獣人の国
俺たちはエルフの国の転移陣を使ってダークエルフの神殿に行き、ダークエルフの長であるカナンと面会した。
「いらっしゃいませ、レン様。今日は我らにお任せください」
カナンは俺にそう言ってお辞儀すると、俺の後ろに目を向けた。
「何かしら?」
カナンに目を向けられたアリスキテラは自然な動作で首を傾げると、目を細めてカナンに微笑んだ。
今回はハイエルフを代表してアリスキテラとシェラハミラが同行を申し出てきたので、渋々ながら同行を許可したのだった。
カナンはアリスキテラを厳しい目で見つつ、こちらに顔を向けた。
「獣人の国へは私がご案内致します。集団飛翔魔術で送迎させていただいても良いでしょうか?」
「ああ、頼むぞ」
「お任せください」
俺が返事を返して了承すると、カナンは一言そう言って無詠唱の集団飛翔魔術を発動させた。
身体が上空から引っ張りあげられる感覚。
やはり、同じ魔術の種類なのか。
俺は空に浮かび上がっていく仲間達を眺めながらそんなことを思った。
背の高い木々の上まで上がり辺りを見回すと、エルフの国を探す際に目印にした山脈が目に入った。
しかし、一番高い山頂は随分と遠くに見える。
「なんだ。エルフの森の奥地と聞いていたが、実際にはかなり離れていたのか?」
俺がそう聞くと、カナンは頷いて口を開いた。
「森の奥地であり、魔物も出るエリアですので、誰にも見つからない場所となっております」
なるほど。
確かに、この世界の住人では森の奥地には入りきれないだろう。
少し遠くを見渡せば飛龍らしきモンスターも目に付く。
恐らく、ゲームであれば中級者ほどの実力を持つダークエルフの一族ならではの隠れ家と言うべきか。
「獣人の国はどの辺りにある?」
「獣人はあの辺りを縄張りにしております」
と、カナンはエルフの国とは反対側を指差してそう言った。
つまり、北西部、ガラン皇国の北側にあたる場所にエルフの国があり、そこから東に行くとダークエルフの里、獣人の国という順番になるようだ。
エルフ、ダークエルフ、獣人はヒト族とは明らかに強さが違う気がするが、それでも数には勝てないのだろうか。
「レン様、そろそろ着きます」
俺がぼんやり周囲の景色を眺めながら考え事をしていると、カナンがそう口にして地上への降下を開始し始めた。
木々の隙間から曲りくねった川が見える。どうやらあの川沿いに国があるようだ。
木々の枝を潜り、幹を避け、俺達はぐんぐんと川へ接近していく。
川までもうすぐといった瞬間、視界が急に開け、獣人の国らしき光景は姿を現した。
樹木の下に寄り添うように建てられた木製らしき家が川に沿って並び、延々と続いている。
川辺や家の近くには頭の上に動物の耳が付いた者達が多く立っており、何人かはもう俺達に気がついて声を上げていた。
まだ城らしき建物は見えないが、その樹木の下の家だけでも思ったより良く出来ており、軒数も無数にある。
家の形状は和風というか、アジア風といった感じかもしれない。瓦では無く、木製の板を重ねて使っているからだろうか。
その建築様式から、建築士などの生産職がいるようにも見受けられた。
獣人達は基本的に猫、犬、狐などのようだが、丸い耳や長い耳の者も僅かにいるようだ。熊と兎だろうか。
それら、獣人の国の民を眺めながら、俺達は川辺に着地した。
「エルフだ! エルフが来たぞ!」
「獣人のお姉さんとお兄さんもいる!」
川辺で遊んでいた獣人族の子供が無邪気な声を上げて騒いだ。
周囲の大人の獣人達も思ったより敵意などは向けてこない。好奇の視線はビシビシ感じるが、悪い感情は持っていないようである。
辺りを眺めていると、川から離れた家の近くに立っていた背の高い男がこちらへ歩いてきた。
男は厳つい顔と筋肉質な身体をした大男だが、頭には丸い可愛らしい耳が付いていた。熊の獣人のようだ。
「…エルフの国から来られたか? ここは獣人族の国、ヒノモト…の最南端の村リュウキュウだ」
男は僅かに警戒心を滲ませながらも丁寧にそう説明してくれた。
が、国の名前がヒノモトで、最南端がリュウキュウ?
日の本と、琉球か。
これは、エルフの国を去った過去の代行者が獣人の国を作った可能性が高い気がするな。
俺はそんな推測をしながら、男の顔を見上げた。
「俺はエインヘリアルという国の王をしている、レンだ。こっちの二人がエルフの国の王族で、アリスキテラとシェラハミラという。もう一人はダークエルフ一族の長、カナンだ。後は俺の部下のラグレイト、ソアラ、ローレルだ」
俺がそう言うと、男は僅かに目を見開いて顎を引いた。
「…寡聞にして知らない国の名だ。申し訳ない。私はクウダイ。エルフ達を、それも王族と長を連れ、更に見慣れぬ獣人の者達をも従える貴殿はいったい…? 単にヒト族の王とは思えぬが」
クウダイと名乗る男は、そう言うと、首を傾げながら俺達の顔を順番に見た。
その落ち着きのある立ち振る舞いは、歴戦の勇者たる自信を伺わせる。
俺がそんなことを思いながら眺めていると、カナンが胸を張って一歩前に出た。
「クウダイとやら。喜ぶが良い。我ら神の代行者の従者の血筋を引く者にとって待ち望んだ日が来たのだ! こちらのレン様が、新たなる神の代行者である!」
カナンが天下の副将軍のご紹介でもするかのような大仰な説明をすると、クウダイは目を丸くして俺を見た。
そして、不思議そうに俺とカナン、そしてアリスキテラ達を見比べる。
「この方が、本当の神の代行者…? そうか、そうなのだろうな。最も長い時間を生きるエルフ達が確信するのだから、神の代行者たる何かがきっとあるのだろう」
クウダイはまるで自分に対して会話しているように独り言のようなセリフを口にした。
その態度に、カナンは苛立たしげにクウダイを睨む。
「神の代行者、レン様の御前ぞ! 頭を下げよ!」
カナンがそう言って怒鳴ると、クウダイは僅かに眉間にシワを寄せて腕を組んだ。
「いや、すまない。だが、本当に分からぬのだ。確かに、獣人族の中でも多くの者が、その昔、獣人達は神の代行者の従者であったと話す。しかし、それが今の俺達に何の意味がある? 俺達は今は従者では無いのだ。頭を下げる理由も無いのでは無いか?」
クウダイは本当に分からないといった態度でそう言った。素直な男なのだろう。
頭にある疑問をそのまま言葉にしているのだ。
だが、その言葉はカナンをより一層苛立たさせた。
「な、何という不敬か! 獣人族は頭まで獣に成り下がったのか!? 我らが主に対する恩を忘却するとは…!」
「はい、ストップ。ラグレイト、拘束」
頭には血が上ったカナンが明らかに言い過ぎたところで、俺はカナンに待ったを掛けた。
ラグレイトに一瞬で抑え付けられたカナンは、顔を青ざめさせて俺を見上げたが、俺はそちらを見ずにクウダイに顔を向ける。
「いや、悪いな。どうも忠誠心が高過ぎて暴走してしまったようだ。悪い奴では無いんだ。許してくれるか?」
俺がそう尋ねると、クウダイは短く息を吐いて頷いた。
「いや、別に構わん。俺の言い方が悪かったのだろう。俺は口下手でな…しかし、そこの少年。彼の動きは私にも見えなかった。恐ろしいまでの使い手だな」
クウダイはそう言って興味深そうにラグレイトを見た。ラグレイトは面倒くさそうに肩を竦めている。
そんな中、シェラハミラが不安そうな顔でクウダイを見上げた。
「あの、クウダイさん…獣人族はもう従者としての誇りは忘れてしまったのかしら? 獣人族の王はどうお考えでしょう?」
シェラハミラがそう言うと、クウダイは溜め息を吐いて首を左右に振った。
「これは単なる私の意見だ。じいさんのじいさんのじいさんが貴族だったとして、お前に貴族の誇りはないのかなどと言われても、今の自分の生き方が全てだろう。他の者はもしかしたらその従者の誇りというものを持っているかもしれんが、私には分からない」
クウダイは静かにそう答えた。
シェラハミラは悲しそうに目を伏せるが、俺からすればクウダイの感覚が普通だろう。
俺だって、お前は聖徳太子の子孫なんだぞ、と言われても首を傾げるのみだ。
1400年以上もの年月。
ハイエルフにはまだ祖父や曽祖父の代の話。
ダークエルフには6代か7代ほど前の話か。
だが、獣人族からするとそれは想像もつかない遥か大昔の話だ。
俺からすれば別に無理に従者にならなくて良いのだが、エルフ達が納得するかが問題だ。
従者の子孫同士で戦争なんか起こさないで欲しいが。




