アポピスとの戦い
上から見ていると、クウダイともう一人の獣人の女もアポピスと戦うようだ。
あの強敵と向き合うだけでも十分に凄いことだ。
あの二人は俺から話をしてみようか。
蛇に強い者は高待遇でスカウトしたい。
俺がそんなことを思っていると、カナンが顔をこちらに向けた。
「あのアポピスという魔物には弱点などはあるのでしょうか?」
「火、光、聖属性が弱点だ。闇は殆ど効果が無い。あと、ここから狙うなら本体じゃなく眷属達を狙い撃て。本体は攻撃を受けたら目標を変えることがある」
俺がそう言うと、カナンは引き攣った顔で頷いた。
「わ、分かりました…あまり自信はありませんが光属性の魔術を使おうかと思います」
カナンはそう言って魔術の詠唱に入った。どうやら無詠唱では発動出来ない魔術らしい。
それを見て、シェラハミラは難しい顔で手をわたわたと動かしながら口を開いた。
「そ、それでは私は火ならば何とか…しかし、木々がありますし、どうしたものかと…」
シェラハミラにそう言われ、俺はふとキャラクター育成時に使っていたアイテムを思い出した。
「シェラハミラ」
「は、はい!」
俺が名前を呼ぶと、シェラハミラは背筋を伸ばして返事を返した。
そのシェラハミラを見据え、俺はアイテムボックスから育成用装備を取り出す。
「中位程度にしかならんが、光属性の魔術を使えるアイテムがある。後は魔力を強化する指輪と俺の秘蔵の杖だ」
俺がそう言って銀色の指輪と、漫画に出てくる魔法使いが被るようなとんがり帽子、そしてオリハルコンで出来た賢者の杖を取り出した。
俺がそれをシェラハミラに手渡すと、シェラハミラはそのアイテムを恐る恐る両手で抱える。
「こ、これは…!?」
驚愕するシェラハミラに俺は念を押すように口を開いた。
「杖だけは無くすなよ? 他はまあどうでも良いが、杖は間違いなく世界一貴重だ。ああ、魔力消費が激しくなるからな。マジックポーションもダースでやろう」
俺はそう言ってマジックポーションをシェラハミラの足下に置いた。
「え? え? せ、世界一のつ、杖!? ま、ま…」
色々渡されたシェラハミラが慌てふためきながら俺に何か言ってきたが、俺はシェラハミラを睨んで押し黙らせる。
俺は視界に入れずともアポピスの群勢が動き出したことを察知していたのだ。
つまり、時間が無い。この世の終わりは迫っている。
「シェラハミラ。やる気があるならば素早く全てを身に付けろ」
「は、はい! 分かりましたわ!」
俺の一言に、シェラハミラは焦りつつも俺の手渡したアイテムを丁寧に装着していった。
魔法少女のようになったシェラハミラは、賢者の杖を握り締め、地上を見下ろした。
「魔術はラジェーションだ。光を収束して放つ。ある程度なら意識して光を曲げることが出来るぞ。しっかり狙いをつけて、木に当てないように意識しろよ」
俺がそう言うとシェラハミラは緊張した様子で頷き、杖を構えて口を開いた。
「ラジェーション!」
シェラハミラが大きな声で魔術名を口にした瞬間、賢者の杖が発光し、シェラハミラの周囲に明るいオレンジ色の光の球が浮かび上がった。
光の球は数をどんどん増やしていき、最初に出来た光の球から順番に帯状の閃光となって地上へ降り注いだ。
その光景に、カナンと術者のシェラハミラはギョッとした顔になって幾重にも重ねられていく光の帯を目で追った。
十の光の帯は木々を縫うように森の中を走り、複数匹の蛇の身体を貫通して内部から焼き尽くした。
遅れて、カナンの詠唱が終わり、カナンの手元から迸った光の本流は蛇一匹を包み込み、蛇は耳障りな声で絶叫して身体を丸くした。
「お、一撃で戦闘不能か。カナンも中々やるな」
俺がそう呟くと、カナンが俺とシェラハミラを交互に見て口を開けた。
「え…あ、あの…今のは…?」
カナンがそう口にすると、シェラハミラは杖を掲げてカナンに見せた。
「あ、いえ…あの、この杖の力ですわ…私は全然…」
シェラハミラが申し訳無さそうにそう言うと、カナンはシェラハミラの持つ杖に目を丸くした。
「それは…従者の…」
「言っておくが、その杖は俺が作った武器の中でも最高クラスの手間暇が掛かった逸品だ。やらんぞ」
俺がそう言うと、二人は愕然とした顔でこちらを見た。
いや、そんな顔をされてもあげないからな。
そんなことを思っていると、地上で白い光が煌めいた。
上から見ると、木々の隙間を埋めるように光の十字架が地上に発現し、蛇達を呑み込んだ。
「あれは…! 従者様の!」
「ローレルの技だな」
気がつけば地上でも戦闘が始まっていたらしい。
嫌々ながら眼下を確認すると、蛇を殴り飛ばし、斬り付ける二人の獣人の姿もあった。
その後ろでソアラが何か魔術を行使しているようなので、恐らく二人に補助魔術を掛けているのだろう。
気持ち悪い大量の蛇をどんどん倒していく心強い者達だ。
だが、どうも蛇の数の処理が間に合いそうに無い。
後ろを振り返れば、カナンはまた詠唱中だし、シェラハミラはマジックポーションを飲んでいるところだ。
さて、どうしたものか。
「いや、ラグレイトがいる。ラグレイトは何処に…」
俺はそう呟いて辺りを見ると、ラグレイトが背を丸めるアポピス本体に向かって走っているところだった。
いや、アポピスの状態が非常にマズい。
目も赤く光り始めている。
つまり、更に眷属を召喚する気なのだ。
また大量の卵が口から吐き出され、わらわらと蛇が増殖する悪夢のような光景が繰り広げられるのだ。
よし、この森ごと焼き払おう。
偉い人が言っていた。
汚物は消毒である、と。
「ん…わ、私は、何を…?」
と、その時、眠そうな声でそんな言葉を発しながら、気を失っていたアリスキテラが目を覚ました。
俺はアリスキテラを振り向くと、思わず怒鳴るような大声で名を呼んだ。
「アリスキテラ!」
「は、はい!? な、なんでしょう!」
慌てて背筋を伸ばすアリスキテラに、俺は地上を指差しながら口を開いた。
「邪神の侵攻だ。光か聖属性の魔術で蛇共を滅殺しろ」
俺がそう言うと、アリスキテラは目を白黒させながら俺の横に来て、枝の上から地上を見た。
「じゃ、邪神…!? あ、あの大量の蛇全てが…!?」
「あの蛇は一時間もすると十メートルまで大きくなる。もしもその状況になったら、俺は最大級の魔術を使ってここから見える範囲の全てを焼き払うぞ」
「見える範囲全て!?」
俺の言葉に、アリスキテラは血の気の引いた顔でこちらを見た。
「だから、早く駆除しろ。アリスキテラ。この森の命運はお前に掛かってるぞ」
俺がそう言うとアリスキテラは絶句して地上の光景に目を落とした。
そして、歯を食い縛って顔を上げると、俺を見て頷いた。
「や、やります! お任せください!」
そう言って、アリスキテラは地上を見下ろして両手を広げた。
「ホーリーアロー!」
アリスキテラがそう口にした瞬間、十数個の光の球が出現し、光の軌跡を残して地上へ光の矢が降り注いだ。
光の矢が中々の命中率で蛇の頭部を射抜いていく。それを確認し終わる前に、更にアリスキテラが口を開く。
「ホーリーアロー!」
連続で魔術を発動するアリスキテラを見て、俺は思わず感嘆の声を上げてしまった。
やるじゃないか、アリスキテラ。これなら何とかなりそうだな。
下落していたアリスキテラの株が急上昇である。




