エルフの国とダークエルフ
ガラン皇国との戦いを詳しく聞きたいと言われ、俺はサハロセテリとアリスキテラにガラン皇国との戦争までの流れと、レンブラント王国との関係を話した。
それを聞いた2人は、何とも言えない顔でそれぞれの感想を口にする。
「…ガラン皇国は世界一といえる兵力を持ってしまったせいで傲慢になってしまったのでしょう。しかし、神の代行者様に逆らうとは…」
「世界はそのように移り変わっていたのですね。それにしても、レンブラント王国の王はヒト族とは思えない聡明さです」
2人の意見は正にそれぞれの立ち位置から二つの国の差を見ていた。
サハロセテリは国王として、国を窮地に立たせたガラン皇国に焦点を当て、アリスキテラは1人の神の子として、俺を信じて進む道を決めたクレイビス1人に焦点を当てた。
俺は2人の反応に面白みを見出しつつ、話を続ける。
「それで、だ。つい先日、俺は国際同盟というものを作った。同盟国同士は争わず、もしも同盟国が攻められたら出来るだけの援助をする。そして普段の災害や飢饉においても物資や金銭などで助け合うといった同盟だ。メーアスとレンブラント王国は加盟を約束したが、エルフの国はどうだ?」
俺がそう言うと、サハロセテリとアリスキテラは目を瞬かせて俺を見た。
「…我々はこの国をレン様に差し出しても良いのですが」
「せめて属国でも…」
「いらん」
2人のセリフを遮り、俺はハッキリと拒絶の意思を示した。
すると2人は見るからにテンションを下げる。
「や、やはり…エルフの国の未来は…」
「わ、私達がちゃんとハイエルフの血を残していたら…」
そう言いながら落ち込んでいく2人を見ていると、周囲の空気すら暗くなっていく気がした。
俺は片手を振って2人に声をかける。
「違うぞ。手助けはしてやるが、自分達の手で生活していけと言っているだけだ。我が国の領地すら元々の領主に切り盛りさせてるんだ。他の国なら尚のこと元々の統治者に統治してもらう」
俺がそう言うと、2人は同時に顔を上げた。
「導いてくださるのですか?」
2人はそんなことを言い、揃って俺の返答を待った。
やり辛い。他の国に無かったやり辛さだ。
俺は溜め息を何とか飲み込み、口を開いた。
「助言くらいはいくらでもしてやる。俺の助言を活かすも殺すもお前達次第だ」
俺がそう言うと、2人は感極まったように顔を綻ばせ、何度も頷いた。
「良かった…これでエルフは救われる…!」
「レン様に見守っていただけるなんて…本当になんと言って感謝の念を伝えれば良いか…!」
えー…すっごいプレッシャー…。
なんで自然にハードルを上げてくれるのか。やはり一つの種族を背負う身になるとその責任感は相当に重いのか。
俺は諦めて肩を竦めると、短く息を吐いて顔を上げた。
「後は空輸だ。正直、エルフの国の物資や人材にはかなり期待している。是非ともエルフの国に空輸の為の支店を作りたいが…折角この地を秘匿してきたことが無駄になるな」
俺はそう口にして背凭れに体を預けた。
難しい問題だ。エルフのその美しさを見ればそれだけで悪い事を企む輩は現れるだろう。そのうえ、人間から見れば永久に等しい時間をエルフは若い姿のまま過ごす。
更にはその魔術的な素養もそうだろう。
エルフ達の祖先が俺の仲間達と同じゲームのキャラクターなのだとしたら、その魔術士としての素質は全種族中一、二を争うほどである。
つまり、エルフの国への門を広く開放するということは、エルフの国の存亡を左右することにもなるということでもある。
俺がそうやって悩んでいると、アリスキテラは微笑んで頷いた。
「レン様がそうなさりたいならば、我々に否はありません。どうぞ、空輸とやらの支店をお作りください」
アリスキテラがそう言うと、サハロセテリは少しばかり逡巡していたが、すぐにアリスキテラの言葉に同意するように浅く頷いた。
いやいや、君達。もう少し自分等で考えなさいな。それはもはや新しい自殺の方法に見えるからな。
さて、どうするか。
エルフの国を守るシステムを考えれば良いのだが、そんな簡単には思い浮かばない。
「…まあ、後で考えるか。とりあえず、エルフの国に直接支店を置くのは止めておこう」
俺がそう言うと、アリスキテラは特に変化が無かったが、サハロセテリは少しばかりホッとしたように見えた。やはり不安だったのか。
俺は2人の様子を見て、この国に来てからずっと気になっていることについて聞いてみることにした。
「ところで、ダークエルフとはどんな関係だ? ダークエルフは一際数が少ない気がするが」
俺がそう言うと、2人は言いづらそうに口を閉じた。
イジメか? エルフはダークエルフをイジメているのか?
俺が学校へ通う子供を心配するような気持ちで2人の返答を待っていると、アリスキテラが口を開いた。
「ダークエルフは…エルフが頑なに血を濃く残そうとすることに反対でして…対してエルフ側も、ダークエルフの血をエルフにいれることに反対という形で…」
「この国から出て行った、と」
俺がアリスキテラの台詞に続くであろう言葉を口にすると、アリスキテラは肩を跳ねさせて俯いた。
「も、申し訳ありません。代行者様がお供として連れて来られた者達の中には、ダークエルフや獣人もいたと聞いております。本来ならば、私達は皆が神の子であるはずなのですが…祖父の代ではもう道を違えてしまったようです」
「なるほどな。血が混ざるのを良しとしなかった者と、血が混ざってでも繁栄をとった者か…ん? ダークエルフ達は数は少ないんじゃなかったか? それとも、ハーフの子はダークエルフの特徴も失うのか?」
俺がそう尋ねると、アリスキテラはサハロセテリを見た。アリスキテラに視線を向けられたサハロセテリは、軽く頷いて俺に顔を向けた。
「ダークエルフ達は元々の数が少なかったようです。なので、我々以上に血は薄くなっているでしょう。その代わり、人数は多くいます。血の濃い者はエルフの森か山脈に沿った森を移動しながら生活しているとのことです。血の薄い者は特徴である耳も帽子や髪で隠れるくらい小さくなっているらしく、様々な国で暮らしていると聞いています」
「じゃあ、ダークエルフの国はまるごと移動するってことか?」
移動民族というか、部族的な感じだな。
俺がそんなことを思いながら疑問を呈すると、アリスキテラとサハロセテリは難しい顔で首を振った。
「いえ、国…と呼んで良いのかわかりませんが、ダークエルフの祖を祀った神殿ならばエルフの森の奥深くにあるそうです」
「その神殿の側では、今も最初のダークエルフの血を濃く受け継ぐ者達が小さな集落を作っているとか…」
どんどん曖昧な話になってきたアリスキテラとサハロセテリの解説に、俺は唸りながら顎を指で撫でた。
「本当にいるんだよな?」
不安になった俺がそう聞くと、サハロセテリはアリスキテラを見た。俺とサハロセテリの視線を受けたアリスキテラは頷いて口を開いた。
「います。それは間違いないのですが、会うのが難しくて… ただ、今は使われていないのですが、ハイエルフに伝わる合図のようなものはあります」
合図?
俺が眉根を寄せて首を傾げると、アリスキテラは困ったように肩を寄せて頭を下げた。
「わ、私も使ったことは無いのです。最後に使ったのは最初のハイエルフ二人だけですから…」
最初のハイエルフ。
つまり、千数百年前か?
使えるのか、その合図。




