エインヘリアルで起きる問題
宗教戦争については保留にして、俺は最後の報告に移ってもらった。
なにせ、インメンスタット帝国との交渉の遅れの原因が宗教というのも可能性の一つでしかないし、その話が飛躍して宗教戦争にまで辿り着いたのも憶測の中の話だからだ。
まあ、ぶっちゃけ、宗教絡みだと面倒くさそうという部分がウェイトの多くを占めているが。
とか何とか考えていると、書類を纏めたリアーナが口を開いた。
「エインヘリアル内での問題についてですが、細かく報告致しますと、まずは奴隷商人の摘発があります」
「摘発? 違法なことをしている奴隷商人がいたか?」
俺が眉根を寄せてそう聞くと、リアーナは頷いて書類を見た。
「まず、メーアスから来た奴隷に、村から拉致されて奴隷にさせられた者が58人。次に、現在は国が割れてしまっているガラン皇国から元貴族や、皇都の民などから違法な手段で奴隷堕ちさせられた者達が無数におり、殆どがメーアスと我が国に売りに来られています」
リアーナはそう言って溜め息を吐いた。こういった手合いは、中々にたちが悪そうである。
「国際同盟について説明したか?」
俺がそう聞くと、リアーナが頷いてキーラを見た。キーラは膝に両手を置き、背筋を伸ばして口を開く。
「はい。一度拘留された奴隷商人と騎士の会話を聞いておりますが、どうもエインヘリアルで大量の奴隷が買い取られたという噂を聞いて連れてきたらしく、騎士との会話の際にも交渉を持ちかけてくる者が多くおりました。メーアスに関しては、以前最も多くの奴隷を扱っていたということもあり、今まで通りの形式で売買しようという商人が沢山おりました」
キーラからの報告を受けて、俺は唸りながら背凭れに体を預ける。
我が国への奴隷の受け入れに関しては戦争時で受け入れた奴隷のことだろう。
奴隷から解放した上に金は掛かっていないのだが、噂しか知らぬ者からすればメーアスが大金をかけて回収した話も合わせて、エインヘリアルで奴隷が高価な額で取引されていると思うのかもしれない。
問題はそちらでは無く、国際同盟のルールを知っても尚、違法奴隷を売買しようとする輩だ。
国際同盟が馴染んでいないせいもあるが、明らかにルールを甘く見られている。
と、そこまで思った段階で気がついた。
「違法に奴隷を扱う商人に対する罰はどうなっている?」
俺がそう言うと、リアーナは頷いて書類を一枚取り出した。
「まず、拉致したり、嘘の罪を着せて無実の人を犯罪奴隷にした者は、奴隷の没収と国際同盟に加盟している国々での奴隷売買の禁止。そして、違法に集めた奴隷であると承知の上で売買した者は、同じく奴隷売買の禁止と、国内で商売している者に関しては国外追放も加えています」
リアーナはそう言って、書類から俺に視線を移した。
俺はリアーナの報告した罰に対して頭を捻りながら疑問を呈する。
「国境が曖昧な地域もあるだろうが、奴隷の売買を禁止された者は本当に国際同盟の加盟国の中で販売が出来ないのか? 何処か、別の地域からまた別人のふりをして奴隷を連れて来るんじゃないか?」
俺がそう尋ねると、キーラが頷いた。
「中々全ての国に周知することは出来ない状態です。後は、入国審査をする者の中には賄賂で許可を出してしまう者もおりますので…」
「そうだろうな」
キーラの言葉に、俺は溜め息混じりにそう返事を返した。
全てを完璧にすることは出来ないし、こちらも全てをチェックすることは出来ない。
そういったアウトローな商売をしてきた者達からすれば穴だらけの規律だろう。
まあ、違法に売買された奴隷と分かればこちらが解放し、場合によってはこちらの国民が増えるのだから良い点もある。
だが、恐らく国の目が届かない奴隷の売買の方が多いだろう。
ならば、どうするか。
「厳罰化しかないか」
俺がそう言うと、リアーナが難しい表情で頷いた。
「市場規模は縮小してしまう懸念はありますが、それが最も効率が良いでしょう」
「とりあえず、明日から一ヶ月間はこれまで通りだが、厳罰化の話は広めてくれ。特に、違法に奴隷を集めた者は二度と商売を出来なくしなくてはならない」
俺がそう言うと、キーラが首肯して呟いた。
「死刑ですね」
「入れ墨とかでも良いんじゃないか? それこそ、顔とか首、手みたいな一目で分かる部分に犯罪者である印をいれたら…」
俺がそう言うと、キーラは不思議そうに俺を見返した。隣のリアーナも目を瞬かせている。
「そういった印は回復魔術で消えてしまいますが」
あ、そんなのがあったか。
俺はキーラの一言に思わずこめかみに指を置いて唸った。
「墨を打ち込んでもか?」
俺がそう言うと、キーラはあっさりと頷く。
「そうですね。魔術の効果に関してはレン様の方が遥かに造詣が深いと思っておりましたが…」
キーラが心底不思議そうにそう呟き、ハッとした顔で口元を片手で抑えた。
自分の発言が失礼に当たると思ったのだろうが、別に気にならない。
俺は困ったように笑うと、適当な言い訳を口にして流すことにする。
「条件さえ整えば死者も生き返らせることが出来るが、生憎と入れ墨を治療したことは無くてな」
俺がそう口にすると二人は絶句していたが、俺はさっさと話の続きに戻ることにした。
「どちらにせよ、他の手段が無いなら死刑が妥当か。仕方あるまい。次の話は?」
俺がそう尋ねると、二人は慌てて書類を用意する。
「つ、次は冒険者に関しての話です。現在はAランク冒険者のパーティーも城下町に集まってきているようですが、まだ三分の一も深淵の森を攻略出来ていないそうです。ただ、唯一、Sランク冒険者パーティーの白銀の風がもうすぐ深淵の森を突破し、アースドラゴンのイシュムガルドの居城へと到達する見込みとなっております」
「おお、ついにか! 二ヶ月くらい森に籠っていたか? 随分と時間が掛かったがようやく突破か」
リアーナの報告に俺がそう返事をすると、リアーナが呆れたような顔で俺を見た。
「いえ、白銀の風による深淵の森攻略は異常な速度といえます。本来は千を超える規模の軍隊ですら二週間滞在することも出来なかった魔の森ですから」
リアーナはそう言ったが、俺は別の報告でダンやシェリーが深淵の森の魔物を狩って成長を続けていることを知っているので首を傾げるのみだった。
すると、リアーナは別の書類を一枚出して目を通しながら口を開いた。
「どうやら、白銀の風が深淵の森を半分ほど攻略した際に発見した秘宝により、急激に攻略速度を上げたとあります。その秘宝とは、魔術刻印の施されたミスリルの盾とのことです」
「ああ、あれか。盾なのに攻撃力向上を付けた面白装備だったが、意外と上手く使ってるみたいだな」
俺がそう言うと、リアーナとキーラはまたも絶句して、こちらを見た。
「…そんな伝説級のアイテムをポンポン置かないでください」
ようやく喋ったと思えばそんな事を言うリアーナに、俺は肩を竦めて笑う。
「これで話題になれば更に冒険者が集まるだろう? それに、装備自体は二流品だ。大した効果ではない」
俺がそう答えると、リアーナとキーラは顔を見合わせて同時に溜め息を吐いた。
失礼な奴等である。
まあ、何はともあれ、やっと冒険者達とイシュムガルドの対面イベントである。
かなり楽しみだ。
俺がそんなことを思っていると、リアーナが咳払いを一つして新しい書類を取り出した。
「それでは、残りの問題ですが、一部運営が行き詰まっている学校と、娼婦関連、法律の改正などがあり…」
まだまだ続きそうなリアーナの台詞を聞き、俺はこれは中々終わりそうに無いなと眉間に皺を寄せたのだった。




