サニー爆弾DX
愛人ーアイジンー
愛に生きる義の漢のことを愛人という。
引用元 レンレン辞典
ダメだ。俺の辞典は壊れていた。
俺は頭の中にある俺専用の辞典を閉じて溜め息を吐く。
「あ、愛人? 愛人と言われましたか?」
せっかく俺の現実逃避が上手くいきかけていたのに、エルフの王が蒸し返しやがった。
俺がサハロセテリの真顔を睨み据えていると、そのサハロセテリの言葉に対して、サニーは自慢するように頷いて同意した。
「ん。沢山いる愛人の一人」
サニーはそう口にしてサハロセテリを見返すように顔を上げた。
はい、終了。
試合終了です。
サニーさんの自爆点100点により100対0で惜しくも負けてしまいました。お疲れ様です。
謁見の間に入るまではあんなに良い子だったのに、何があったんだ、サニー!
「…の…レンど…レン殿!」
と、俺の名前を呼ぶ声が何処からか聞こえてきた。
「なんだ、煩いな」
2度目の現実逃避を邪魔された俺は思わず不機嫌な返事を返す。
すると、いきなり俺に暴言を吐かれたサハロセテリは絶句して固まった。
俺としたことがこんなミスをしてしまうとは。
サハロセテリの反応を見て返答を間違えたことに気がついた俺だったが、既に時遅し。
一瞬、静まり返った謁見の間が、次の瞬間には猿山の様相を呈していた。
絨毯を挟んで左右に跪いていたエルフ達が顔を上げて怒鳴り声を上げている。
「お、お、王に何たる言い様か!」
「王! 此奴の元にサニー様の御身を預けるのは反対です! エルフとかヒト族とか以前に、ただのダメ人間です!」
「静まりなさい!」
エルフ達が口々に文句を言う中、サハロセテリが一喝して場に静寂をよんだ。
というか、誰だダメ人間って言った奴。俺の何処がダメなのか問い詰めてやる。
俺がエルフの顔を見比べていると、サハロセテリは難しい顔付きで此方を見てから、周りのエルフを見回した。
「彼らは他の国の者達です。そのうえ、レン殿は国王と名乗られています。どんなにダメに見えても他国には他国の文化があります…恐らく、レン殿の国では愛人は持てば持つだけ良い事なのでしょう」
あ、そんな文化はありませんよ。
思わず、国王としてそう言いそうになった。だが、我が国が誤解されてでもこの窮地を逸早く脱したい。
俺がそう思ったその時、サニーが口を開いた。
「ん。愛人を沢山持ってるのは…」
「はい、ストップ!」
サニーが更に爆弾発言を爆裂させようとしたその時、サニーの後ろに立っていたラグレイトがサニーの口を塞いだ。
ナイスだ、ラグレイト。後で肉をやろう。
俺はラグレイトの素晴らしい功績に心の中で喝采を贈った。
だが、サハロセテリや他のエルフは引いてはくれなかった。粘着質な奴らである。
「…いずれにせよ、いくらハイエルフといえど住みたくも無いエルフの国に留めることは出来ないでしょう」
サハロセテリは一度そう前置きをして、俺に顔を向けた。
「ただ、踏み込んだ話をさせてもらいますが、ハイエルフのサニーさんがヒト族のレン殿の元に一緒に過ごせる時間は限られています…サニーさんが成人する頃、残念ながらレン殿はこの世にいないでしょう。その時、サニーさんをエルフの国へお連れする許可をください。一度で良いのです。一度、ラ・フィアーシュに住んでみて欲しいのです」
サハロセテリは真摯な態度でそう口にした。そこに嘘は無いだろう。だが、サニーには関係の無い話だった。
サニーは頬を膨らませると、俺の前に移動してサハロセテリを睨んだ。
「マスターは死なない。私達の神様だから」
サニーがそう言うと、サハロセテリはサニーの言葉の意味を図りかねて頭を捻った。
暫く頭を悩ませた様子のサハロセテリは、唸りながらこちらを見てきた。
この話に絡みたく無い俺はサニーを止めていたはずのラグレイトを見たが、ラグレイトはサニーに噛まれたらしい手を俺に見せて抗議していた。
「か、神様とは…レン殿は随分と、その、尊敬されてるのですね…?」
サハロセテリに途切れ途切れの台詞を口にして頷き、俺に懐疑的な目を向けてきた。
俺はサハロセテリの懐疑的な目に対して、正面から睨み返す。文句があるならサニーに言え。
俺がそう思っていると、サニーは周りが騒めいていることに気が付き、口を尖らせた。
「…頭でっかちしかいない。マスターは私達を創り、育てた。だから神様。だから、私は神の子」
サニーはそう言うと鼻息も荒く周囲を見回した。
「………創った?」
サニーの言葉に、サハロセテリは眉根を寄せてサニーの発した単語を繰り返した。
「サニー、もう何も言うな」
俺がサニーにそう言うと、サニーは肩をビクリと跳ねさせて動きを止めた。
俺が少し強い口調で止めた為、サニーはもう勝手に発言することは無いだろう。
だが、俺が止めるのも少し遅かった。
「…サニー様は何を言っているのだ?」
「つ、創る? エルフを?」
「いや、そんな…」
周囲のエルフ達がお互いの顔を見合わせながら口々に何か呟いている。
今度は混乱の度合いが大き過ぎる為か、サハロセテリも周りのエルフの口を止めずに、険しい表情でサニーの顔を見つめていた。
そして、サハロセテリは静かに口を開く。
「アリスキテラ様を呼んできなさい」
サハロセテリが誰にともなくそう命じると、ハッとした顔をしたエルフの一人が慌てた様子で謁見の間から出て行った。
アリスキテラ、聞いたことのある名前だ。
「…確か世界でも有数の魔術士だったか」
俺が小さな声でそう呟くと、サハロセテリは俺に顔を向けて口を開いた。
「…ええ。ラ・フィアーシュ最強の魔術士であり、恐らく世界最強の魔術士。白き魔女アリスキテラ様です。その魔力故に、700を超えても老化がみられないような若々しい姿をしておられます。故に、我々ハイエルフの中でも最も神に近い存在と称されてもいます」
サハロセテリは重い声音でそう俺に説明し、俺の感情の機微を探ろうとするように俺の表情を観察してきた。
貴族や商人とも違う、別種の迫力がある視線だ。俺は視線を外さないようにはしたが、果たしてサハロセテリにどう思われただろうか。
アリスキテラとの対面は僥倖だが、サハロセテリの思惑次第では即時戦争なのかもしれない。
負ける気は無いが、もしも、アリスキテラがサニーより上の実力を持ち、このサハロセテリや謁見の間にいるエルフ達がそれなり以上の実力を持つとしたら、少し危ないかもしれない。
ただ、俺達には装備の優位は間違いなくある。全員が最強装備で挑めば、どんな敵と相対しても逃げるくらいは出来るだろう。
その後のエルフとの戦争には頭を悩ませることになるが。
俺はサハロセテリの強い視線を受け止めながら、そんなことを考えていた。
その時、謁見の間の扉が開かれる音が聞こえてきた。
「アリスキテラ様をお連れ致しました」




