蛇がいなくなり、レンレン喜ぶ
アポピス討伐は果たした。
正直怖いから殆ど戦いから目を逸らしていたが、気付いたら空中からアポピスの肉片が降ってきたから間違いないだろう。
木々の間から焦げた肉片が降ってくるのは中々シュールな光景であると共に、焼けた肉の匂いが食欲をそそる。
蛇の肉は絶対に食べないが。
「あ、あの…! じゃ、邪神は…もしや…!」
と、俺が変なことを考えていると、カナンが感極まったような上ずった声で俺に声を掛けてきた。
俺は三人のエルフを振り返って頷く。
「ああ、良くやった。お前達のお陰でラグレイトとソアラがアポピスを討てたぞ」
俺がそう告げると、カナンは滂沱のごとく涙を流し、シェラハミラも涙ぐんで口元を手で抑えた。
そんな中、アリスキテラは難しい顔つきで俯いた。
「…レン様達がいなかったら、この森や獣人の国はどうなっていたことか…この日、レン様が獣人の国を訪れたこと、それこそが運命だったのでしょう」
アリスキテラがそう言うと、カナンは涙を拭いながら俺を見た。
「代行者様の従者の子孫として、後の神話として語り継がれるような神々の戦いに少しでも参加出来たこと…末代までの誇りと致します!」
カナンが涙声でそう言うと、シェラハミラが両手で慎重に俺が渡した装備品を持ってきた。
「私も、まさか伝説の武具を自らの手で扱わせてもらえるとは思っておりませんでしたわ。謹んで、お返し致しますわ」
「うむ」
俺が返事をしてシェラハミラから装備を受け取っていると、アリスキテラが目を見開いた。
「伝説の…って、その杖は…!」
アリスキテラは身を乗り出して俺の手にある杖を凝視した。
俺は賢者の杖を持ち、アリスキテラを見る。
「この杖は俺のお気に入りだからやらんぞ。従者の証が欲しいなら別のものを用意してやる」
俺がそう言うと、アリスキテラはこちらを勢いよく振り向いて胸の前で両手を合わせた。
「ほ、本当ですか!? わ、私を従者に…!」
アリスキテラが声をうわずらせながら叫ぶと、カナンは目を見開いてアリスキテラと俺を交互に見た。
その様子に苦笑し、俺はカナンとシェラハミラを見る。
「カナンは最初から従者に加えるつもりだったが、シェラハミラも特別に許可してやろう。ただし、シェラハミラはある程度の実力に達することが条件だ」
「は、はい! 頑張りますわ!」
俺の言葉を受け、シェラハミラは大きな声でそう返事をした。
後でハイエルフの王、サハロセテリに報告しておくか。
ハイエルフの中からはアリスキテラとシェラハミラのみ我が国に受け入れよう。
他のハイエルフは国の運営に関わっているだろうしな。
「さて、とりあえず下に降りて奴らを集めるか…」
俺はそう言って地上を見下ろし、土が完全に隠れてしまうほどの量の蛇の死骸を視界に入れてしまった。
俺はそれを見た瞬間に悲鳴を上げそうになり、慌てて顔を上げた。
「…よし、あいつらには獣人の国へ戻るまでにやり残しが無いか確認しながら戻ってもらおう。お前らも協力してやれ」
俺がそう言うと、カナンは背筋を伸ばして首肯した。シェラハミラも眉根を寄せて頷く。
だが、アリスキテラは不思議そうに首を傾げた。
「レン様はどちらへ行かれるのですか?」
「さ、先に獣人の国へ戻る」
アリスキテラの質問に俺がそう答えると、アリスキテラは笑顔で口を開く。
「それならば、私が集団飛翔魔術を使いますので御一緒にお送り致します! さあ、行きましょう!」
「え、いや、ちょっとま…」
アリスキテラの余計な御世話に俺が動揺して返事が遅れたと思った時には遅かった。
アリスキテラは即座に集団飛翔魔術を発動し、俺が何か言う間も無く地上へ連れて行かれた。
アリスキテラ…後でお仕置きだ。
俺は心の中で固くそう誓ったのだった。
獣人の国へ帰り着き、多くの獣人の戦士達を引き連れて戻った俺達に、獣人の国の王、フウテンは真っ先に俺の前に来て頭を下げた。
なんのやり取りも無く、王が頭を下げるその状況に、多くの獣人達が驚きの声を上げた。
騒めきは一度全体に広がり、徐々にそれは静寂へと姿を変えていった。
誰も喋らない静寂の中で、フウテンは顔を上げた。
「助太刀、感謝致します…神の代行者レン様」
フウテンがそう口にすると、場は騒然となり、周囲ではその場で跪く者も現れだした。
そんな中、俺の後ろにいたクウダイが前に出て、フウテンを見据えて口を開いた。
「王よ。獣人の国の戦士、クウダイは国を出る。その許可を頂きたい」
クウダイは端的にそう言うと、その場で片膝をついてフウテンに頭を下げた。
その姿に、フウテンも目を丸くする。
「…どういうことだ、クウダイ。獣人の国を捨て、お前は何処へ行こうと言うのだ」
フウテンが低い声でそう問いただすと、クウダイは神妙な顔で顔を上げた。
「神の代行者の国、エインヘリアルを我が目で見てくる」
クウダイがそう言うと、あの女獣人も慌ててクウダイの隣に来て跪いた。
「獣人の国の戦士、リンシャン! 私もクウダイと同じくエインヘリアルへ行きます!」
リンシャンと名乗った女獣人に、フウテンは溜め息混じりに首を回した。
「…神の代行者様の従者にしてもらいに、か?」
フウテンがそう言うと、獣人の戦士達の中から驚嘆する声が響いた。
だが、クウダイは何処か自嘲気味に笑い、首を左右に振る。
「…俺では、従者になどなれん。実力を比べる段階にも達していないのだ。格が違い過ぎてな」
クウダイがそう口にすると、フウテンは愕然とした顔で俺を見た。
他の戦士達からも驚きの声が上がるところを見ても、クウダイが皆に認められる戦士であったことが見てとれる。
そのクウダイがそこまで言ったのだ。
フウテンは畏怖と共に好奇心の篭った目で俺を見た。
だが、俺はとある理由からとても機嫌が悪い。
後でアリスキテラのお尻を百叩きの刑に処するが、それだけでは全くを持ってストレス発散にならない。
俺は短く息を吐くと、フウテンを眺めて口を開いた。
「試すか、フウテン。負けたら俺の言うことを聞いてもらうが」
俺がそう言うと、フウテンの顔に獰猛な虎の牙を剥く姿がオーバーラップした。
喉を鳴らし、俺を見下ろして笑うフウテンは、隠せない闘争心を何とか抑えつけながら頷いた。
「はっはっは! 流石は神の代行者様! 確かにクウダイに何を見せたのか、気にはなります。ただ、何を競うのか。そして、お互いが何を賭けるのか…それはしっかりと決めないといけませんね」
フウテンのそんなセリフに、俺は思わず噴き出すように笑った。
「なんだ、乗り気じゃないか。別に何でも良いぞ。こっちの要望は決まっている。国際同盟という組織に入ってもらい、空輸の店舗を建てさせてもらおう。後は、金は無理だろうから物資で空輸産業に参加してもらおうか」
「こ、国際同盟? 空輸というものも良く分かりませんが…」
俺の要望を聞いたフウテンは急に眉根を寄せて首を竦めた。俺は身体を縮こまらせる大男の図に笑い、首を振った。
「安心しろ。対等な同盟関係だ。もう大半の大国が参加しているからな。空輸は単純に物流の強化を目的とした産業だ。商人達が払う関税は全て我が国が受け取るが、その輸出入で損をすることは無いだろう。特に、魔物の素材が多く手に入る獣人の国はな」
俺がそう言うと、フウテンは腕を組んで唸った。
「なるほど…空輸、空を用いた輸出入というわけですか。想像もつかない発想です。流石は神の代行者様と…」
「そんな世辞はいらん。そっちの要望はなんだ? まずはそれを話せ」
俺がそう言うと、フウテンは難しい顔で顎を引いた。
「いや、最初はふっかけようかと思いましたが、話を聞く限りこちらにもメリットのある話を出して頂いたようです。なので、あまり大きなことを言うのも憚られるな、と」
フウテンはそう言ってまた唸った。いや、真面目過ぎるだろう。
こちらから言い出した賭けなんだ。受ける側の獣人の国はそれなりに強く出て問題無いと思うが。
俺は生真面目なフウテンの悩む姿に好感を持ちながら、声を出して笑った。
「どうせ俺が勝つ。好きにしろ。なんなら、剣をやろうか?」
俺はそう言ってネタとして造った二つの剣を取り出した。
身長を超える大きさの大剣である。一つはミスリル製で、もう一つはオリハルコン製だ。
その大剣二つを地面に突き立てると、獣人達から感嘆の声が上がった。
ネタに造っただけに、装飾にも凝った派手な品だ。
フウテンはその二本の大剣を見て、目を輝かせる。
「こ、この大剣を!? そ、それは十分過ぎる品かと思いますが、良いのですか!?」
フウテンは剣に飛びつきそうな顔でそう確認してきた。戦士ならばウケが良いかと思って出したが、想像以上に効果的だったようだ。
まあ、特殊能力は無いが十分強い剣だ。垂涎の逸品だろう。
「そ、その大剣は…従者の…」
後ろでカナンの声が聞こえた気がしたが、そこは無視しよう。
「やりましょう! 勝負の形式は如何しますか? 魔術勝負で無いならば受けますよ」
俄然乗り気になったフウテンはそう言って笑った。
俺は笑い返して頷く。
「当たり前だ。相手の土俵で戦って勝つからストレス発散になるんだからな。勝負は素手での殴り合いだ」
俺がそう言うと、フウテンは目を瞬かせて固まり、周囲からは怒号のような歓声が上がった。
好きな展開だろうな、獣人の戦士達には。




