獣人の戦士達が狂喜
大盛り上がりの獣人達に囲まれて、フウテンは躊躇いがちに俺を見て口を開いた。
「よ、良いのですか、レン様。確かに獣人を納得させる一番の方法かもしれませんが、あまりにも…」
フウテンはこちらを下に見ているわけでは無く、純粋に自信からくる心配を俺達にしているようだった。
失礼な。
流石にラグレイトは出したらただの大量虐殺になってしまう。
俺のイメージは町内会の相撲大会とか運動会的なほのぼのとした格闘技大会にしたいのだ。
しかし、周囲を見回すと獣人の戦士達の気合が半端ない。
遠吠えのような声まで響いている。
なんだ、この野性味の溢れる動物園は。
「代行者様ぁっ!」
と、野太い怒鳴り声が響き、俺はそちらを振り向いた。
すると、そこには傷だらけの大男が立っていた。基本的にデカイな、獣人の男は。
その大男は簡素な鎧を着込んでおり、ボディビルダーのような筋肉を晒している。恐ろしいのはその大男は狐獣人ということだ。
ソアラと同じ種族と思えないその大男は、俺を見て土下座のような格好をして頭を下げた。
「殺してもらって結構です! 神の代行者様の、従者様の御力を! この身に刻み込んでください!」
え、ドMの方ですか?
俺はドMらしき筋肉男に何と声をかけて良いか分からずにいた。
すると、クウダイがその男の側に歩み寄り、声をかける。
「分かるぞ、その気持ち。俺もこの機会にラグレイト殿に挑みたいと思っている」
お、更に自殺志願者まで現れたぞ。なんだ、この国は。病んでるのか。
俺はゲンナリしながら辺りを見回した。
想像以上に参加者が増えそうだ。俺がそんなことを思って辟易していると、フウテンがこちらに近付いてきた。
「レン様、それでは日程を決めましょう。代表で戦う人数を決めて、こちらはその人数になるように選抜致します」
フウテンはそう言って俺を見た。
俺はフウテンを見返し、腕を組んで唸る。
正直、バトルロワイアルでさっさと方をつけても良いが、それを提案すると獣人達に失礼になるだろう。
何か、さっさと選抜出来る方法は無いだろうか。
ここに召喚士のデルタやフェローがいれば召喚してもらったモンスターと戦わせたり出来るんだが…。
そう思った時、俺の頭の中に漫画などでよく見るトーナメントの前の予選大会の風景が思い浮かんだ。
「フウテン、予選大会を開催するぞ」
「予選大会? それはどのような大会でしょうか?」
俺のセリフにフウテンは首を傾げながらそう繰り返した。
俺は口の端を上げると、フウテンを見上げて口を開く。
「会場を作るぞ。場所は川の上でも良いか?」
俺がそう言うと、フウテンは思わず頷いてからまた首を傾げた。
「は、はい…ん? 川の上ですか?」
フウテンの承諾を得た俺はさっさと川の方へ向かった。人垣を形成していた獣人達が左右に別れ、道を形作っていく中、俺は颯爽と川の傍まで歩み寄り、魔術を行使する。
使うのは土系魔術、サンドウォール。
川の中心に楕円形の柱を建て、左右に階段を作って川の上に板を広げ、巨大な橋の様な広場を川の上に作り上げた。
高さは何となく高く作ってしまったが、これでは観客が観戦出来ないか。
そう思った俺はすぐに会場の周りに野球場のようにすり鉢状に観客席を設置した。
気がつけば川の上にコロッセオのような闘技場が完成し、獣人達の驚きの声が周囲に響き渡る。
うん、中々良い出来だ。分厚い壁や柱を見ると古代の遺跡のようで味がある。
俺は一人で満足して背後を振り返った。
「よし。会場が出来たぞ」
俺がそう言うと、後方に控えていたエルフ達が絶句して空中に浮かぶように聳え立つ闘技場を見上げていた。
その横ではラグレイトとローレルが楽しそうに闘技場を見上げ、ソアラが俺を見て微笑みを浮かべた。
「流石はご主人様。見事な出来です」
「本当ならミラやカムリがいたらもっと頑丈で装飾にも拘れたんだがな」
俺がそんな会話をしているとフウテンが青い顔をして闘技場を見て口を開いた。
「…これが、魔術の真髄、ですか…」
フウテンのそんなセリフに俺は頭を捻る。
「いや、俺は魔術士ではないからな。本当の魔術士ならもっと凄いぞ」
俺がそう言うとフウテンはギョッとした顔で俺を見た。
「…戦わずして、魔術というものの怖さを知ることが出来ましたね。たまに現れる冒険者などという輩は下の下だったわけですか」
フウテンはそう言って笑った。
何処か自嘲気味なフウテンに少し同情した俺は、ラグレイトを指差して口を開く。
「多人数相手なら間違い無く魔術士だが、一対一なら戦士や剣士、モンクとかの方が強いぞ。ラグレイトが本気になったら魔術士はまず勝てないだろうからな」
俺がそんな事を口にすると、フウテンは信じられないものを見るような目でラグレイトを見た。
「…あんな少年が、それほどの力を…」
驚愕するフウテンに笑いかけると、俺は顔を上げて辺りを見た。
「実際に戦って試してみろ。生身で戦う戦士の強さの極致ってやつだ」
俺はフウテンにそう言い残し、飛翔魔術を使って闘技場の壁の上にまで浮かび上がった。
空から獣人達を見下ろし、口を開く。
「予選は五十人ずつだ。会場は広いが、あんまり人数が多いとただの乱闘になるからな。戦士の誇りを持って、できるだけ目の前の相手と一対一で戦え。怪我は気にするなよ。目が潰れようが、手足がもげようが治してやる。ただ、最初から殺す気でやるんじゃないぞ。分かったか?」
俺が自ら風の魔術で声を遠くまで響かせ、そう説明すると、獣人達の歓声が上がった。
急な展開だろうにノリの良い奴らである。
「まずは五十人。会場に入れ。残りは観戦の為の観客席の方へ移動しろ。席は早い者勝ちだ」
俺がそう言うと、獣人達は大急ぎで駆け出した。
かなり大きな会場にしたつもりだが、それでもパンパンになりそうな勢いである。
そっと会場が崩れないように柱を増やしていると、会場には五十人の獣人達がもうスタンバイを終えていた。
見ると、一発目の五十人にはあの暑苦しい筋肉狐獣人が混じっていた。
やる気というか、殺気に溢れた表情で体を動かして柔軟体操をしている。
観客席の方も徐々に埋まっていき、立ち見になる者も現れだした。
さて、そろそろ始めても良いか。
俺はそう思い、壁の上から辺りを見回し、口を開いた。
「さて、まず一つ目の予選を始めるぞ。用意はいいか?」
俺がそう言うと、獣人の戦士達は静かになり、それぞれ臨戦態勢を整えた。
「始め!」
俺がそう叫んだ瞬間、野太い怒号が闘技場に響き渡った。




