の声を聞ける聖人と聖女がメルカルト教には何人も居るが、神もそんなに暇じゃないと思うのだがな。
俺がそんなことを思っていると、ティアモエは俺の方に歩み寄ってきた。
聖女が移動する際には必ず護衛の為に四人の兵士が聖女を囲むようにして守るのだが、奇妙なことに決まった者が常に同行するのでは無く、聖人軍のその時近くにいる兵が勝手に集まるのだ。
不思議なのは、その時に言葉どころか視線すら交わさずに、確実に四人だけが聖女の護衛となることである。
一体どんな合図で動いているのか。
俺が聖女の周りに立つ寡黙な兵達を眺めながらそんなことを思っていると、目の前まできたティアモエが口を開いた。
「お呼びになりましたか?」
ティアモエはそう言って薄っすらと笑みを浮かべた。
人形のように無機質な気配を放つ聖人軍の兵達とは違い、この聖女様はやけに人間臭いところがある。
人なのだから当たり前な筈なのだが、聖人軍を見ていると浮いて見えてくるのだ。
俺はティアモエを見下ろし、眉根を寄せて口を開いた。
「急に行進が止まったので何かあったのかと思い、声を掛けさせていただきました。何か行軍に支障がありましたでしょうか?」
俺がそう尋ねると、ティアモエは口元を隠して笑った。
「いくら精強なる聖人軍といえど、適度な休憩が無いと倒れてしまいますから。人形だったら大丈夫なんですけどね」
そう言って、ティアモエは俺の心の内を見透かすような遠い目で俺の眼を見つめ、口を歪めた。
ティアモエの胡散臭い説明に俺は思わず文句を言いたくなったが、なんとか言葉を飲み込み、浅い息を吐いた。
「そうですか。とりあえず、我々はこれまで通り後方にて待機しております」
俺がそう言うと、ティアモエはやんわりと微笑んで会釈をし、また聖人軍の列の中へと入っていった。
俺はその背中を見送り、深く溜め息を吐く。
「胡散臭い奴らだ」
俺がそう呟くと、周りで俺とティアモエのやり取りを見守っていた仲間達は思い出したように急に賑やかに喋りだした。
「いや、でもよ、やっぱ聖女様は綺麗だよな。同じ人間とは思えない」
「確かにな。しかも凄い身体つきだぜ?」
「俺達が護衛だったらこんな日数のかかる行軍、絶対に耐えられないだろ」
「夜中に悶々として悶死するわ」
馬鹿が馬鹿なことを言い、アホ達は呑気に笑って俺の肩を叩いた。
全く、お気楽な奴等である。
しかし、今の俺には心地良い空間を作ってくれる貴重な存在だ。大変遺憾なことだが。
俺はそんなことを思って笑ったのだった。
三日後の夜、俺達は予定のポイントであるインメンスタット帝国の領土最西部の町、ペリアストルにて一泊することとなった。
町にて一泊といっても、我々は夜営である。
身内ともいえる帝国の兵達の凄惨な死体がゴロゴロ転がっている町中で眠るのは辛かったからだ。
本当なら埋葬してやりたいが、夜に到着した為諦めた。
だが、聖人軍の兵達は何も気にすることなく生きている者の居ないペリアストルの町中、それも廃墟同然の民家に泊まっている。
俺達は町の帝国側のすぐ外に出てテントを張り、五つあるテントの中心で焚き火を行なっていた。
焚き火の脇で肉を焼きながら、俺は辺りを見回す。
もう殆どの仲間は寝たが、俺ともう一人だけは起きて周囲の見張りをしていた。
本来ならば、ただの同行者である俺達がこんなことはしなくて良いのだが、俺が嫌な予感がすると伝えたら交代で警戒をすることになった。
俺は焼けた肉の刺さった串をとり、対面に座る男に渡した。
「悪いな」
俺が端的にそう謝ると、男は笑いながら肉を受け取った。
「気にすんな。お前の勘は昔から当たるからな。俺達に文句は無いさ」
付き合いの長い戦友、ダリウスはそう言って肉に噛み付いた。そして、顔を顰める。
「おい、生焼け…またか、お前!」
「ちょっと血が滴るくらいのが旨いだろ」
「お前だけだよ! ここは安全な食事を出す高級料理店じゃねぇぞ!?」
舌馬鹿な戦友、ダリウスはそう言ってまた肉を焼き出した。せっかく俺がちょうど良い焼き加減に仕上げたというのに、失礼な奴だ。
と、そんなやり取りをしていると、不満顔で肉を焼くダリウスの奥の方で黒い影が動いた気がした。
町の方向だから、聖人軍の見回りか誰かだろうか。
何故か殆ど灯りを使わないで町に泊まる聖人軍のせいで暗くて仕方がない。
俺が目を凝らして暗い町の景色を見ていると、ダリウスは慌てて自分の背後を振り返った。
そして、辺りを暫く窺い、責めるような目で俺を振り返った。
「脅かすなよ、おい」
「いや、何か見えた気がしたんだよ」
文句を言われた俺は言い返しながら周囲を確認する。
どうも嫌な予感がする。
この町は、本当に誰もいなかったのだろうか。
何か不吉な予感に身震いをし、辺りを見回していた俺は町の奥で動く人影に気がついた。
今度は間違いない。
俺は夜の闇に紛れる人影の正体をこの目で確かめるべく、立ち上がった。
「何だ? 小便か? 離れてしろよ?」
黙れ、ダリウス。
まさかの帝国サイドの視点が続きます!
申し訳ありません!




