獣人達を訪ねて、またエルフの国
朝がきた。
俺が微睡みの中そっと横を向くと、香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。
体を起こすと、ベッドにほど近い場所でコーヒーカップを手にするプラウディアの姿があった。
そうだ。昨日は久しぶりにメイド部隊に蹂躙されたのだった。
代わる代わる襲い来る小さな脅威!
そして、絶妙なタイミングで回復魔術を発動するプラウディア。
残念なことに、その度に元気になるバカ息子。
俺は昨夜のことを忘れようと視線をプラウディアから外した。
だが、プラウディアはこちらを横目に見て頬に片手の掌を添えると、視線を泳がせながら口を開いた。
「ご主人様…ご立派になられましたね」
「何がだ!?」
プラウディアの意味深な発言に俺は思わず無視することが出来ずに反応してしまった。
すると、プラウディアは不敵な笑みを浮かべて俺から顔を背け、口を開いた。
「淑女にそのようなことを言わせるものではありません」
「誰が淑女だ…」
俺は朝から疲労感を覚えながらうな垂れた。
後でエルフの国で貰ってきたコーヒーを飲んだが、やはり美味かった。
「獣人の国ならば拙者が!」
玉座の間にて今日の方針でも話そうかと思っていたら、目的地に反応したサイノスが飛び上がりながら己をアピールし始めた。
そのサイノスを見て、ラグレイトが肩を竦めて溜め息を吐いた。
「バランスが悪いってば。僕が前衛だから、サニーとソアラは外せないだろう?」
「ラグレイトと拙者が代われば良いのだ」
「えー、嫌だよ。わんわんランドとかならサイノスに行ってもらうけど、色んな種類の獣人がいる国は興味あるからね。どんな動物がいるんだろ?」
「動物園に行くわけじゃないぞ!?」
と、二人は仲良くじゃれ合っているので放置して、俺はソアラを見た。
「ソアラは強制参加な」
俺がそう言うとソアラは嬉しそうにお辞儀をした。
「喜んで」
ソアラの返事を聞いてから、次にサニーに視線を向ける。
サニーは少し眠そうにしながらこちらを見上げていた。
「サニーはお留守番だ」
「お留守番?」
と、俺の言葉を繰り返し、サニーは首を傾げた。俺はそんなサニーに溜め息を吐きつつ、眉根を寄せた。
「今回は上手くいったから良かったが、サニーは思ったことを口に出し過ぎる」
俺がそう言うと、サニーは口を尖らせた。何故サニーが不服に思うことが出来るのか。過去を振り返ってみて欲しいものだ。
俺はそんなことを考えながら顎に手を当てた。
「獣人達も昔この世界に来た代行者の従者の子孫である可能性が高い。つまり、ハイエルフであるサニーがいると何か会話をしなくてはならない場面がくる、かもしれない」
俺がサニーを説得する為に言葉を尽くしていると、サニーが得意げな表情を浮かべて俺を見た。
「大丈夫。証拠は残さない」
「何の証拠だよ」
サニーの脈絡の無い言葉に俺は脱力して肘置きに寄り掛かった。
どうしたものか。
そう思っていると、今まで静観していたエレノアが一歩サニーに近づき、口を開いた。
「サニー。言うことを聞かないと、今度から連れて行って貰えませんよ?」
エレノアがそう言うと、サニーは俯きがちに唸り、頷いた。
「…分かった。今回は留守番する」
サニーがそう行って同行を諦めると、エレノアはサニーに微笑みかけてから俺に顔を向けた。
「今回は私が護衛として向かうんですよね? ハイヒューマンはどうやらいないようですから、どの種族にも気にせず…」
「いや、今回はサイノスかローレルにしようかと…」
「え?」
エレノアの台詞に被せるようにして俺が否定すると、エレノアが石になったように固まった。
そして、サイノスが尻尾を振り回してガッツポーズをとる。
「はい! 拙者が行きます! 拙者がいれば大丈夫! はっはっは! エレノア、安心するのだ! 拙者がエレノアの分もビシッと! そう、ビシッと! 決めてきますぞ!」
サイノスはそう言うとエレノアの肩をバシバシと叩いて笑った。
サイノスが叩く度にエレノアの顔から感情が抜け落ちていく気がしたが、気のせいだろう。
俺は死相が顔に浮かぶサイノスを見て、何となくサイノスを連れて行くのは縁起が悪いかと思い直した。
「よし、今回はローレルにしよう」
「なにゆえっ!?」
自分が行けると確信していたのだろう。サイノスは俺の言葉を聞いて愕然とした顔になって声を上げた。
「いや、今回はラグレイトとソアラだろ? そこに更に近接戦闘職を足すなら一応色々出来るローレルにしようかと思ってな」
俺がそう説明すると、サイノスは尻尾を垂らしてがっくりと肩を落とした。
エルフの国へ移動した際に、ローレルにその経緯も話したのだが、ローレルは快活に笑って何度も頷いた。
「それでサイノスが凹んでたのかぁ。はっはっは。いやぁ、それならサイノスの分も頑張んないとな。まあ、任せといてくんな。旦那に後悔はさせませんぜ」
ローレルはそう言ってまたご機嫌な様子で笑っていた。
さて、獣人達か。
エルフ達と同じ代行者の従者としての誇りを持っているのか。それとも、今は一つの国として、自分達で築いた歴史を重んじているのか。
エルフの国に上空から舞い降りると、既に城の前には多くの人だかりが出来ていた。
尋常では無い数である。城の正面から階段状に降りていく大通りは完全に埋め尽くされ、左右に伸びる通路もどれだけいるのか分からないほどの人の数だった。
とりあえず、城門の前に降りたのだが、まるで波が引いていくように俺達を中心にしてエルフ達が跪いていく。
壮観である。人気のある歌手がドームでライブをしたらこんな光景を見る事ができるのだろうか。
俺がその光景に戸惑っていると、城からサハロセテリが率いるようにして、ハイエルフ達が姿を見せた。
「良くぞいらっしゃいました。神の代行者、レン様」
サハロセテリがそう言うと、ハイエルフ達も一斉にその場で跪く。
そして、サハロセテリだけが顔を上げて俺を仰ぎ見る。
「この度は、レン様にお頼みしたいことが…」
「国はいらんぞ」
サハロセテリの言葉を遮って俺がそう言うと、サハロセテリは驚愕に目を剥いた。
「なっ! 何故それを!?」
そりゃ分かるだろ。
俺が憮然としてサハロセテリを見ていると、サハロセテリは冷や汗を流しながら眉根を寄せた。
「で、では、せめて半数を配下としてお連れください!」
サハロセテリがそう言うと、エルフ達が口々にお願いしますと声を上げた。
これは一度リハーサルをしたような揃い方だ。昨日から準備してたな、サハロセテリ。
俺はサハロセテリを目を細めて見据え、やがて諦めて口を開いた。
「…分かった。ダークエルフと同じく五千人を我が国に受け入れよう。公平を期す為に、一年ごとに残留を決める試験を行う。魔力、体力、知力を計り、毎年千人を入れ替えるぞ。そうしたらエルフの国の国力も上がるだろうし、我が国としても常に優秀な人材を得られる」
俺がそう言うと、サハロセテリは感嘆の声を発して破顔した。
「おお! 流石はレン様! 素晴らしいアイディアです! ならば、早速公平に優秀な者を上から順番に選出します!」
「あ、国の運営に関わる者はダメだぞ。こちらの国がガタガタになったら意味がないからな」
俺がそう告げると、サハロセテリは愕然とした表情でこちらを見上げてきた。
「…そ、それでは私は…?」
「ダメに決まってるだろうが」
「な、なんとっ!?」
国王を受け入れる訳が無いだろうが。
なんとなく、サハロセテリがサイノスに見えてきたな。




