エルフの王族
城へ入った俺はその光景に圧倒されていた。
白い外壁と同じく、内壁もシミひとつ無い真っ白な壁と高い天井。
壁には縦に長い窓が等間隔で並んでおり、太陽光だけでも城内を明るく見せている。更に、天井にはシャンデリアとも違う、逆さに吊るされたクリスタルのような結晶が設置されている。
その結晶はまるで太陽光を内に取り込んでいるかのように明るく発光していた。
荘厳とも神秘的とも言える、美しい城だ。こっちの城の方が神話っぽく感じるのだが…そこは気にしないでおくか。
「こちらへどうぞ」
ヅカジェンヌにそう言われて視線を向けると、今俺たちが立っているエントランスホールらしき広間から見える複数の扉があった。
ヅカジェンヌはその扉の中で中ぐらいのサイズの両開き扉の前に立っている。
扉を開けると、中は二十畳くらいの広い広間になっていた。その広間に長く広いテーブルと、シンプルな木製の椅子が並んでいる。
「それでは、私どもはこれで失礼致します」
案内を終えたとの判断か、俺たちが室内に入ったのを確認したラハムツヴィはそう言ってエルゼスカーと一緒に深く頭を下げた。
そして、イツハルリアに顔を向けて口を開く。
「一応、イツハルリアは残して置きますので何なりとお申し付けください」
「む、そうだな。サニー様が御不自由されないように私が控えていよう」
そんなやり取りをして、ラハムツヴィとエルゼスカーは退出していった。
そして、ヅカジェンヌとイツハルリアの2人が室内に残る。扉が閉まると、ヅカジェンヌが椅子を引いて俺たちが座りやすいようにしながら口を開いた。
「この部屋は正規の手続きでエルフの国へ来られた使者がお待ちになる為の部屋です。どうぞお寛ぎください」
ヅカジェンヌにそう言われて、俺はふと気になる単語に首を傾げた。
「正規の手続き?」
椅子に座りながら俺がそう尋ねると、ヅカジェンヌは困ったように笑った。
「正規の手続きと言っても、エルフ以外の皆さんは知らないのが普通でしょう。私も詳しくは知りませんが、外の世界に出て暮らしているエルフも多くいるようです。そういった外界のエルフに認められた者だけが、この国へ来る為の地図と許可証を得ることが出来るといわれています」
「…定かでは無いのか」
どこまでもふんわりとしたヅカジェンヌの説明に俺が思わず呟くと、ヅカジェンヌは眉間に皺を寄せて頷く。
「実は、貴方方がこの国へ来られるまで正規の手続きで入国された方はもう80年以上前になりますから…」
「外のエルフが中々許可を出さないってことか?」
俺がそう尋ねると、ヅカジェンヌは頷いて口を開いた。
「そうみたいですね。まあ、気持ちは分かりますが。私がこの国の場所を外の世界で教えることは無いでしょうから」
ヅカジェンヌは至極真面目な表情でそう言った。それだけ国への愛国心が強いということか。自分の判断で招いた客人が国を荒らしたりしたら最悪だからな。
俺が納得して首肯していると、イツハルリアが首を傾げてこちらを見た。
「そういえば、サニー様は正規の道では無かったが、レン殿がこの国までサニー様を連れてきてくれたのだろう? どうやってあの道を? あの道はメーアスの奴隷商人が探り出した道と聞くが…」
イツハルリアがそう言うと、ヅカジェンヌの目が細く引き絞られた。
「正規の道では無い道を? そういえば、獣人もお連れのようだが…」
そう口にしてヅカジェンヌは俺を観察するように見た。何やら不穏な空気が漂ってきたが、別にやましいところは無い。
俺は素直に頷くと、2人を見て口を開いた。
「俺は新しく出来た国の王をやっている。その伝手でレンブラント王国とメーアスでこの国への行き方を聞いてきたらその道だっただけだ。まあ、レンブラント王国の情報は一番高い山の麓というだけの情報だったが」
俺がそう告げると、2人は目を丸くして驚いた。
「お、王? 王だって? それも、大国とそんな対話が出来る国の王なのか?」
「…なるほど。嘘では無さそうですね。レンブラント王国の情報は正しいですから。80年以上前にこちらへ来られたのもレンブラント王国の王族であったと聞いております。実際にはその情報と併せて専用の地図が必要ですが」
2人はそれぞれが違う形で驚きながら、俺を見た。
俺は椅子に座ったまま腕を組み、浅く息を吐く。
「それであんなに雑な情報だったのか」
俺がそう言うと、ヅカジェンヌは頷きながら全員が椅子に座ったのを確認して口を開いた。
「何か飲み物を持ってきましょう。水、紅茶、コーヒー、果実酒がありますが、何が良いでしょう?」
「コーヒー!? コーヒーがあるのか!?」
ヅカジェンヌの台詞に、俺は思わず立ち上がってそんな大声を出してしまった。
俺が余程の反応を示してしまったのだろう。ずっと凛々しい表情を崩さなかったヅカジェンヌが目を白黒させて俺を見ていた。
「なんだ、コーヒーを知っているのか? 珍しいから飲ませてみようと思ってたのに」
それを見ていたイツハルリアはそんなことを言って残念そうにしている。
いや、今はそれどころでは無い。
「コーヒーをくれ。飲んでみたい」
俺がそう言うと、俺の反応を見ていた他のメンバーも頷いて口を開いた。
「私もコーヒーをお願いいたします」
「僕もコーヒーでいってみようかな」
「私もコーヒー」
「じゃあ私は紅茶で…」
ギルドメンバーの後にイツハルリアもそっと自分の注文を加えていた。すると、ヅカジェンヌが嫌そうな顔をイツハルリアに向ける。
「お前は自分で淹れろ、イツハルリア。なんで客人と一緒に席をともにしているんだ」
「むぅ。いいじゃないか、どうせなんだ。頼むよ」
イツハルリアがそう言って笑うと、ヅカジェンヌは溜め息を吐いて肩を竦めた。
「仕方ないな。それでは、サニー様、お客人方、少しお待ちください」
ヅカジェンヌはそう言って退出していった。イツハルリアに対して皆が甘い気がするが、一番若いからか?
俺はそんなことを考えながらコーヒーを楽しみに待った。
そして、部屋の扉が外から開かれる。
「ようこそ、お客様。お飲み物をお持ち致しましたわ」
そう言って、少し豪華な刺繍入りの布が掛けられた配膳台を転がしながら現れたのは、青の美しいドレス姿の美女だった。
十代に見える風貌の、金髪の長い髪と淡い黄緑色の目をした美しいエルフは、配膳台を室内に入れてから扉を閉めてカップを並べ始める。
「前を失礼致しますわ。さ、どうぞ…コーヒーはミルクを入れますか?」
給仕には見えない格好のその女エルフに曖昧に返事を返しながら、俺はコーヒーを受け取った。
そんな中、イツハルリアが苦笑しながら俺に顔を向けて口を開いた。
「エルフの国ラ・フィアーシュの第3王女、シェラハミラ様だ。シェラハミラ様、わざわざありがとうございます」
イツハルリアはそう言ってその場で立ち上がると、第3王女シェラハミラという女エルフに頭を下げた。
すると、シェラハミラは口元を片手で隠して笑った。
「いやですわ。イツハ。いつものようにシェラと呼んでくださいな」
シェラハミラがそう言うと、イツハルリアはばつが悪そうに苦笑して頷いた。
「一応、客人の前だから気をつけたんだが、変だったか」
イツハルリアがそう言うと、シェラハミラは軽く頷いてからこちらに目を向けて、サニーのところで視線を止めた。
「まぁ…俄かには信じられませんでしたが、本当にハイエルフの方が来てくださったのですね…私はこの国、ラ・フィアーシュの第3王女、シェラハミラと申しますわ」
シェラハミラはそう口にして深々と頭を下げた。
シェラハミラの挨拶を受けて、サニーは何も言わずに俺に目を向けてくる。
俺は仕方なく面倒臭がるサニーに代わりに口を開いた。
「新しく出来た国エインヘリアルの国王をしている、レンだ。そして、こっちがハイエルフのサニーと獣人のラグレイト、ソアラだ」
俺が代わりに皆を紹介すると、シェラハミラは驚いたように顔を上げた。
「まぁ、一国の王様でいらっしゃいましたか。これは大変失礼を致しましたわ」
シェラハミラがそう言ってこちらに頭を下げると、イツハルリアが首を傾げながら俺を見た。
「そういえば、レン殿は国王様なんだろう? サニー様とはどういう…まさか、許嫁?」
イツハルリアがそう呟くと、シェラハミラがハッとした顔でこちらを見てきた。
「いや、違うぞ」
俺が一応そう言っておくと、シェラハミラはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「そ、そうですか…いえ、こちらの国の決まり事でしか無いのですが、ハイエルフはあまりにも数が少なくなってしまいまして…出来る限りハイエルフ同士で子を為さねばならないのですわ」
そう言って、シェラハミラは微笑んだ。
それを聞いて、俺はなんとも言えない気持ちで相槌を打っておいた。
ハイエルフ同士で子を?
我がギルドにいるハイエルフは5人。ダークエルフも5人。エルフは10人だ。
そして、男はダークエルフに1人とエルフに2人しかいない。
これはあまり良く無い話になりそうだ。
俺は何となくそんな事を考えて、コーヒーに口をつけた。
お、美味いじゃないか。




