ダークエルフ、2軍入り
焦った。
各属性がしっかりと消し合わないように放たれ、結界の外はハリウッド映画より派手な爆発風景だった。
「まあまあ、といった所だったね」
ラグレイトはのんびりした様子で結界を眺め、そう口にした。
確かに、俺も相手の力量を計算に入れて大丈夫だろうと踏んだからこそ応じたのだが、切り札が使えないのには思わずヒヤッとした。
魔術は術者の魔力に比例して威力が上下する。
故に、最上位魔術を発動出来たとしても、ゲーム内で最短ならばレベル50前後。余計なスキルやステータスアップを行うとレベル60から70くらいになるだろう。
装備の差もあるし、ソアラの魔力減衰結界を張り、内側に多重結界をサニーと俺も含め、五つも張れば大丈夫という計算になる。
が、一応ということで、ソアラが三つ、サニーが八つ、俺が五つ結界を張った。
まさに多重結界である。
「ちょっと疲れた」
サニーがそう言うとラグレイトが笑った。
「これだけ頑丈な結界、ギルド対抗戦の最終防衛ラインで張って以来じゃない?」
ラグレイトがそう言うと、ソアラが苦笑しつつ頷いた。
「ええ、そうですね。我が君は慎重に慎重を期したのでしょう。この状況で怪我をしてしまったら、少し恥ずかしいでしょう? ねぇ、我が君」
ソアラはそう言って艶のある笑みを浮かべて俺に顔を向けた。
俺はゆっくりと目を閉じると、引き攣りそうになる頬を無理やり引っ張り上げて笑みの形にした。
「たまには全力を出さないと、いざという時に全力を出せずに終わってしまうだろう。丁度良い練習になると思って…うん」
俺がそう言うと、ラグレイトは感嘆の声を発した。
「おぉ! 流石は我が主! 四方結界を張れなかったのも最初から分かってたの?」
「ん? うん、まあな…」
「まあ。そうだったんですね。流石です、我が君。確かに良い練習になりました」
「最速で結界張れたからもう練習いらない」
俺の適当な言い訳にラグレイト達がそれぞれ納得して頷いたりしていた。
俺は冷や汗を流しながら、目を開けて、ゆっくり周囲を確認する。
もう視界は良くなってきていた。
その開けた視界の中で、ダークエルフ達が周囲を取り囲むように並んで跪いている姿があった。
エルフの国の奴らは何処かと思ったら、カナンのすぐ後ろで片膝をついて跪いていた。流石にもう土下座はしないか。
結界を解いて俺が立ち上がると、カナンはより深く頭を下げて口を開いた。
「神の代行者、レン様! 此の世のものとは思えぬその御力、しかとこの目に焼き付けました! 従者としての血は薄れ、力も足りぬ我らですが、是非ともまた従者として側に置いてください!」
カナンは怒鳴るような大声でそう言うと、動きを止めてジッと俺の返答を待った。周りを見れば、他のダークエルフ達も同じように動かずに黙っている。
耳が痛くなるような静寂の中、俺は口を開いた。
「カナン」
俺が名を呼ぶと、カナンの肩が震えた。
緊張感がこちらにまで伝わってくるようなカナンの強張った身体を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「いや、面白い趣向だった。特別に俺の直属の部下として配下に加えてやろう。安心して俺について来い」
俺が笑いながらそう告げると、一瞬の間を空けて、怒号のような大歓声があがった。
涙を流しながら喜び、抱き合うダークエルフ達を眺めていると、鋭い視線を感じた。
視線の方向に顔を向けてみると、そこにはムッとした顔のエルフの国の四名が立っていた。
「…我々の国はもらってくれなかった…」
「やはり、力不足で…」
「いいなぁ、カナンさん達…」
「…私だけでも、友好の証として…」
三名のハイエルフと一名のエルフは謎の嫉妬心を露わにこちらを見ていたが、俺は放置してカナンに向き直った。
カナンは滝のような涙を流しながらしゃくり上げていた。感動し過ぎたのか、キャラが崩壊している。
俺は一瞬迷ったが、どちらにせよ話を進めなくては帰るのも何時になるか分からない。
咳払いを一つして、俺はカナンに対して話した。
「カナン。一度ダークエルフの仲間を全て集めろ。行けるなら俺の国であるエインヘリアルに直接向かえ。出来るか?」
俺がそう尋ねると、カナンは涙に濡れた顔を上げた。
「ぎょ、御意ぃっ! 御意にごじゃいます!」
カナンは泣きながらも、何とかそう返事を返してきた。
大丈夫だろうか。
「…とりあえず、今日はこんなものか。ああ、そうだ。獣人の国の場所は分かるか?」
俺がそう聞くと、シェラハミラがこちらへ走ってきた。
「わ、分かりますわ! 私にお任せくださいませ!」
シェラハミラがそう言って案内役を立候補すると、カナンが般若のような形相でシェラハミラを睨んだ。
「馬鹿を言うな、ハイエルフ…我らに下された最初の仕事を貴様らに易々と譲ると思うてか…!」
涙を流しながら目を吊り上げるカナンの鬼気迫る顔に、流石のエルフの国の王族も押し黙って引き退った。
いや、別に単なるお願いだから誰でも良いのだが、ダークエルフからしたら仕事をもらったという下請け会社的な喜びがあるのだろうか。
社畜の匂いを感じるぞ。
俺は若干憐憫の情が沸くのを感じながらカナンに優しく声を掛けた。
「よし。それなら明日また此処に来るとしよう。カナン、案内を頼んだぞ」
「は、ははぁっ! 御任せください!」
俺が正式にカナンに仕事を与えると、カナンはその場で深く頭を下げて返事をした。
おお、なんとやり辛い反応。
まあ、良いのだが、これで獣人達もこんなノリだったら暑苦しそうだな。
と、そんなことを考えていた俺だったが、ふと肝心なことを聞くのを忘れていた。
「カナン。ダークエルフの民はどれくらいいるんだ? この村には100人くらいか?」
俺がそう尋ねると、カナンは顔を上げて頷いた。
「はっ! この地にはダークエルフは250名の通りほどおります! そして、各地にいるダークエルフを合わせると、おそらく5000名を超えると思われます!」
え、そんなにいるの?
俺がそう思っていると、ハイエルフの方々が首を傾げて唸っていた。
「やはり、ダークエルフはあまり人数を増やせなかったのですね。大分血が薄まった者も合わせてそれほどの人数なのでしょう?」
「エルフもあまり人数が多いとは言えませんが、それでも2万は超えていたかしら?」
「エルフもハーフを入れてなんとか二万五千人ほどですわ。ハイエルフは最初何とか人数を増やしましたが、その後は減少していっています」
エルフ達の切実な会話が耳に入ってくる。
まるで絶滅危惧種の保護をしているようだ。
俺はそんなことを考えながら、その日は帰路につくことにした。
ちなみに、ハイエルフ、エルフ、ダークエルフの三種族を我が城へ招待するのは、獣人達との面会を終えてからにしておいた。
何回も城を案内するのは大変だからな。




