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最強ギルドマスターの一週間建国記  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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モンスターパニック

魔物の大氾濫。


ここ数年起きなかった事態だ。


魔物は東から向かって来ているとのことだが、そちらには何も無い筈である。


シタマチの見廻り組が慌てて戻ってきたらしいが、情報はいまいちボヤけている。


「フウテン様! 人数は揃いますか!?」


現場に着くと、猫獣人のウーピンという若い男が木の上から飛び降りてきて私にそう尋ねた。


「とりあえず、シタマチの全戦力。トウホクとチューブからは何とか応援が間に合うかもしれないな。だが、他は遠すぎて無理だ。だから、他はトウホクとチューブにそれぞれ応援を送り、シタマチ以外の戦力を均等化して穴が無いようにする」


私がそう言うと、ウーピンは焦れたように両手を広げた。


「な、何人揃うんすか!? 今回は今までに無い規模ですよ!?」


ウーピンはそう言って私に詰め寄ってきた。まだまだ修羅場の経験が足りないようだ。


「人数は揃えるだけ揃える。今は先に地上に罠を用意してこい。罠の数が多ければ多いほど時間が稼げる。急げ!」


私がそう指示を出すと、ウーピンは身を翻して走って行った。


人数か。


確かにワイバーン一体に五人は欲しい。私やクウダイならば一人でも何とかなるかもしれないが、他の者ならば最低でも三人必要だろう。


それでも、なんとかワイバーン二百体なら何とかなる筈だ。


地上で罠を用意して地上の魔物を足止めし、先にワイバーンを仕留め、地上の魔物は足が速く突出したものか、罠に掛かったものから確実に討伐する。


そうすれば、被害は出るが何とか全ての魔物の侵攻を防ぐことが可能だ。


「…いや、結局これも次善策でしかないのか」


私はそう呟き、頭を左右に振った。


獣人族の自尊心が最善策を選ばせないのだ。


いや、私の個人的な自尊心というべきなのか。


私とて、子供の頃に生きていた年寄りから代行者の従者だった祖先の話は聞いている。


だが、我ら獣人族の歴史とて、代行者の従者という一時の輝きと比べても引けはとらない筈だ。


獣人族の繁栄の歴史は、深い森の中であるが故に魔物との闘争の歴史でもある。


鍛えに鍛えた獣人族の戦士は、過去の英雄にも負けない実力を持つだろう。


祖父の代にも父の代にも、ワイバーンを単独で倒せる者はいなかった。だが、私の世代にはワイバーンを単独で倒せる者が数人いる。平均で見たとしても総合的な強さは上がっているのだ。


つまり、ここ百年程度とはいえ、獣人族は今が一番強いといえる。


その自負がある為、神の代行者に力を貸して欲しいとは言い出せないのだ。


「なんと愚かな意地…なんと惨めな自尊心…命懸けで鍛えた自分達の実力を神話の存在と比べたくないだけではないか…」


私はそう口にして、歯を嚙み鳴らした。


だが、彼等からすれば、わざわざ私達に手を貸す利点は無いだろう。


まだ要件は聞けていないが、恐らく神の代行者として、レン殿が何かする為の配下を欲しているに違いない。


しかし、私達は既に神の代行者の従者という意識を捨て去った旨を告げている。


まあ、正確にはクウダイが告げたのだが、それを否定しなかったということは、レン殿から見れば同じことだ。


ならば、このような森の中で過ごす獣人の国との交流なぞは考えないだろう。


だが、だからといって、断られるだろうと決めつけ、レン殿に助力を求めずに魔物と戦ったとして…その戦いで命を落とした戦士達に、その家族に、私は精一杯のことをしたと言えるだろうか。


自尊心は確かに大切だが、結局のところ、それは私個人の問題である。


今から死ぬかもしれない若者や、戦うことの出来ない皆には関係の無い意地なのだ。


頭の中をぐるぐると馬鹿な葛藤が駆け巡る。


そんな私のすぐ後ろに、空から何者かが降りてくるのが分かった。


「ほう…結構集まっているじゃないか」


レン殿の声が聞こえた。何処までも平然とした、自然体な声音だ。


私は指先が震えるのを隠す為に拳を握り締めた。


ダメだ。


私には、獣人族最強の戦士だったという下らない自尊心が捨てられない。


この国の代表になったというのに…なんという体たらくか!


助けてくれ。その一言がどうしても口から出ないのだ。


私は…。


「フウテン」


不意に、レン殿に名を呼ばれて、私は横顔でレン殿を振り返った。


すると、レン殿は何でもないことのように口を開いた。


「手伝うぞ。邪魔にはならんから安心しろ」


レン殿はそう言って晴れやかな笑みを浮かべた。


その言葉を聞いた瞬間。


その笑みを見た瞬間。


私の、独善的な自尊心という名の我儘は、砕けて消えた。


私は何を気負っていたのか。レン殿に対してなんの対抗心を持っていたのか。


私は思わずレン殿を振り返り、頭を下げた。


「感謝致します」


私がそう言うと、レン殿は声を出して笑い、口を開いた。


「任せとけ」


レン殿はそれだけ言うと、後ろに並んでいた配下の者達を見た。


「ラグレイトとローレルが前衛で正面からぶつかれ。変に迂回したり欲を出して突出したりするなよ。お前らが取りこぼすと獣人族に被害が出る。ソアラは二人の援護をしてやれ」


「旦那はどうするんで?」


「俺は空だな。アリスキテラ、カナンのお手並み拝見といこうか。シェラハミラはいけるか?」


「い、行きますわ! 絶対に足手纏いになりませんわ!」


レン殿達はそんな短いやり取りを終えると、私を振り向いて苦笑した。


「フウテン。暫く、木々より上には誰も近寄らせないでくれ。大規模魔術を撃つからな」


「わ、分かりました」


レン殿の言葉に、私はそれだけしか言えなかった。


私の返事を聞いたレン殿は、浅く頷くとすぐに空へ飛んでいってしまった。


「そんじゃ、俺らも行きますかね」


「ローレルは一歩下がってても良いよ? 僕が一発ドカンとやるからね」


「ダメですよ、ラグレイト。木々は獣人族の方々のお家の可能性もありますから」


「あら? じゃあ俺もスキルはあんまり使えないのかい。地味に切って捨てるか、仕方ない」


レン殿がいなくなると、配下の獣人族とヒト族らしき三人もさっさと森の方へ歩いていった。


レン殿だけでは無く、彼らにも全く気負いなど見受けられない。


むしろ、余裕といった雰囲気だ。


神の代行者とその従者。


私は何か思い違いをしていたのだろうか。


いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


私は獣人族の代表としてなんとか被害を最小限に…。


私が頭を切り替えようとしたその時、耳を劈くような轟音が響き渡り、遅れて衝撃が木々を大きく揺らし、大地を震わせた。


目の前で雷が降り注いだような轟音と衝撃だった。


私は痛む片耳に手を当てて、空を見上げた。


空は黒煙が上がり、木々は一部が消失していた。


「な、何が起きた!?」


私が斥候に聞こえるように大声を出したが、斥候は戻ってこなかった。


私は自分の目で確認しようと足を踏み出す。


直後、さらなる轟音が大地を揺らした。



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