ラグレイトとアポピス(クウダイ視点)
アポピス戦が間延びして飽きてきた。
そんな声が自分の口から聞こえてきます…。
進行方向にいる蛇を蹴散らし、あっという間にラグレイトは邪神、アポピスに向かっていった。
その勇敢な姿に、俺は感動を覚えると共に深い嫉妬心が沸くのを感じた。
まさに、真の戦士たらん俺の理想そのままである。
その理想に、俺の半分も生きてなさそうな少年が到達しているのだ。
「…未熟な!」
俺は自分自身に対しての罵倒の言葉を吐き捨てると、一気に前進した。
正面から飛びかかってくる蛇の横っ面を殴り、地を這う蛇の頭を踏み潰した。
幾らでも沸いてくる蛇共を潰しながら、ラグレイトに少しでも追い付けるように加速する。
だが、しっかりと魔力を込めた本気の一撃で無ければ、この魔物は倒せない。
焦りから気の入りきれていない拳を叩き込んだ場合は手痛い反撃を受けている。
後ろからソアラ殿から補助と回復魔術を行使してもらえなかったら、とっくに死に絶えていることだろう。
なにしろ、身体能力向上という補助を受けてやっとこの蛇を倒すことが出来るという体たらくである。
俺とリンシャンがその補助を受ける為に、ローレルはソアラ殿から援護を受けずに戦っているのだ。
だというのに、アポピスという巨大な蛇の化け物を正面から見ると、背筋が粟立つような恐怖が足を竦ませる。
俺には死んでも戦いに勝つという覚悟が、強敵に挑む心の強さが足りないというのか。
「…負けられん」
俺はそう呟くと、四肢に力を込めて歯を食い縛った。
俺が足を踏み出そうとしたその時、空から閃光が降り注いだ。
視界を白く染める程の幾筋もの光の線が雨のように降り注ぎ、蛇達をあっという間に殺傷してしまう。
レン殿は手を出さぬと言っていたから、あの恐ろしい魔術はエルフ達の手によるものに違いない。
知っているものとは格の違う魔術に驚いていると、更に光の雨が降り注いだ。
俺はそれを見て自身への怒りに奥歯を音が鳴るほど噛み締めて走り出した。
「ぬぁああっ!」
エルフなどに負けていられるか!
腕を振るい蛇達を叩き伏せ、足を噛まれたら噛んだ蛇の頭を掴んで握り潰す。
開き直ったお陰か、俺の力が大幅に増した気がする。
今ならば、あの邪神の顔面に拳を叩きつけられる筈だ。
光の雨を潜り抜け、蛇を弾き飛ばしながら前進する。
暫くいくと、一瞬視界が開けた。
広がった景色の中、目の前にはまるで神話の英雄譚のような闘いが繰り広げられていた。
耳を劈く甲高いアポピスの絶叫と一振りであの頑強な樹木をへし折る尻尾の一撃。
口からはドラゴンのブレスのような黒い炎を吐き、周囲に吸い込まれそうな黒い炎の壁を巻き起こす。
想像を絶する光景だった。
この俺が近付くことも出来ない熱波を放つ黒い炎に、ラグレイトはその小さな身体で躊躇うことも無く突っ込んでいく。
焼け死ぬ。思わず俺はラグレイトが命を落とすと思い、息を飲んだ。
だが、炎に呑まれた筈のラグレイトは炎を撒き散らすアポピスの顎を下から蹴りつけていた。
その姿は、俺の心をまるで童のように弾ませた。
火を口の端から漏らしながらその巨体を仰け反らせ、アポピスは苦悶の悲鳴らしき鳴き声を漏らす。
直後、空中に浮かんだままだったラグレイトの身体をあのアポピスの尻尾の一撃が横から襲った。
風が鳴る轟音と、ラグレイトの身体が弾き飛ばされる衝撃音が重なる。
吹き飛ばされたラグレイトの身体が当たり、木々がまたへし折れた。考えるだに恐ろしい破壊力だ。
俺は吹き飛ばされたラグレイトの姿を探して顔をそちらへ向けた。
すると、半ばでへし折れた木の幹に立つラグレイトを見つけた。
だが、様子がおかしい。やはり、あれだけの衝撃を受けてしまってはもうまともに動くことは出来ないのか。
俺がそう思ったその時、ラグレイトは顔を上げてアポピスを睨んだ。
「…ちょっとイラッとしたよ、爬虫類。殺してやるから逃げないでよ?」
ラグレイトは低い声でそう口にすると、背中を丸めた。
その瞬間、じわりとラグレイトの赤い眼が光を放った気がした。
黒い影のような靄がラグレイトを覆い、その靄が徐々に広がって何かを形作っていく。
「…ドラゴン…」
俺は眼前で起きたことに我が目を疑った。
気が付けば、木の幹がたわむ様な大きさの黒いドラゴンがそこにいたのだ。
ドラゴンは低く唸り声を上げると、その翼を広げて威嚇するように腹に響く声で吠えた。
そして、翼をはためかせて空に浮かび、その姿が霞んだと勘違いする程の勢いで空を舞った。
ドラゴンはアポピスの胴を引き裂きながら森の中を飛翔し、アポピスは甲高い声を上げながら黒い炎を吐き出した。
その炎を正面から切り裂きながら、ドラゴンがアポピスの口にその身ごと突進する。
アポピスはドラゴンとの衝突に吹き飛びながらも身体を捻り、ドラゴンの体に巻き付きながら胴体の辺りに牙を突き立てた。
目で追うのもやっとといった速度で飛ぶドラゴンに対して、力はアポピスの方が上なのかもしれない。
アポピスに絡みつかれたドラゴンは地面に落下し、アポピスと一緒に地上で縺れ合った。
僅かな膠着状態とも言える状況に、俺は唾を嚥下して足を前に踏み出した。
信じられないことに、あのドラゴンがラグレイトならば、アポピスに噛まれて動けない今は危機に違いない。
俺は地面を蹴って飛び上がり、空中から地面で転げ回るドラゴンとアポピスに飛びかかった。
そして、左手と足で何とか態勢を維持し、大きく息を吸って右腕を振り被る。
「ふっ!」
息を鋭く吐き出し、俺は自分よりも大きなアポピスの顔を、無数にある眼の一つを拳で殴り付けた。
「ギィッ!」
俺の渾身の拳は、アポピスの顔を僅かにズラす程度の威力しか出せなかった。
だが、確かにアポピスの注意を俺に向けることは出来た。
直後、アポピスの口の力が緩んだのか、ドラゴンは身を捻って翼を広げ、アポピスの牙から脱出した。
そして、アポピスの首を噛み、胴体を足で掴み空中へ舞い上がった。
俺はその衝撃で地面へと振り落とされたが、空へ飛んでいくドラゴンとアポピスの姿に目を奪われたまま空を見上げていた。
姿が完全に木々の上にまでいき、殆ど見えなくなった。
俺は周囲を見回し、何とか結末を見るために登りやすい木を探していると、遠くで空に向かってソアラ殿が浮かび上がっていくのが目に入った。
ソアラ殿がラグレイトを援護しようとしているのだ。
俺は幹が傾いた木を見つけ、木の表面を駆けるようにして一気に樹木の上へと登りきった。
木々の上まで上がった俺の眼の前で、ドラゴンは空中でアポピスを放り投げ、口から落雷と見紛うような雷光をアポピスに向かって放った。
その雷撃に反射的に身を竦ませていると、アポピスの奥に宙に浮かぶソアラ殿の姿があった。
ソアラ殿が口を動かし、片手を雷撃を受けているアポピスに向けると、数十メートルはあるだろう巨大なアポピスを丸ごと包み込むような白い光が迸った。
雷撃と白い光の奔流に撃ち抜かれたアポピスは、身体の半分以上を消失し、バラバラになった肉片を辺りに撒き散らしながら地上へと落下していく。
いくら邪神といえど、あれで生きているなどということはあるまい。
正に、新たな神話の闘いを眼の前で見た。
俺はそんな気持ちで、高鳴る胸に手を当てて深い息を吐いた。
迫力のある戦闘シーンを書くぞー。
そんな気持ちで書き始めた獣人の国編…
乳酸菌のバカ!悪玉菌!
そんな声が聞こえてきそうです…




