街の重鎮ウォルフ
ウォルフ編最終話です!
城に近付くと、衛兵が走ってきた。
確かグラード村の村人だったという若者二人だ。今や一軒家持ちの騎士である。
「これはウォルフ殿! 誰に御用でしょうか!?」
何故かこいつらを含め、この街の兵達は俺を見ると走ってくる。飼い犬かお前ら。
恐らく、レン国王陛下の野郎がこの街に奴隷達を大量に連れて来た際に、困ったら町長のデンマかウォルフに聞けと言ったせいだろう。
今度酒を奢らせよう。
俺はそう決意すると、若い衛兵二人を見下ろして口を開いた。
「城主様に用事があるのだが」
俺がそう告げると、衛兵は何故か妙に嬉しそうに敬礼をすると一人が走って城の中に消えた。
そして、もう一人が目を輝かせて俺を見上げる。
「今、城内の方に聞きに行ってますので暫くお待ち下さい!」
「お、おお。ゆっくりで良いぞ」
俺がそう言うと、衛兵は大きな声で返事をして門番の業務に戻っていった。
「慕われているな」
なんとなく城を眺めていると、背後からカナンがそんなことを言ってきたが、俺は敢えて何も言い返さなかった。
暫くして城内からメイド姿の美しい少女が現れ、俺とカナンを迎えに来た。
最近分かったことだが、現実離れした美男美女が現れたら大概はレンの直属の部下だ。
つまり、このメイド姿の美少女もこんなちっこい癖に俺なんか片手で倒せるような化け物に違いない。
伝説に出てくる英雄の力が誇張じゃなかったということが良く分かる話だ。腹立たしいが。
「こちらでございます」
少女は鈴が鳴るような可愛らしい声でそう告げて、扉をノックした。
いつ見ても馬鹿みたいに神々しい、目を見張るような装飾の施された扉である。
少女がその扉をノックすると、その扉は中から音も無く開いていった。
そして、これまた息を呑むような豪華な光景が目の前に広がる。
見事な壁、柱、窓。天井も見上げるほど高い。床に敷かれた絨毯は何処ぞの王様でも踏むのを躊躇う程のものだ。
その玉座の間の奥には、荘厳なる玉座の間にある意味ぴったりな迫力のある髭面の男の姿があった。国王代理というか、この城の主というべきカルタスだ。
「おお、良く来たな。何用だ?」
カルタスは俺とカナンを見てそう言うと、不敵に笑って腕を組んだ。
隣に立つカナンの緊張する気配が伝わってくるが、案外見た目にそぐわずカルタスは気軽に接しても怒らないのだ。
とはいえ、この新たなる大国だの神話の国だのと言われる国の一つの城を任せられる城主である。
言葉遣いくらいは気をつけねばならない。全く、いつの間に俺はそんなお偉いさんとの会話に気をつけるような人間になってしまったのか。
「カルタス様、少しお願いがあって参りました」
そんなことを思いながら俺が仏頂面でそう切り出すと、カルタスは噴き出すように笑った。
「丁寧な言葉遣いに慣れてないのが丸わかりだな。いいぞ、気楽に話せ。何の願いか?」
カルタスはくつくつと笑いながら顎の髭を揉み、俺を見た。
俺は溜め息を吐いて肩を竦めると、カナンの方を指差した。
「国王様より、冒険者になったダークエルフ達の面倒を見るように仰せつかっております。なので、彼女らの歓迎の宴を開いて交流を深めたいと思っております」
「ほう。良いではないか。資金か?」
俺の話を聞き、カルタスは片方の眉を上げてそう先読みしてきたが、俺は引き攣りそうになりながら笑みを浮かべて首を左右に振った。
「いや、ダークエルフの皆様は大層腕が立つので、今日狩った魔物の素材だけで嫌というくらい金が稼げましたよ」
俺がそう言うと、カルタスは笑いを押し殺しながら頷いた。
「ならば場所か。確か、ダークエルフの者達が揃うと五千人以上いると聞いている。庭に宴会場を用意してやろう」
「いや、三百人分程度で…ん? 五千? 五千人のダークエルフ?」
カルタスの言葉に俺は反射的にそんな返事を返してしまった。
すると、カルタスは面白そうに俺の顔を眺める。
「何だ、知らなかったか。ダークエルフの者達が五千人、エルフの者達が一万人、獣人達が一万人以上は来ると聞いておるぞ? まあ、皆が冒険者になるわけでも無いし、お主の負担は然程増えまい。今よりは増えそうだがな? わっはっはっは!」
俺は呵々大笑するカルタスを眺めながら、今度レンにあったらどうしてやろうかと頭を巡らせていた。
ヴァル・ヴァルハラ城の広い庭の一角を借り、俺達は見る見る間に出来上がっていく会場に唖然としていた。
カルタスが城に居る生産職等と呼ばれる英雄を集め、庭に俺達を集めたかと思えば、その場で会場を作ると言いだしたのだ。
宴会は明日か。俺はそう思って庭の端に立っていた。他の冒険者達は興味津々で見ていたし、ダークエルフ達は揃って直立不動の姿勢のまま動かなかったが。
確かに、街があっという間に出来たという話は聞いていたが、目の前でその現場を目撃して本当の意味での理解をした。
なにせ、目の前には石造りの巨大な会場が僅かな間に出来ていくからだ。
石造りだが、隣の城の格好にも少し似た建築様式に、豪華な扉や窓。今は内装を作っているようだが、本当に少し凝った料理を作るのと同程度の時間でデカい建築物が出来上がりつつある。
まあ、最近は信じられないことばかり起きてるから俺の感覚も麻痺してきているが。
この光景を見ても乾いた笑いしか出ない。
「お、出来たようだぞ」
笑っている内に、近くで見ていたカルタスがそんなことを口にしていた。
確かに、中からは生産職とかいう者達がゾロゾロと出て来て、カルタスに片手を上げたり挨拶を交わしたりして城に帰っていく。
カルタスは一斉に自分を見る皆を眺めると、口の端を上げて出来たばかりの宴会場を指差した。
「ほら、皆入れ。崩れる心配はないから安心して良いぞ」
カルタスにそう言われ、まず冒険者達が一斉に建物の中へ雪崩れ込んだ。
そして、もう一度カルタスに促されたダークエルフ達が整列して中に入っていく。
「どうした? 入らんのか?」
カルタスにそう聞かれて、俺は溜め息と共に頷いて建物の出入り口へと足を向けた。
開け放たれた扉を潜ると、外から見て予想していた通り、見上げるほど高い天井と見事な照明が目に付いた。
何処の冒険者の宴会場にシャンデリアがあるというのか。
床は宴会場であることを考慮したのか、綺麗な光沢が出るほど磨かれた石の床だった。
柱は丸く、高い位置にオイルランプのような灯りを発する照明がまた取り付けられており、玉座の間で見た豪華な旗が立てられている。
中はテーブルと椅子が多く並べられており、確かに三百人は余裕で入れるように見えた。
俺が会場を見回していると、カルタスが側まで来て口を開く。
「どうだ?」
と、カルタスに尋ねられ、俺は眉間に皺を寄せてカルタスを横目に見た。
「これで文句を言う奴なんざいませんよ。十分過ぎる場所です」
俺がそう言うと、カルタスは面白そうに笑って俺の肩を叩き、背を向けて歩き出した。
「飯は運ばせるから寛いでいるが良い」
カルタスはそう言って会場を後にした。
カルタスの姿が見えなくなると、それを見計らったかのように馴染みの冒険者達が俺の方へ殺到してくる。
「す、凄いですよ、ウォルフさん! 城の庭を借りられるようになったかと思えば!」
「本当っすよ! なんすか、この城みたいなの!?」
「ぶはは! やっぱウォルフさんは凄ぇわ!」
やんややんやと騒ぐ冒険者達を軽く受け流し、俺は適当な椅子に座って息を吐いた。
俺は何もしてねぇっての。
そんなことを思いながらやさぐれていると、俺の正面の席にカナンが何気ない顔で座ってきた。
「いや、本当に慕われているな」
「…なんでお前が此処に座るんだ」
俺がそう言うと、カナンは意味ありげな笑みを浮かべて俺を横目に見た。
「交流だろう? 私も是非ともウォルフ殿に冒険者の話を聞きたいと思っていたからな。席は勝手に此処に決めさせてもらった。あと、どうしても同席したいという娘がおってな」
「あん?」
俺はカナンの暑苦しい台詞に顔を顰め、人の気配を感じて隣を見た。
「ど、どうも。ミィナです。宜しくお願いします」
そう言って、俺の隣に狩りの時に一緒だったダークエルフの少女が座った。
何ともやり辛い流れだ。新人冒険者には俺から声を掛けて適当に絡むのが俺のやり方だってのに。
俺は眉間に皺を寄せたまま、ミィナと名乗る娘に頷いて返事をした。
ちなみに、出て来た料理も酒も目玉が飛び出るほど旨かった。
次の日の朝には冒険者もダークエルフも大多数が二日酔いになったのは言うまでも無い。




