ダークエルフの冒険者達の宴
人数が多すぎた。
僅かな間に深淵の森の強力な魔物を50体近く狩った為、金には全く困っていない。
むしろ、唸るほどの金がある。
だが、これだけの人数が入る飯屋が無い。
冒険者ギルドの受付で、俺は溜め息まじりにカウンターに肘をついた。
すると、受付嬢のランとミリアが揃ってこちらを見た。
ランは緑色の髪を揺らし、最近掛け始めた眼鏡を指で押し上げながら口を開く。
「ウォルフさん…これだけの大戦果に対して、何を溜め息なんて吐いてるのですか?」
ランに呆れたようにそう言われ、俺は肩を竦めてギルドの中を見回した。
冒険者達とダークエルフ達が微妙な距離感で左右に分かれて立ち、何人かの者達のみが会話を出来ている状況だ。
やっぱり酒が入らないとな。古株も調子が出ねぇよ。
俺はそんなことを思いながらランに目を向けた。
「人数が多すぎて入る飯屋が無いんだよ。このギルドもランブラスのギルドよりかなりデカイが、食堂代わりに使うのは無理だろ?」
「当たり前でしょ? この人数にここで宴会なんてされたら依頼が滞っちゃうわよ。まあ、街の中の便利屋的な仕事ばっかりだけどね」
俺の質問に、ミリアが嫌そうな顔をしてそう返してきた。最近は妙に気合の入った格好をすることの多いミリアだが、ダークエルフ達の持ち込んだ大量の魔物の死骸の検分に同席したせいで疲れ顔だ。
だが、それでも赤い髪を綺麗に結って見た目に気を使っている。
惜しむらくは、それを見せたい相手が中々姿を現さないことだが。
そんなミリアの言葉を聞いた俺は、ギルドの依頼を貼り付ける掲示板を見た。
緊急を報せる赤い羊皮紙が貼って無いのは当たり前だが、貼られている依頼も微妙なものが多い。
理由は簡単だ。
まず、魔物の脅威が激減したこと。これはレンの部下や軍が見廻りをしている為だ。
次に、盗賊なども出ない為、商人などの護衛の依頼が激減したこと。これもレンの所為だ。
更に、国内が安定している為、傭兵団から助っ人を募集する依頼が無いこと。これもレンの所為だ。
挙句に、一流の冒険者でないと立ち入れない地での素材等の採取も滅多に無い。こちらはメーアスの商人共がいくらでも持って来るから余るほどある。
メーアスの商人共が何故こんなに様々な貴重品やら希少品をこの国に持って来るのか。
もっと貴重な深淵の森の魔物の素材やらを手に入れる為だ。
結果として残った依頼は街の中での便利屋紛いの仕事ばかりとなる。
結論としては、レンが悪い。
国としては素晴らしい限りなのだが、冒険者の仕事は極端に絞られてしまう結果となった。
なにせ、新しい冒険者も来るし、新人の冒険者も毎月デビューを果たすのだ。
便利屋紛いの仕事も無くなる。
残りは深淵の森の魔物狩りだ。
まあ、そのお陰でこの街の冒険者は馬鹿みたいに屈強な奴らばかりになった。
ただ、魔物を倒す以外の経験が無い冒険者も多くなってきていることに危機感を覚える。
護衛や卑劣な盗賊との戦いを経験せねば、冒険者としての厚みが生まれない。
ダンジョンでもあれば斥候や罠に関しても学べるし、護衛に必須な周囲を警戒する注意力も手に入る。
深淵の森では一体ずつ誘き出して倒すだけだからな。
俺がそんなことを考えてまた溜め息を吐いてると、ミリアが変な声を出してこちらに身を乗り出してきた。
「そうだ! カルタス様にお願いしてお城の広間を借りましょうよ!」
「ぶふっ」
突然言われたミリアの衝撃的な案に、俺は吸いかけの空気を噴き出して噎せた。
肺が吃驚してやがる。
俺はミリアを半眼で睨み、肩で息をしながら口を開いた。
「馬鹿言え。誰が冒険者の宴会の為に城の一室を開放するってんだ」
俺がそう言うと、ミリアは目をギラギラと輝かせて俺とダークエルフ達を見た。
「いけると思うわよ? レン様にダークエルフさん達のお世話を頼まれたんでしょう? なら、異文化交流の為にも必要なことだって言ってみましょうよ!」
ミリアは鼻息も荒くそう言ってランを見た。どうやら、ランに援護射撃を期待してのアイコンタクトのようだが、ランの顔に浮かぶのは先程から呆れ顔のみだ。
「流石にそれは…っていうか、ミリア…本当に国王様に関しての行動力は異常だよね。前もギルドの規律違反してたし…」
ランから恐ろしい言葉が漏れた気がしたが、俺は聞かないフリをした。
「もう、何よ。二人ともやらないなら私が直接聞いてくるわ! ラン、エルランドさんに早退したって伝えておいて!」
「む、無理無理無理! なんて説明したら良いのよ!?」
ミリアの発言にランが焦りながら文句を言った。
久々のミリアの暴走に、俺は頭痛を堪えながら手を伸ばした。
カウンターを乗り越えて行こうとするミリアの頭を片手で掴み、俺は諦観の念を目に籠めてミリアを見た。
「分かった。俺が聞いてくるからお前はここで待ってろ」
「えぇー。もしかしたらヴァル・ヴァルハラ城にレン様がいるかもしれないのに…」
ダメだ、こいつ。
俺がミリアをどう説得したものかと悩んでいると、ランが助け舟を出してくれた。
「国王様も、ミリアが受付嬢としての仕事をサボって会いに来たと知ったら失望するわよ? ウォルフさんに任せておきなさい。夕方には早退出来るように聞いておいてあげるから」
ランがそう言うと、ミリアは期待の籠った目で俺を見た。
俺は仲人じゃなくて冒険者だってんだ。
だが、それだけ恋い焦がれる相手に会いたい気持ちも蔑ろには出来ないだろう。
仕方なく、俺は重い足取りで城へ向かうことにしたのだった。
ギルドを出て、橋の向こう側に見える城を見るだけで行く気が失せる。なんだってあんなに豪華に作りやがったんだ。一般庶民には光ってんのが威嚇に見えるぞ。
「ウォルフ殿!」
と、ぶちぶち愚痴を呟きながら歩く俺に、綺麗な女の声が投げかけられた。
名前を呼ばれて振り返ってみたら、そこにはあのカナンとかいうダークエルフ村の村長が立っていた。
カナンは俺を見て口を開く。
「城に行くのなら私も一緒に行こう」
カナンは俺の目を真っ直ぐに見つめながらそう言った。
「そうか」
押しに弱い訳では無いが、これだけ真っ直ぐに見られると中々嫌とは言い辛い。
俺は軽く返事を返して踵を返し、城に向かってまた歩き出した。
すぐ斜め後ろを付いてきていたカナンが口を開いた。
「ウォルフ殿はかなりの腕前のようだな」
何の脈絡も無しに言われたそんな言葉に、俺は吹き出すように笑った。
「ははっ! お前に言われると嫌味にしか聞こえんな」
俺がそう返すと、カナンは至極真面目な声で否定した。
「いや、単純な戦闘力の話ではない。我々とて、森の狩人だ。魔物を探すことも倒す事も得意分野だと自負している。しかし、私のパーティーが倒したのは五体。ウォルフ殿のパーティーが倒したのも五体。他のパーティーで五体倒せたところは無い。これが、冒険者の嗅覚か?」
カナンにそんな質問をされ、俺は後ろを振り向かずに片手を振った。
「偶々だ。買い被るな」
俺がそう言うと、カナンは唸りながらもまた否定の言葉を口にした。
「…ふむ。聞いたところによると、あの視界の悪い森の中で、ウォルフ殿が一番に魔物の居場所を特定したと聞いたが」
「俺は斥候じゃねぇぞ。特定なんて出来るか。あっちに魔物がいる可能性が高いとか、そんな程度だ」
生真面目な調子で俺を持ち上げるカナンの台詞に辟易しながら俺が返答すると、カナンが笑う気配を背中で感じた。
「…それが冒険者の嗅覚だろうに。まあ良い。城に着いたことだしな」
カナンはそう言って口を閉じた。
俺は異様なまでに美しく、荘厳なるミスリルの城を見上げ、溜め息を吐いた。




