獣人の基準
クウダイはさっぱりとした良い性格をしているが、カナンとは合いそうにない。
まあ、カナンが従者への想いをクウダイに押し付けているのが悪いのだが、カナンからしたらまた感覚は違うのかもしれない。
カナンは子供の頃から、神の代行者の従者として鍛えられ続けたのだろう。だから、ついに念願の神の代行者の従者になったというのに、そのことを馬鹿にされたような気持ちにでもなったのかもしれない。
しかし、クウダイの意見は否定しなくてはならないものでは無いだろう。
俺はとりあえず獣人の王に会ってみるべく、クウダイに王の下へ案内するように頼んだ。
「分かった。代行者の話が有ろうが無かろうが、ヒト族の王とエルフ、ダークエルフの重鎮がお出でだ。王の下へ案内するのは当たり前だろう」
クウダイはそう言うと川の上流を目指して歩き出した。
俺は慌ててクウダイを呼び止める。
「ああ、クウダイ。集団飛翔魔術があるから飛んでいくぞ」
俺がそう言うと、クウダイは不思議そうな顔をしていたが、カナンの集団飛翔魔術で空に浮かぶと、目を丸くして感嘆の声を上げた。
「なんと、無詠唱か。エルフ達がいるからかなりの魔術士もいるだろうとは思っていたが、まさか無詠唱で全員を飛ばすとは…」
クウダイは唸りながらそう呟くと、川の上流を指差した。
「驚いてばかりもいられんな。さあ、上流へ向かってくれ。およそ、5キロほど行ったところだ」
「分かった」
クウダイの説明に俺が返事をすると、カナンが頷いて俺達を引っ張り上げた。
川辺で遊んでいた子供達は歓声を上げ、周辺の獣人達も物珍しそうに俺達を見上げていた。
川の幅がそれなりにあった為、今回の移動はかなり楽だった。
ただ、驚いたのは獣人の国の人口である。川沿いを途切れずに延々と住居が建ち並んでいたので、俺がクウダイに質問すると、クウダイはなんでも無いことのように答えた。
「今は二十万の獣人がいる筈だ。また増えているかもしれんが、それでも一万は増えていないだろう」
吃驚である。
1400年以上あったとはいえ、元が数人から二十万まで増えたのだとしたら、人口増加率は年何パーセントなのか。
いや、それよりも、それだけの人数がこのモンスターもいる森の中で生活出来ているのが驚きである。
「凄いな。立派に国として成り立っているのか。魔物に襲われることもあるだろう? 食糧事情もどうなっている?」
俺がそう尋ねると、クウダイは浅く頷いた。
「獣人の国では、10歳を過ぎると大人と一緒に魔物と戦う。十人で一つの班を作り、その班が朝から夜までと、夜から朝までのどちらかを割り振られ、自身の住む場所の近くを探索する。食糧はその時に倒した魔物だ」
クウダイはそう言って辺りを見回し、とある方角を指差した。
見ると川辺から見える範囲だというのに、体長3メートルはありそうな人型の怪物が立っていた。
二階建ての家にも迫る大きさのその怪物は、頭に太く長い角を生やした牛のような顔つきのモンスター、ミノタウルスだ。
分厚い体で、人間とは関節の向きが逆になったように見える蹄のある脚で二足歩行し、両手には人と同じくらい大きな棍棒を持っている。
ゲームならば最初の方のボスとしてダンジョンに出るモンスターだ。上級ダンジョンなら通常モンスターとしても出る、それなりの強さを持つモンスターである。
だが、そのミノタウルスは視界に現れたと思った途端、膝をついて地面に倒れた。
その背には三本の剣が刺さり、よく見れば首や膝の裏辺りからも大量の血を流している。
ミノタウルスが倒れた途端、ミノタウルスの周囲に五人の獣人が現れ、油断なくミノタウルスに止めを刺していく。
その奥では何人かの獣人の戦士らしき者達が周囲を見回して警戒していた。
「体力のある内にミノタウルスが逃げ出してしまったようだ。本当ならあんなに内側に侵入される前に倒している」
クウダイは少し不満そうにそう言うと、おれを見た。
「ミノタウルス、オーク、一つ目ワーム、オーガ…たまにスフィンクスも出ることがあるか。最も恐ろしいのはコカトリスだ。こいつが出ると、まだ戦士に成り立ての者だと死ぬこともある。だから、各班の長がコカトリス討伐用に班員を選抜して向かうことにしている」
クウダイがそう言うと、シェラハミラが驚きに目を丸くした。
「どれもかなり強い魔物ばかりですわ。我が国では戦士だけでは攻撃力が足りない為、必ず二人以上の魔術士が同行しますわ。こちらでは魔術士はどれくらいおりますのかしら?」
シェラハミラがそう尋ねると、クウダイは肩を竦めて口を開いた。
「ふむ。獣人の魔術士は外から帰ってきた者ばかりだな。外で魔術を学んできた者が子供に教えていたりもするが、あまり魔術士で強くなった者はいない。だが、生活に便利でな、女で良く魔術士を目指す者はいるぞ」
クウダイがそう説明すると、アリスキテラが困ったように笑った。
「これは、魔術士の地位と信頼を回復しなければいけないわね。 獣人にも有名な魔術士がいた筈なのに、どうしてこんなに評価が低いのかしら?」
アリスキテラがそう言うと、クウダイは難しい顔でアリスキテラを見た。
「魔術の申し子たるエルフ達には悪いが、どうにも魔術というものは効率が悪く見えてな。便利だが、敵を倒すというならば身体能力を高めて殴り、蹴り、斬り裂く、こちらの方が手早い」
クウダイは何処か申し訳なさそうにそう言ったが、アリスキテラとカナンの顔には隠し切れない怒りが浮かんでいた。
「い、一度決着をつけねばならんな…お互いの為に」
カナンは怒りにプルプルと震えながらクウダイにそう言った。クウダイは快活に笑うと、あっさりと頷いた。
「ああ、勝負事は好きだぞ。一度魔術の真髄というものを見せてもらおう」
クウダイはそう言ってまた笑い、視線を川の上流へと向けた。
「む。もうチューブか。もうすぐ首都であるシタマチに着くぞ」
「チューブ? シタマチ?」
俺はクウダイの言葉に思わずそう聞き返した。
中部と下町か。
俺が聞き返すと、クウダイはこちらを振り向いた。
「なんだ? 聞いたことがあったか?」
「いや、なんでシタマチなんだ? 由来が気になってな」
俺が尋ねると、クウダイは腕を組んだ。空中で胡座を掻いている辺り、かなり飛翔魔術に慣れたらしい。
クウダイはその状態で唸りながら口を開く。
「シタマチの名の由来…気にしたことも無かったな、昔からそう呼ばれているとしか分からない」
クウダイはそう口にするとまた首を捻った。
神の代行者の痕跡は確かに残っているが、気になることが一つ出来たな。
エルフの国と同じく、随分と広域に渡って獣人の国は存在するが、獣人の国はエルフの国と違ってモンスターを寄せ付けない工夫はされていない。
だが、獣人の国の最南端に至るまで日本の地名を捩ったような名が使われている。
神の代行者は獣人の数が圧倒的に少ない時からこれだけの地名を決めていたのか。それとも、神の代行者はかなり長生きしたのか。
はたして、シタマチに着けば謎は解けるのか。興味が湧いてきたな。




