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最強ギルドマスターの一週間建国記  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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逃げ惑う深淵の森の魔物

息を切らせて森の中を走り、泥沼に足を取られ、岩を踏み砕いてバランスを崩した。


その拍子に肩から巨木に衝突し、歩みを止めてしまう。


それが、彼の生命の岐路であった。


一つ目族の巨人、サイクロプス。


彼は過酷な環境の下、戦い続けることで居場所を作り出し、他のサイクロプスよりも硬質化した黒い肌を武器に縄張りを拡大した。


五年。


この短いようで長い年月を、彼は戦いに費やし、縄張りを守った。


だが、その日々はある日突然終焉を迎える。


小さく細い、浅黒い肌の人間達によって。


「魔物だ! あそこに魔物がいるぞ!」


「一体か!?」


「一体だ! カナン様に遅れをとるな!」


そんな声が響き、サイクロプスは慌てて近くの岩を手で掴んで投げた。


二つ、三つと大きめの岩を黒い人間に向かって投げつける。


自分の膝にも届かない身長の小さな小さな人間達が、十人程度で四方八方からわらわらと群がってくる。


普段なら、岩を投げつけるだけで小さな人間は恐怖し、歩を進めるのを躊躇うものだ。


だが、その者達は違った。


爛々と暗闇の中で輝く双眸。笑みの形に浮かび上がる白い歯。


そして、目にも止まらぬ速度で走り、下から上から降り注ぐ氷の槍や風の刃。


見る見る間に傷だらけになっていく自慢の肌。


それらは全て、サイクロプスの経験に無いことだった。


サイクロプスの血が滲んだ肌が総毛立ち、恐怖に瞳が震える中、獰猛な黒い影達は無慈悲にその剣を振り下ろす。


一方的なまでの狩りである。


遠くでは、他のダークエルフ達の声が響き、瞳から光を失っていくサイクロプスの耳に届いた。


「いたぞ! 魔物だ!」


「ああ、くそ! カナン様に先を越された!」


深淵の森に、かつて無い人間達の声がこだまする。






「何だこりゃあ…」


俺は頭を抱えたくなるような気持ちでその光景を眺めていた。


その立ち振る舞いで、そしてレンからの口利きで現れた新人冒険者達ということもあり、間違いなく腕は立つと予想していた。


だが、その動きはもはや同じ人間とは思えないものだった。


そして、皆が当たり前のように無詠唱で魔術を行使している。


「…俺がこいつらに何を教えろと言うんだ」


俺は不貞腐れたようにそう呟き、周囲を確認して石の上に腰を下ろした。


上を見上げれば巨大な木々が生い茂り、微かに陽の光が見える。


周囲には小川や沼地はあるが、なだらかな丘や座るのに丁度良い岩などもあり、中々快適といえる。


「…深淵の森ってこんな感じだったか?」


俺は首を傾げながら、周囲を探索して戻ってくるダークエルフ達を見た。


男女入り乱れてはいるが、皆が間違いなく美形である。


最初は女のダークエルフしかいなかったのだが、男のダークエルフも後から合流したのだ。


合計二百人を超えるダークエルフ達を監督するのは不可能である。


その為、俺が連れていたパーティーを一度解体し、冒険者一人につき十人から十二人のダークエルフを部下として組ませた。


そして、陣形や斥候、指示の出し方や撤退の仕方など、様々な冒険者の基本を教えることにしたのだ。


しかし、問題が発生した。


今まで通り一体ずつ確実に狩るという方針にしたのだが、ダークエルフ達が強過ぎて魔物達が瞬殺されている。


異常な強さを持つダークエルフ達が十人以上で一体を狩るのだ。魔物に生き残る術は無いだろう。


「ウォルフ殿! 五体目の魔物、狩り終わりました!」


ダークエルフの美しい美女がそんな報告を嬉々としてやってくる。


俺は曖昧に頷きながら、石の上から降りた。


「よし、今日はこんなもんだな」


俺がそう言うと、その美女は愕然とした顔になって俺を見上げた。


「も、もう帰るのですか?」


「もう帰るぞ。未知の領域に足を踏み込むなら、焦らずゆっくりと、だ。それにお前達の歓迎会もあるからな」


俺がそう言うと、女は目を丸くして俺を見た。


その惚けたような顔を見て、俺は首を傾げながら口を開く。


「なんだ?」


俺がそう尋ねると、女は眉をハの字にして、何とも言い辛そうに顎を引いた。


「あ、いえ…我々を、歓迎してくれるのですか?」


女は俯きがちに俺を見上げてそう言うと、俺の返事を待った。


何を言ってんだ?


俺は質問の意図を計り兼ねながらも頷き、返事を返した。


「当たり前だろ。お前達はもう仲間だ。冒険者ってのは命懸けだからな。仲間は大事にして助け合うもんだよ」


俺がそう言うと、女は目を瞬かせて呆気に取られた。


その様子に俺は馬鹿にされてるのかと勘繰ったが、どうも違うらしい。


「…聞いていた冒険者の話と、ウォルフ殿は全然違うのですね」


「なんだ? レン国王陛下から余計な情報でも聞いてきたか?」


俺が眉間に皺を寄せてそう言うと、女は慌てて首を左右に振った。


「い、いえ! 里に伝わる冒険者の噂です! ダークエルフを捕まえて奴隷にしたり、里から出たばかりのダークエルフを騙して金品を奪ったりと…あまり良い話を聞いてこなかったものですから…」


申し訳無さそうにそう言う女を見下ろし、俺は鼻から盛大に溜め息を吐いた。


そりゃ、その冒険者が悪い。


確かに、そんな噂ばかりならば良い印象など生まれないだろう。


「冒険者も色々だ。冒険者のくせに冒険じゃなくて人攫いを生業にする屑もいるし、街を守る英雄もいる。お前達が良い冒険者になればそれで良いんだ。その為の知識や技術なんてものを教えれるなら、俺が全て教えてやる」


俺がそう言って、女の背中を強めに叩いた。


「ひょあっ!?」


惚けた顔をしていた女が、俺に叩かれて変な声を上げるのを見ながら、俺は肩を揺すって笑った。


「おら! 飯に行くぞ! 他のパーティーにも伝えてこい!」


俺がそう言うと、女は背筋を伸ばして笑った。


「は、はい! 行ってきます!」


そう言い残し、女が俺に背を向けて走り出す中、周囲を囲んでいた他のダークエルフ達が何処か含みのある微笑みを浮かべて俺の顔を見ていた。


俺は顔が熱くなるのを感じながら怒鳴る。


「おい! 一人で行かせるんじゃねぇぞ! 五人は絶対についていけ!」


「は、はい!」


俺の怒鳴り声に慌てて正面にいた五人のダークエルフが女を追い掛けて走り出した。


残ったダークエルフ達も俺を直視しないように視線を外しているが、俺は肩を怒らせて歩き出した。


ああ、恥ずかしい。


クサい台詞を堂々と言い過ぎた。


まるで十代の若造だ。


俺は辺りを睨みながら警戒し、大股で深淵の森の出口に向けて歩いたのだった。


深淵の森を出るまで、ずっと背後からダークエルフが魔物を発見したと報告する声が響いてきていたが、俺は一切を無視して歩く。


もう今日だけで十分な稼ぎだよ。馬鹿野郎。



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