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最強ギルドマスターの一週間建国記  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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帝国の静かな変化

夕暮れ時を過ぎ、太陽も山稜に隠れるように姿を消した頃、真っ赤に染まっていた空は不気味な青と黒に侵食されていった。


昼と夜が入れ替わる不確かな時間。


その何処か物悲しい空を見上げ、一人の鎧を着た男が溜め息を吐いて眉根を寄せた。


男は遠くを見るように目を細めていたが、かぶりを振って視線を落とすと、顔を横に向けた。


男の顔の向く先には、ヒビが入った壁や役割を果たしているのか疑問を感じる割れた屋根の家々が並んでいた。


レンブラント王国の侵略に晒され、一度は占領された町ペリアストルの町並みである。


インメンスタット帝国とレンブラント王国との国境にある砦からおよそ十キロ程度離れた地点にあるインメンスタット帝国最西部の町だ。


レンブラント王国は前王時代に、ペリアストルを含む六つの町を占領し、五つの砦などの軍事拠点を占拠した。


その侵略戦争は苛烈であり、多くの傭兵団を含むレンブラント王国の兵達は暴虐の限りを尽くした。


故にこの町は、兵も民も区別無く、命も尊厳も奪われた人々の巨大な墓標ともいえるだろう。


そのひと気の無い寂しい町を眺める男の目には、様々な複雑な感情の光が入り混じり、表情を歪めさせた。


男はレンブラント王国のある西の方角に足先を向けていたが、深く長い息を吐くと後ろを振り向いて町の真ん中を抜ける道の先を見た。


住む者のいない町。


この町を歩く者は国境に陣を敷くために呼び戻された帝国兵の者達だけだ。


しかし、その町の中を堂々と整列して行軍する一軍の姿があった。


黒い鎧に黒い兜、黒い盾を持った一団である。


それを見て、帝国兵の男は眉間に深い皺を作って傷だらけの盾を持つ手に力を入れた。


黒い鎧の一団はインメンスタット帝国の方向から進行してきているのだが、男の顔に浮かぶのは警戒心のみであった。


「そこで止まってもらおう!」


男は片手を剣の柄に置き、腹から声を出してそう怒鳴った。


だが、黒い鎧の一団は無言で返事を返す事は無く、その歩も緩めることは無かった。


男は剣を抜き、腰を落として臨戦態勢になると声を張り上げる。


「敵だ! 正体不明の…!」


男が叫び出すと同時に、一番先頭を歩く黒い鎧の一人が動いた。


鈍く光る暗い銀色の剣を抜き、黒い鎧は男に向けて一人前に出た。


「舐めるなよ」


男は獰猛な笑みを浮かべると、剣を前に出して構える。


黒い鎧の一人は自分に向けられた刃に怯む事も無く、剣を横抱きに構えて更に男に近づいた。


無造作に、黒い鎧の一人が剣を横薙ぎに振るう。


声も溜めも無く振るわれた剣を、男は冷静に前に突き出した自らの剣で弾き、その反動を利用して黒い鎧の一人の首を切り裂いた。


空を舞う黒い兜と、頭部を失くした黒い鎧。


その断面から血が流れることは無く、赤黒い首の断面を晒していた。


男がその様子に戸惑い、動きを止めて地面を転がる黒い兜に目を向けた時、頭の無い黒い鎧がひとりでに動き始めた。


そして、呆然とする男に向かって上から剣を振り下ろす。


僅かに反応はしたが、避ける為の動作が遅れた男は鎧の肩の部分で剣を受けてしまい、そのまま身体を真っ二つに斬られてしまった。


「ば、馬鹿な…」


男はその言葉を最後に、地面に倒れ伏して動かなくなる。


頭部の無い黒い鎧は自らの頭部の下へ歩き、雑な仕草で兜を持ち上げて本来の位置に置いた。


そして、行軍を続ける黒い鎧の集団の中へその身を滑りこませていった。


こうして、ペリアストルの町は本当の意味で無人の町となった。


時は違えど、レンブラント王国が占領し返還された筈の町の全ては、黒い鎧の集団によって再び蹂躙されたのだった。





「ペリアストルに詰めていた兵、およそ百名! 全て惨殺されておりました!」


レンブラント王国との国境間近にある砦の一つ。


その砦は一人の兵の報告により騒然となっていた。


砦の屋上で、雨が降りしきる中兵達が集まって砦の周囲を見やる。


屋上の中心には他の兵よりも装飾の多い青い甲冑を着てマントを羽織った者がいた。


「グリーシアを含む三つの町でもペリアストルと同様の状況です。レンブラント王国の兵は確かに引き上げた筈ですが…」


一人の兵がそう言うと、マントを羽織った男は雨の景色に鬱陶しそうに目を細め、遠くを見つめた。


見る先はレンブラント王国の方向では無く、インメンスタット帝国の方向である。


「…もう民のいない町への偵察ということもあり、兵は僅かな人数しかいないが、それでも盗賊程度には遅れをとるまい」


男がそう口にすると、男の隣に立つ兵が頷いた。


「そうですな。熟練の兵ばかりでの偵察任務でしたから、同数以上の人数でも問題無いでしょう。先の戦争を生き残った傭兵団が賊に身を落としたのならば話は別でしょうが」


兵の言葉を受けて、男は険しい顔で首を左右に振った。


「あの激戦を経験した軍は間違いなく強軍となるだろう。だが、報告には敵の影も形も無い。我が軍以外の者が死んでいれば、そのことも報告に含まれる筈だ。なのに、どの町も報告は我が軍の兵の全滅のみだ」


男がそう言うと、周りの兵達は顔を見合わせて困惑する。


男の隣に立つ兵は、男の言葉に唸り、口を開いた。


「つまり、圧倒的な武力を持つ軍が、我が国内に紛れ込んでいるということですか? レンブラント王国の兵が何処かに隠れていた、と?」


兵がそう尋ねると、男は溜め息を吐いて顎を指で撫でた。


「…考えられるのは、レンブラント王国の精鋭、傭兵団、盗賊…いや、それらの何れかならば、我が兵達も一矢報いるだろう。ただ全滅するというのは考え辛い」


「…では?」


男は、自分を見る兵達を見回し、深い息を吐いた。


「奇襲が可能な者の仕業だ。つまり、敵は我が国の兵か、生き残った町の民…」


「そんな馬鹿な!」


男の推測に、兵の誰かが思わずといった様子でそんな声を上げた。


本来ならば、その兵は咎められる行動である。だが、誰もその事には触れず、ただ男の言葉を待った。


男は周りをもう一度見回し、溜め息を吐く。


「例えば、我らが町を見回る任に就いたとして、何も出来ずに敗れるか? それも、誰一人生き残らないという惨状を晒す大失態だ。だが、その事態も奇襲ならば説明がつく」


男がそう口にすると、どこからか呻くような声が漏れた。


「…それでは、兵達は味方に突然襲われた、というのですか」


兵の一人が呟いたその台詞に答える者は居なかった。


雨が降りしきる中、砦の周囲を警戒する兵の一人が声を上げる。


「軍だ! 見たことの無い軍が現れたぞ!」


声が上がったのは、インメンスタット帝国の方角からだった。



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