合図?
さっそく俺は、興味を惹かれた合図とやらを見る為に移動した。
城の中庭に隠されているらしいそれの場所は、中庭の真ん中に設置されたテーブルとイスの下。
そこに俺達は来たのだが、そのテーブルとイスを使ってイツハルリアとシェラハミラの二人が優雅なティータイムをとっていた。
確かに、中庭には赤や白の見事な花々が咲き乱れ、辺りを囲うエルフの城の真っ白な壁がまた良い演出になっていた。
天気も悪く無いし、気温も少しだけ涼しいくらいだ。
だが、それでも間が悪いとしかいえないタイミングだろう。
「まあ、皆さん。どうされたのですか?」
「お、レン殿。紅茶飲むか?それともやっぱりコーヒーがいいか?」
二人は呑気にそんなことを言って笑顔を見せた。
が、俺達の列にそっとアリスキテラの姿が紛れ込んでいることに気付いて固まってしまった。
「楽しそうね、お二人さん」
アリスキテラが微笑みながらそう言うと、イツハルリアとシェラハミラの二人は勢い良く立ち上がって頭を下げた。
「こ、こんにちは! アリスキテラ様!」
「お久しぶりですわ、アリスキテラ様! 今日はまさか、新しい魔術の実験でしょうか?」
二人は緊張と興奮で動物が威嚇しているかのような顔で笑顔を浮かべた。
その反応にアリスキテラも苦笑いを浮かべている。
「お前ら、反応がアリスキテラにだけ違うんじゃないか?」
俺がそう言うと、二人は身を乗り出す勢いでこちらに顔を向けた。
「あ、当たり前だ! ハイエルフの中のハイエルフだぞ!? それも、滅多に姿をお出しにならない方で…」
「そうなのですわ。それに、アリスキテラ様は間違い無く世界最高の魔術士ですもの」
二人がそう言ってアリスキテラにキラキラと輝くような目を向けると、アリスキテラは困ったように笑った。
一応、国王も二人いるんだがな。そう思ってサハロセテリを見ると、苦笑いを浮かべていた。
アリスキテラは二人に向けて首を軽く左右に振って、口を開く。
「いいえ。今日からその肩書きは返上なのよ? こちらにいらっしゃるサニー様が、本当の意味でのハイエルフなのですから」
アリスキテラがそう言うと、二人は驚愕に目を丸くしてサニーを見た。
サニーは胸を張って二人を見返し、口の端を上げる。
「私が本当のハイエルフ。目が金色」
そう言って自分の目の辺りを指差すサニーに、二人は胡散臭そうな目をしてアリスキテラを振り返った。
アリスキテラは二人にしっかりと頷いてサニーの言葉を肯定する。
「ええ、本当よ。混じりの無い、純粋なるハイエルフ」
アリスキテラがそう告げると、シェラハミラは驚きと感動からか、興奮したように大きな声を出した。
「まぁ! それでは、サニー様は外の世界にあるというエルフの国の王女様ですの?」
シェラハミラがそう言うと、サニーが首を左右に振って口を開く。
「違う。私はマスターに創られた」
サニーがそう呟くと、事情を知らないイツハルリアとシェラハミラは揃って小首を傾げた。
「マスターというのは、誰なんだ?」
イツハルリアがそんな素朴な疑問を発し、サニーが俺を指差して顎をしゃくる。
「ん」
失礼過ぎだ、サニー。
俺が眉根を寄せてサニーの指を睨んでいると、イツハルリアとシェラハミラはキョトンとした顔で俺を見ていた。
その二人に、アリスキテラが補足説明を加える。
「レン様は神の代行者様なのです。これから、エルフの国を導いてくださるでしょう」
いや、導くとは言ってないぞ。助言だ、助言。
俺がそう思ってアリスキテラのセリフを正そうと口を開きかけたが、それよりも先にイツハルリアとシェラハミラの二人が絶叫と言っても過言では無いほどの驚嘆の声を上げた。
「えぇっ!?」
「だ、だだ、代行者様!?」
二人はそう叫ぶと、俺を見上げて、声も出さずに口を何度か開閉させていた。
その二人に、サハロセテリが頷いて口を開く。
「そうです。そして、これからダークエルフともお会いになっていただけるということで、合図を使おうと思いまして」
「合図、ですか?」
サハロセテリの言葉にシェラハミラは首を傾げて疑問符を浮かべる。
すると、アリスキテラが少し意地悪な顔を浮かべたのを誤魔化すように口元を手で隠し、イツハルリアとシェラハミラの下になっている地面を指差した。
「貴女達が踏んでいるのよ?」
「え!?」
「す、すす、すみません!」
二人が声を上げながら慌ててその場を離れると、サハロセテリはアリスキテラを見て笑い、すぐにテーブルに近付いた。
テーブルは脚の部分が一本しかなく、細かった為、何となく金属製なのかと思っていたが、白く艶やかな石か何かで出来たものらしかった。
サハロセテリはそのテーブルの上に掌を押し当て、ゆっくりと何か呪文の詠唱のような言葉を呟いた。
すると、テーブルを中心に直径5メートルほどの白い光の円が地面に浮き上がり、幾何学模様が円の中心から円の外側に向かって徐々に広がっていく。気がつけば、テーブルの上にも同じ様に地面に浮かんだ模様と同じ模様が浮かんでいた。
魔法陣である。
ゲーム中に魔法陣のエフェクトが入る魔術は、召喚魔術や一部の大規模範囲魔術、遺跡とかダンジョンの設備による瞬間移動魔術などが主だろう。
そして、この魔法陣は瞬間移動魔術が発動する時の魔法陣に良く似ていた。
「…おい、これは合図というか…」
俺がそう呟いた正にその時、白い光の魔法陣は急に範囲を一回り以上広げ、魔法陣に入らないように見ていた俺達を魔法陣の中に入れた。
「トラップじゃないか…!」
そう発言したが、遅かった。
一瞬だけの浮遊感。
そして、歪む景色と周囲を上下に走る光の糸。
気がつけば、俺の視界は白く染まっていた。
エルフの国を作った代行者様は性格がすこぶる悪かったに違いない。




