予選大会
激闘。
まさに、その一言である。
まるで丸太を叩きつけるような打撃音を響かせて殴り合う戦士達。壁を地面のように走る者までいる。
獣人達の身体能力の高さが伺える戦い方である。
そんな中、際立つ戦い方をする者が一人いた。
あの筋肉狐獣人である。
あの大男、走り回りはしないが、相手の攻撃に合わせるように自らの手足を振り回し、相手を観客席にまで吹き飛ばしている。
なんという馬鹿力。
観客席にも多くの獣人の戦士がいる為、吹き飛ばされた獣人はしっかりと受け止められているので安心だが、信じられない力だ。
獣人達の実力が高いこともあり、一回目の予選は見る見る間に決着へと向かっていく。
気がつけば、会場に立っている者は三人になっていた。
勿論、あの筋肉狐獣人もいる。
「ふん!」
「シッ!」
目が合った瞬間、筋肉狐獣人と犬獣人らしき細身の男がぶつかり合い、犬獣人は狐獣人の蹴り出された足を見てしゃがみ込んだ。
そして、足先からスライディングの要領で狐獣人の背後へ回り込み、素早く立ち上がる。
素晴らしい動きだ。間違い無く、最初から狙っていた作戦だったのだろう。
だが、犬獣人が拳を構える瞬間、狐獣人の後ろ回し蹴りが犬獣人の腹を薙ぎ払った。
体がズレるどころか、地上から浮かび上がる勢いで蹴られた犬獣人は、そのまま地面を二度三度転がり、闘技場の床に倒れた。
狐獣人は倒れた犬獣人が動かないことを横目で確認すると、正面に立つ熊獣人らしき大男を見た。
熊獣人は腰を落として構えると、狐獣人は両手を前に出してボクシングのような構え方をする。
動きが止まった。と、思った矢先、二人は同時に相手に向かって走り出した。
「ぬぅりゃあ!」
「せい!」
狐獣人は空中に飛び上がり、空から相手の顔面を狙って蹴りを放つ。
それを、熊獣人は真正面から両腕で受け止め、後ろに弾かれながらも空中に向かって足を蹴り上げた。
「ぐぬ!」
空中で背中を蹴られる形となった狐獣人はくぐもった声を漏らしながら身体を捻り、地面に着地した。
熊獣人は態勢を立て直すと、地面に座り込むように片膝をつく狐獣人に向かって飛び出した。
「せあ!」
気合いとともに熊獣人は狐獣人の顔面に向かって拳を振るったが、狐獣人はそれを身を捩って避けると、その突き出された腕を掴んで座ったまま一本背負のような格好で投げ飛ばした。
その一撃で、熊獣人は闘技場の壁まで吹き飛ばされる。
どんな力やねん。
俺は獣人達を舐めていたかもしれない。
そんな思いで、俺は予選第一試合を見届けた。
ちなみに、予選は合計十回行われた。
毎回五十人なので約五百人の獣人達が予選に参加した。
いや、参加し過ぎ。どんだけ闘いが好きなんだ、あいつら。
そして、クウダイ、フウテン、リンシャンもそれぞれ別の回の予選に参加し、勝利している。
俺が呆れながら見守る中、最後の十回目の予選が始まろうとしていた。
参加する者を見回すと、何故か一人だけ随分と細い、丸みのあるボディラインの女が立っているのが見えた。
まさにナイスバディと言いたくなる見事なプロポーションを柔らかそうな衣服に包んでいる。黒く長い髪も見事な美しい輝きを放っている。
頭には大きな三角の耳とお尻からはフサフサの尻尾が…。
「…何をやってるんだ、ソアラ」
俺はさらっと闘技場の上で身体を伸ばしているソアラを見てそう呟いた。
いやいや、あなた回復魔術士の上級職である聖職者でしょうが。
魔術士よりかはステータス的に体力も攻撃力もあるけど、どう考えても不利ですよ?
俺がそう思ってソアラを見下ろしていると、ソアラは笑顔で俺に手を振った。
その手には身体能力向上のアイテムすら装着されていない。
これはどうしたものか。
俺がそう思って開始の合図も出せずにいると、アリスキテラがこちらへ飛んできた。
「れ、レン様! そ、ソアラ様が…」
慌てるアリスキテラを見て、俺は溜め息を吐きつつ頷く。
「やる気みたいだな」
まあ、レベルのお陰で体力は獣人達と比べても間違い無く多いだろう。
俺はソアラの笑顔を見てそう諦めると、ソアラに手を振り返してから立ち上がった。
「始め!」
俺が開始の合図を発し、獣人達は一斉に動き出す。
ソアラの正面には巨体を揺らす猫獣人の女が立っていた。砲丸投げの選手みたいな分厚い筋肉の女だ。
男の獣人達はソアラの細腕を見て遠慮したのだろう。明らかにソアラを避けるように近くの別の者を選んで向かって行っている。
そんな中、猫獣人の女はソアラを睨み付けて拳を握り込み、片方の肩を回す。
「思い切りやらせてもらいます!」
意外に可愛らしい声で女がそう言うと、ソアラはにっこりと柔和に微笑んで頷いた。
「かかっていらっしゃい」
場違いな、鈴が鳴るような美しい声でソアラがそう言うと、女は地面を蹴りつけて走り出した。
女は巨体を生かした剛腕を振り回してのラリアットを放ち、ソアラはそれを優雅に潜り抜ける。
攻撃を空振りしてしまった女は偶然前にいた犬獣人に体当たりして吹き飛ばし、その反動を利用してソアラに再度突貫した。
今度は掴みかかるつもりらしく、両手を広げて逃げられないようにしながらソアラに向かっていく。
「よいしょっと」
だが、ソアラは飛び上がりながら片手で女の頭を叩き、掴まれる前に女の背後へ降りた。空中で綺麗に一回転して着地したソアラに見惚れる観客達。
だが、未だにソアラは女に対して有効な一撃を放ってはいない。
「くっ! 次こそ!」
攻撃を空振ってばかりの女はそう怒鳴りながら、背後を振り向き、思い切り力の籠った渾身の右ストレートを放った。
だが、ソアラはその攻撃を見て笑みを深めた。
拳を受け取るように両手で女の腕を挟み、身体を捻って女の拳を地面に向けて降ろした。
女は自らの拳の勢いのまま前方に倒れ込み、ソアラの上を空中で通過して頭から地面に叩きつけられる。
変則的な背負い投げのような形だが、女が叩きつけられる勢いは背負い投げどころでは無かった。
その証拠に、女の頭が地面にめり込んでいたのだから。
「よし」
ソアラは立ち上がると、嬉しそうにそう言って倒れた女を見た。
その状況を見ていた別の者が、ソアラに向き直って頭を下げる。
「次は私が挑戦させていただきます!」
そう言って、頭に長い耳を生やした背の高い男が構えた。兎獣人だ。
「どうぞ」
その男に、ソアラは優雅に微笑んで両手を前に出して構えた。ソアラがする初めてのファイティングポーズといえる格好に、俺はかなりの違和感を感じていた。
ソアラには鞭の装備はあるから鞭を振るうことはある。だが、あんな素手での闘いを行う為の構えなど、俺ですら知らない。
両手を軽く開いて相手の顔と胸の高さに合わせるように構えたソアラに、男は警戒心を見せながらも動き出した。
横っ飛びに飛んで、男はソアラの構えの側面から攻撃を仕掛ける。
中々の速さだ。
だが、ソアラは自分の腹に向けて突き出された足を、横を向く動きそのままに手で払い除け、バランスを崩した男の横腹に空いた手で肘打ちを叩き込んだ。
自らの体重と走る勢いをそのまま肘打ちとして返された男は、苦悶の声をあげてその場で崩れ落ちた。
見事なカウンターである。
滅茶苦茶違和感があるけど。
ソアラが男を瞬殺したのを見て、更に他の獣人達がソアラに殺到する。
そして、ソアラは一度か二度の接触で必ず相手を仕留めていった。
気づけば、観客からもソアラを応援するような声が聞こえてきた。
ソアラ…ファンクラブでも作る気か。




